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前置き
前置きに、沖田総司についてその外観を唱えておきたい。
沖田総司の肖像画として有名なものは、総司の姉、沖田みつの孫、要氏である。
沖田家の言う総司とは、病弱で色白な、小柄な男であるが、実は沖田総司は九歳で天然理心流道場、近藤家で暮らし始めたから、姉、みつの言う総司とは、九歳までの総司ではないか、と、著者には思われる。
八木家の者や、新撰組に関わった者らの、沖田総司の印象は、笑うと愛嬌のある色黒の青年で、背が高く猫背であった、という。
おそらく、総司は天然理心流を鍛えて成長し、日焼けしたり背が伸びたのではないだろうか。
かつて。
新撰組では、度重なる闇討ちが行われた。
会津藩松平公のもと、新撰組が敵を討ったのは、二十六人となるが。
新撰組内部の粛清の犠牲者は、四十人に登る。
近藤勇命ずる、闇討ちである。
局長批判。脱走。金策。脱退志願。反幕活動。士道不覚悟。
それらは、土方歳三の決めたご法度である。
土方歳三と共に副長を務め、土方よりも位が高く、実質、新撰組のブレーンであった山南敬助もまた、近藤勇が尊王の志しを違えた時、自身の居場所は此処には無しと意を決し、脱走した。
山南敬助を探して連れ戻したのは、沖田総司だった。
隠居したかの小屋で、元々病気患いの山南は、床に伏せって咳き込んでいた。
同じく、結核患いで度々寝込む沖田は、山南を助けてあげたく思い、今回、必死こいて探し出したのだ。
「ゴホッゴホッ……」
沖田は山南敬助の床に屈み、説得した。
「山南さーん。具合悪いのになんで無茶したんですか。こんな遠くで病気で亡くなってたりしてたら、わたしは泣きますし許しませんよ?だいたい、頭脳たる山南敬助無くして新撰組は回りません!あんなに仲良しだったのに、近藤さんと諍いでもあったんです?」
山南敬助は、散りゆく山桜のように儚げな微笑みを浮かべた。
「……沖田君。わたしはね、死に際を自ら、選んだのだよ……」
「え?なんで?死んだりしないでください、仲直りできますよ、きっと!」
山南敬助は、天井を見上げた。
否。
日の本の未来を、見ていたのやもしれなかった。
「沖田君……君に、話すのは、無粋やもしれないが……男達は思想に生き、思想に散りゆく花なのだろう。新撰組は……変わってしまった。もはや、わたしの生きる場所にあらず。伊東さんならば、わたしの想いがわかるはずだ。平助ならば、わたしを恋しがっても、見逃しただろう。」
沖田には、思想の話はわからない。
だが、山南敬助が脱走したのは、自身の尊王思想の為なのだとは、理解したつもりだ。
「なら、きっと大丈夫ですよ山南さん。近藤さんだって尊王に夢見て、一緒に京に来たんじゃないですか。わたしには確かにわからない問題ですけど。帰ったら、伊東さんも藤堂君も、味方してくれますよ!みんな山南さんのこと大好きなんだし、近藤さんだって例え喧嘩しようが、根は優しい人なんですから!」
山南敬助は、沖田に肩を借りながら、腹を決めていた。
「ゴホッゴホッ」
「大丈夫ですか?しっかり!」
山南は、温かく告げた。
「沖田君……この先に何があろうと、君は、その優しき志しを守りなさい。人を疑うことを嫌い、清らかたらんこと。その目は、伊東さんと同じだ。君だからわたしは懐柔されてしまったのだろう。」
沖田はポカンとして、山南の言葉が難しくてわからなかった。
「ん……?山南さん、わたしと知恵比べです?わたしは剣以外はからきしの阿呆なので、だいぶわかりゃしませんよ?」
山南は自身の運命を忘れ、腹から笑った。
「はっはっはっは……そういうところだ、沖田君。君の、優しさや明るさは、類まれなる美点だから、大切にしなさい、という話だよ。」
沖田は言われた意味がわかり、笑った。
大好きな、山南さんが言うのだから、信じよう。
山南敬助の笑顔は眩く、病を忘れかける、お日様のようだった。
慶応元年。二月二十三日。
近藤勇の命により、山南敬助は切腹した。
介錯を務めた沖田は、苦しむ山南を楽にしてやるべく、涙ながらに剣でその首を切り落とした。
山南は、三十三年の人生に幕を下ろした。
見事な最期であった。
近藤さえも、怒りを鎮めて、山南敬助の切腹を讃えた。
「浅野内匠頭でも、こう見事にはあい果てまい……!」
伊東さんが逃がそうとしても、山南さんは立ち向かった。
藤堂君がいたら、せめて山南さんは報われたんだろうか。
わたしが、連れ戻したばかりに。
山南さんは、思想の元に、散ったのだ。
すべての元凶は、新撰組を成り上がらせた、池田屋事件である。
元治元年、六月五日の池田屋事件は、新撰組による、選り抜きの優れた尊王志士達の弾圧であり、惨殺であった。
これにより、日の本は明治維新が五年は遅れたと言われている。
その功績から、新撰組は、近藤勇は、幕府の忠臣となり。
永倉新八が嫌う、天狗と化して、仲間を家臣と呼び始め。
尊王思想から、幕府寄りへと、逸脱して行ったのだ。
山南敬助が新撰組を見限ったのは、その為であった。
同和一心、日の本が心をひとつにして和とする、尊王開国派の伊東甲子太郎が、近藤と亀裂を生じさせたのも、山南敬助の切腹からであった。
沖田総司は、その身に返り血を浴びながら。
近藤勇の剣で、あり続けた。
慶応二年、十月。酒井兵庫を惨殺。
慶応三年、浅野薫を粛清。
めくるめく闇討ちの日々をこなす。
優しき沖田総司は、粛清の度、悲しみながら。しかし、覚悟を決めて、容赦なく隊士を斬り。
結核が悪化した、日野の土方歳三の姉の宅で、戦線離脱するまで。
沖田総司は、陽気さを失わなかった。
慶応三年、一月某日。
京では、当然だが、一番隊の斬込み隊長の沖田総司でも、医者には通っていた。
貧しい者にも治療を施す医者、浅井道新は、普段は家族も働いており、沖田はただ結核の治療に通っていたに過ぎないが。
「本当ならば、新撰組をお休みし、栄養を取って安静にしておれば、治癒の見込みがある。」
沖田は呑気に背伸びしていた。
「ん〜。そうもいきませんからねぇ。わたしもそこそこの天才剣士ですし。まぁ、永倉さんの技には及びはしませんが。先生、何とか咳止めのお薬だけでも、くださいませんかねぇ〜?」
医者は呆れてため息をついた。
「生きたい患者はたくさんいる。貴方を診てると、生きられない患者が不憫だ。貴方の結核の悪化は自業自得と心得なさい。薬は処方して西本願寺に使いを出します。帰ってよろしい。」
京の、夜だった。
沖田総司は一通りの布団を敷いて、各隊士達のいる襖を開けていく。
「ねぇ、ねぇ!わたしとみんなで、枕投げしませんか?ひとつ、寝る前の稽古と行きましょう!!」
昼間に子供たちと遊べなかったりすると、沖田は夜間に聞き分けが悪い子供のように、遊びたがった。
斎藤一は眉をしかめた。
「なぁーんか、遊郭から帰る度、妙に屯所が埃っぽいとは思ってたけどさぁ。原因は沖田ちゃんの枕投げね〜。」
「斎藤さん!如何です?最強対最強ってことで、ひとつ!白熱しましょうよー!!」
「いや、はは……無邪気だねぇ。俺はパス。静かに酒呑みに行くわ。寒い日に飲む一人の熱燗が好きなのよ、俺は。」
「まーたお酒ですかぁ。じゃあ斎藤さんめいっぱい酔い潰れてきてください。嘔吐カウント新記録、楽しみに待ってますからねー!」
「笑えねぇ冗談なのよねー……ま、行ってくるわ。マジで熱燗が無いと風邪ひきそうだし。」
沖田は伊東甲子太郎一派に駆け寄った。
「伊東さーん!伊東さんは残りませんか?男でもありおなごでもある伊東さんなら、わたしの滾る情熱が伝わりませんか?枕投げは如何です?伊東さんの仲良しの皆さんも是非!この寒い夜、伊東さんの細身の身体には、外気は堪えますよー?」
伊東甲子太郎、そして伊東派は、瞬きしながら沖田に振り向く。
彼らは特別、沖田に嫌な気を抱いてはおらず、むしろ、やんちゃな沖田に好意的だった。
「どうします?伊東先生。ずっと張り詰めたお仕事であられます。わたしは枕投げの息抜きも、よろしいかと思いますよ。」
服部武雄が伊東を思って忠言した。
服部は優しいけれど、ただならぬ二刀流の猛者で、沖田としては是非とも服部と対戦してみたかった。
「なんなら服部さんだけ真剣でも構いませんよ?すっごくお強くて、わたしも腕が疼きます。」
「はっはっは。ご容赦ください、沖田君。わたしが志し半ばに、死んでしまいますよ。」
沖田はずずい、と伊東に迫った。
「とにかく!伊東さんはおなごです!夜間は危ないですよ!だから遊びましょう!」
伊東はあまりに沖田が懐いてきて、驚いたが、無碍にはしなかったし、きちんと対話を返した。
「Well Well Well……
(おやおや)
随分懐くわね、沖田ちゃん。お風呂話のよしみかしら?でも、ごめんなさいね。確かに細身のわたしに外気は堪えるけれど、仲間たちの付き合いで、わたしもお酒の席に行くのよ。尊王の布教と、朝廷への折り合いもかねてってところかしら。」
「そうなんですか〜。」
沖田と伊東はここのところ、お風呂を共にする中である。
沖田は近藤局長の贔屓も厚く、武士として、総司の背中の傷を見ないで欲しいと、風呂さえ隊士達から隔絶されていたのだ。
伊東先生ならば、という、近藤勇の優遇もあり、伊東は風呂場で沖田に遊びと学問を合わせて語りながら湯を浴びていた。
少なくとも、沖田には学問はなかなか入って来ないが、遊びを通じて、伊東の言いたいことは少しずつ理解出来た。
「ちぇー。でも、伊東さんなら仕方ありませんね。伊東さんの討論は、たしか、ないす ふぁいん!に値しますから、皆さん、伊東さんの知恵がなけりゃ、話し合いにならないだろうし。日の本は伊東さんが背負ってる大事なものなんですよね。またの機会に遊んでくださいねー?」
伊東達はにこやかに笑った。
「勿論よ。わかってくれてありがたいわ。さすがに雪の日は、会談を中止して、沖田ちゃんと遊ぶわね。」
服部も微笑む。
「我々も賛成です。沖田君はやんちゃですねぇ。」
鈴木三樹三郎は、バリバリ対抗意識を燃やした。
「兄様の英語の教えを解するとは……解せぬ!枕投げの折は、決着をつけてやろうぞ!!」
藤堂平助は三樹三郎に笑った。
「ならば、俺は三樹三郎殿に助太刀致しまする!総司は手強い奴ゆえ!はは、楽しみだなぁ!」
篠原泰之進だけは、眉を寄せて伊東に申し上げた。
「……伊東先生。沖田君は、近藤勇の派閥では?無邪気に見えても幕臣の配下、好意を寄せれば寝首をかかれますよ。」
伊東甲子太郎は篠原を諭した。
「篠原。共に尊王に情熱を燃やすならば、正しき対応をなさい。疑いを嫌い、罠であっても信じ、対話する心が大事だわ。貴方は言葉が達者で、近藤さんが根負けしたぐらいの覚悟ある志士よ。沖田ちゃんに直接ぶつかってみなさい。あの子は、思想がわからないなりに、わたし達に理解を示しているわ。」
「……は。この篠原、至らぬ男でございました。確かに、沖田君は中立でありながら、伊東先生に好意を示している。わたしが浅はかでした、以後、沖田君を疑いませぬ。」
篠原は、その後、伊東の命で朝廷に根回しし、無事、御陵衛士を成立させた実力者である。
「よぉーし!一番隊!枕を構えー!!あれ?」
沖田が気づいた頃には、一番隊は数名しか残ってはいなかった。
「沖田組長、辞めましょうよ。」
「枕投げが一番、沖田組長が咳き込むんですから。結核を治す為にも、早寝早起きしましょ。」
沖田は辺りを窺い、今にも屯所から出て行きそうな永倉新八に話しかけた。
「永倉さ〜ん!みんなは、また遊郭ですか?いっくら新撰組が給料良くたって、外泊ばかりしていると、また土方さんの雷が落ちますよー?」
「まぁな。だが、怖かねぇやい!宵越しの金は持たぬのが男よ!総司、おめぇさんも来たらどうだ?ガキの遊びばかりしてねぇで、たまにゃあ羽目を外さにゃあな!」
永倉に、沖田総司はため息をついた。
「わたしは結構ですよ、色恋はさっぱりわからんので。わたしの楽しみは、稽古に試合、近所の子供たちとの遊びだし。ま、永倉さん相手に言う事じゃありませんけど、羽目外し過ぎないで下さいよ?場合によっては、寝ていた永倉さんが厠に目を覚ましたら、剣を構えたわたしがそこにいるやもしれませんからねぇ。」
永倉は沖田のブラックユーモアに、引き気味の冷や汗をかいた。
「こんの恐ろしいヤツめ。そりゃあ、黒すぎて笑えんぜ!」
沖田はコロコロと笑い出した。
「ハッハッハッハッハッハ!ひー、ひー。言っときますが、粛清に行く時はわざわざ、永倉さんみたいな剣豪は起こしませんって!寝てるウチにお陀仏ですよーだ!!」
「まぁーったく。俺だって総司が相手じゃ気が滅入っちまうわな。もういっそ、近藤の差し金なんざ、辞めちまいねぇ!」
永倉はもっともだ。
だが、沖田にも己の意思があった。
「ふふ。近藤さんや土方さんは、わたしには兄弟同然なんですよ。わたしは何せ、近藤さんより早く道場暮らししてましたから。実の姉のみつより、近藤さんと長年共に過ごしましたからねぇ。近藤さんの剣であることは、わたしの意思なんですよ。頭の悪いわたしの役割は、剣ぐらいなんで。悲しみも涙も、無に帰すものなんです。人間の機能をするのは、わたしじゃあないですから。だからこそ、山南さんが褒めてくれたわたしの明るさは消えてません。ただ、わたしの生きる道こそが、剣なんですよ。」
永倉は沖田の真っ直ぐさに感銘したか、或いは不憫に思ったか、
「……待ってろい!」
と、屯所を飛び出し、すぐ戻って来た。
永倉は、ホカホカの温かい甘酒を、沖田に手渡した。外を、甘酒売りが通ったようだ。
「この寒さでぃ。総司が外気に当たったら、持病がこじれちまわぁ。枕投げだって咳き込んじまって、いけねぇや。あったかい甘酒飲んで、布団に入って休みねぇ。そんで、希望を持ちな。剣だけが総司じゃねぇや。布団の中で、よぅく、考えねぇ。」
沖田は瞬きしながら、両手に温かい甘酒を握る。
「剣以外のわたしとは、よくわかりませんがねぇ。なんだか、心配をおかけしちゃいましたね。有り難く甘酒頂戴して、お布団に入るとしますか。」
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