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壬生狼チャンバラ  作者: 燎 空綺羅
序章 第三話 一徹の鬼
22/54

3-9

 芹沢鴨は、勢い余った鉄扇を、土方歳三の頭のすんでで、もう片方の手で掴んで止めた。


「……土方……!!馬鹿野郎ッ!!」

 斎藤一は土方歳三に歩み寄り、容赦なくぶん殴った。

 永倉新八は困惑中だ。

「どういうこったい?」

「土方さん!土方さん……!山南兄も、伊東先生も、そんなの望んでない……!」

 泣く藤堂平助をさすり、相馬主計が告げた。

「藤堂。土方さんは、ずっとこの時を待ってたんだ……生き地獄を、走ってきた人だ。だから、俺や島田さんは、この人に命懸けでついてきた。いま……新撰組が報われて、土方さんは、ようやく肩の荷を、降ろしたんだ。」

 一方、斎藤一に殴られて尻もちをついている土方歳三に、芹沢鴨が歩み寄る。

「アンタは相応しい男だよ、芹沢鴨。俺を殺しな。そして、新しい新撰組を、頼んだぜ……。」

「……どういう了見かね。」

 剣を捨てた土方歳三は、至極真面目な眼差しで告げた。

「これが、俺なりの答えだ。死に、相応しい時が来たのさ。俺と近藤さんが、新撰組を託せる時が来たんだ。俺は、あん時、近藤さんの夢を壊しちまった。ずっとずっと、近藤さんの尊王の夢を捨てさせ、死に方までぶっ壊した。近藤さんは清廉潔白な腹切りを望んだが……俺ぁ、近藤勇を死なせたく無かった。俺の意固地の結果は、近藤勇の斬首だ。あの人の代わりに、俺は近藤勇になり、新撰組になった……新撰組が報われる、この日を目指して、な。」

 土方歳三は、繰り返し思い出す。

 土方が近藤勇に投降を説得した事。

 結果、名を偽り、近藤は伊東派に見破られ。

 土方歳三を庇い出た近藤は、すべての責任をおい、斬首。

 武士としては死ねなかった上、京での晒し首となった。

 近藤の清く正しい死という夢は、踏みにじられたのだ。

 誰が?

 土方の、身勝手な願いが、近藤の死を踏みにじったのだと言えよう。

「走り続けた。新撰組を唱え続け。死は、許されなかった。近藤勇に守られた命の、使命を果たすまではな。芹沢さんよ。アンタならばこの首を取るのに、ふさわしかろうよ。新撰組を繋げる人間を、新時代の局長を、俺は、雪ん中で……待っていたんだぜ。」

 芹沢鴨は、原田と永倉に命じ、背を向けた。

「原田君、永倉君。土方君は弱っておいでだ。傍にいておやりなさい。」

「うっす!」

「芹沢ァ!!」

 土方歳三は死に縋るように、芹沢を呼んだ。

 彼の太陽が、地獄の底から呼んでいた。

 だが、芹沢鴨の正道は、人殺しを成さなかった。

「わたしは多く過ちを犯したが……考えるに人間の罪悪を裁くべきは、人間では無いのだ!そもそも、根底からして思い違いをしていよう!君は、近藤勇を助けたかったのだ!」

 土方歳三は、励ましなど通じない。

 そんな生半可な場所には、既にいないのだ。

「……皮肉だな。俺が説得したから、近藤さんは誉高い死を偉べ無かった。」

「土方さん!そんなんじゃない、そんなんじゃないよ!!」

 藤堂が泣きながら土方に寄り添った。

 芹沢はオテルの外まで出て、馬車の前で雪を仰いだ。

 平間重助がそっと番傘を差し出した。

「……芹沢さん。お気持ちはわかりますが、せめて、この番傘を使ってください。風邪をひきますよ。」

 芹沢鴨は、丁重に番傘を返した。

 雪でびしょ濡れになりたかった。

 強き男、芹沢は、涙の代わりに、雪を選んだ。

「男達が()いている。悲しい夜が来よう。新生・新撰組に至るまでは、あと数歩、必要なのだ。」

 榎本武揚もまた、芹沢の元に歩み寄った。

「驚かれたかね?総帥殿。わたし達壬生浪士組の、頑ななる壬生狼チャンバラに。」

 榎本武揚は、土方歳三を案じ、胸を痛めていた。

「いいや。わたしは、自身の浅はかさを悔いました。わたしは戦となるや、土方君に頼りきりだったが、強いだけの人間など、何処にも存在しないのだ。土方歳三の強さは……苦しみが、バネだったのではないか。わたしは理解の至らない上司であったと痛感している。芹沢さん。事態が動いたら、知らせを飛ばしていただきたいのです。わたしとて、無関係な人間ではあるまいよ。」

 芹沢鴨は榎本武揚の真摯な眼差しに、頷いた。

「……お約束致そう。」


 島田魁は、厨房から出来たての汁粉を盆に並べてやって来た。

 熱心に汁粉を煮ていた島田魁には、何があったかわからないが、とにかく土方歳三の窮地を察した。

「土方さん!?どうしたんですか!!雪の中に座り込んで……早く汁粉を、温まってください!!」

 島田魁は土方歳三の笑顔を取り戻すべく、自慢の汁粉で打開に出る。

 土方歳三は涙ながらに、島田汁粉を飲まされた。

「……ちきしょー……クッソ甘ぇ……」

 島田汁粉がトドメとなり、土方歳三は意識を失った。


 向日葵の花畑を、土方歳三は歩んでゆく。

 群生する向日葵の中には、いつも、あの人がいる。

 振り向いたあの人は、太陽のように笑うのだ。

「トシ!!吾輩の新撰組を、任せたぞ!!!」

 眩しい。

 眩しくて、苦しくて。

 手を伸ばしても、あの人には届かない。

 そこは、地獄の底だからだ。

 まだ、再会は許されない。

 自らが死なせてしまった、あの人にだけは。


 永倉が冷やし手拭いを土方の額に当てていた。

「おっ?」

 土方は起き上がった。

 手拭いがはらりと落ち、それを拾う。

「俺ぁ、やらかしたようだな……。」

 永倉が土方を力づくで寝かせる。

「無理すんねぃ!!寝てな寝てな!!土方歳三、アンタ泣き疲れて倒れちまった。いんや、島田汁粉がトドメやもしれねぇがよ!障子の向こうでは斎藤殿もつきっきりだぜ?」

 土方歳三、ハッキリ意思表明した。

「永倉。心配かけちまったが、俺ぁ、死んじゃあいねぇ。それより、新しく就任した局長の芹沢鴨に、筋を通しに行かねばならん。俺ぁ今は落ち着いてる、安心しな。」

「ふむふむ。俺ァ反対はしねぇ!芹沢さんも心配してたしよ。結局、新撰組はアンタ次第だ。」

 斎藤がピシャリと障子を開いて怒鳴った。

「はぁーーーッ!?何やってんの、止めろよ、ぱっつぁんもさぁ!!」

「すまねぇな……斎藤。心配、したんだろ?」

 斎藤一、固まった。

「えっ?」

「心配かけて、すまねぇ。さぞかし、心配したんだろ。」

 斎藤はいきなり照れたのか、真っ赤になって怒りながら立ち去った。

「別にぃ!!俺は、アンタを殺したいだけだしぃーーッ!!もう知らん!勝手にしなよ、アンタは!!」

 永倉新八は瞬きしている。

「なんでぇ?斎藤殿のやつ。」

 土方歳三は言い切った。

「扱いがわかってきたぜ。斎藤一のな……。」

 土方歳三が身なりを整えて、オテルの廊下を歩いていると、相馬主計と島田魁が、走って追いかけた。

「土方さーん!!」

「相馬。島田。どうした。」

 二人は、土方歳三に深々と頭を下げた。

「新撰組を、報いある道まで、貴方が連れて来たんです。本当に、お疲れ様でした!」

 そして、二人は顔を上げた。

「そして、土方さん。ここからが、新撰組の新たな出発地点ですよね。」

「俺たちは土方歳三について行きます。新たな道を、また、突っ切ってください!」

「土方歳三の生き地獄では無く。土方歳三に報いのある、新しい道を、共に走らせてください!!」

 土方歳三は、自身に命を預けてここまで来た、相馬主計と島田魁に、涙腺が緩み、目を隠しながら笑った。

「あぁ……そうだな。俺の居場所は、お前らの胸ン中にあったんだ……駆け抜けるさ。最後まで、な。」

 相馬主計と島田魁は、泣き笑いで応えた。

「はい!」

「ここから先は、新生・新撰組だ。芹沢鴨を局長にすえ、俺は副長に戻る。相馬主計!副長助勤兼、二番隊組長を任じる!島田魁!八番隊組長を任命する!永倉は剣術指南役だからな。今んとこ密偵は斎藤一しかいねぇ。武蔵国が俺たちに何を打倒させてぇのか……芹沢鴨に、聞いてこなくっちゃあな。」

 島田魁が苦笑いで、ワインボトルを差し出した。

「これをお持ちください、土方さん。近所のレティシアちゃんの御一家にいただきましたが、俺は下戸でしたので。口下手な土方さんには、役に立つかと存じますよ。」


 夜半、芹沢鴨が滞在する潜水艦に、土方歳三が訪ねた。

 一本の上等なワインを持って。

 芹沢鴨らの大使館と屋敷は建築中であるから、芹沢一味の寝床はまだ、潜水艦だ。

 平山五郎が土方歳三の来訪を知らせた。

「芹沢さぁ〜ん。土方君が来てますけど。寝たいです?殺っとく?」

 芹沢は可愛らしい苺柄のパジャマで寝室から出てきた。

 上から外套を羽織る。

「わたしが眠たいと殺してしまうのかね、平山君。君も大概難儀な男だ。土方君を通しておやりなさい。わたしも、彼と話しておきたいのだよ。」

「は〜い。土方君通したら休みま〜す。イッツァ通り魔ターイム!」

「卑怯はよしなさい。正々堂々、真正面からだぞ!」

「はいはーい!」

 土方歳三は、通されるなり、ワインを見せた。

「格好の悪ぃとこを見せて、示しがつかん。これは詫びの葡萄酒だ、おさめてくれ。」

「知っての通りだが、わたしは酒癖が悪くてな。しかし、ワインならば長持ちしよう。引退後にでも、いただこうかね。」

 土方が押し黙り、余りに頑なな様子で、芹沢は考え直した。

「……気が利かなかったかな?ワインを開けよう。今の君には、必要だろうとも。」

 土方はグラスにつがれたワインを飲み干した。

 不器用な男だ。

 酒の力を借りねば、ろくに対話も出来ぬ。

 島田魁に感謝しなければなるまい。

「……今のアンタは、かつて俺たちが危惧した芹沢鴨じゃあ、ねぇんだな。本当に……自粛してか、一口も酒を飲まねぇ。」

「嫌われていたのはわかるがね……割と、ダイレクト過ぎやしないかね?わたしとて刺さりはするのだよ。」

「……先程の話は、嘘じゃねえ。俺は待ち続けた。近藤さんの代わりに、俺が背負った新撰組を、任せられる人間を、この雪国で……待ち続けたんだぜ。」

 芹沢鴨は神妙に尋ねた。

「……それは、君が死ぬ為に、必要だったことかね?」

 土方歳三は頭をかいて、首を振った。

「違う。みっともねぇ姿を見せたがよ。死にたいくれぇに、生き地獄だったし、隊士達の命ってなぁ、今だって重てぇが……近藤さんを、死なせた責務は、死んで許されるもんでもねぇ。俺は鈴木三樹三郎と再開し、伊東の記憶と対話し……今なら、近藤さんの夢を、アンタの思想を、受け継げるだろうよ。アンタを、近藤さん程に理解出来るかは、わかりゃしねえが……俺ぁ、アンタを再び局長に据えて、支援する。てめぇは副長に戻るつもりだ。」

 芹沢は心配そうに、土方歳三を見つめた。

「わたしは君たちに私怨もあったがね……近藤君の死に方を、平間君から細かく聞かされた時には……わたしすら、君を案じたものだ。わたしはてっきり、土方君は詳細を知らないから蝦夷地まで突き進んだのだと、このまま知らせない方が幸せなのだと、考えていたのだ。自分のせいで近藤君がさらし首などと知ったら……土方君は自害しかねないと思い。君を少し、弱き男だと勘違いしていた。君たちは、二人で一人前のような節がある、半身のような義兄弟だったからだが……」

 土方歳三は皮肉げに笑った。

 言う通りなのだ。

 土方と近藤は、二人で一人前なのだ。

「ある意味では、アンタの読みは正解だろうよ。俺は強かねぇ。脆い男さ。近藤さんを亡くして、イカれて破綻した人間だ。俺は勇敢に戦い抜いた訳じゃねぇ、偶然に生き残っただけだからな。近藤さんは生き返りゃしねぇし、俺の償いだって無意味な自己満足だろうが……そうであっても。俺ぁ、決めたんでね。俺がいる場所が、この俺が、新撰組なのだと。」

 芹沢はコーヒーをいれ、土方の話を聴くことに徹した。

「痛々しく感じるがね。君は背負い過ぎて、壊れてしまったブリキ人形のようだ。だが、近藤君が惹かれたものこそが、君のその一徹なのだろう。わたしは当然、この性格でね。近藤君にはなれないが……朝廷からこの任を賜った時は、苦い思いをしたものだが、これからは、真剣に向き合うこととしよう。新撰組に到る前の、壬生浪士組としては、無関係でもなかろうからな。」

 土方は、ワイングラスを傾けながら、ボヤいた。

「壊れた、人形か……。新生・新撰組は。俺たちは、何を倒せばいい?俺達壬生狼は、どこへ行くんだろうな。」

 芹沢は、間を置いて答えた。

「……天皇陛下から命じられたのは、ロシアからの防衛だ。だが、新撰組自体に終わりは無いのだ。おそらくは。君の納得する、新撰組の終わりまで。わたし達の旅路は、続くのだろう。」

 土方歳三の脳裏には、相馬主計と島田魁が過ぎる。

「そいつは、土方歳三の生き地獄ではない……土方歳三の報いの為の、新しい出発地点から、納得の行く終点までの、旅路かい?」

 芹沢鴨はにっと笑う。

「そう考えるのは実によろしい。わたしも無骨な局長ながら、君の旅路に付き合うとしようか。壬生狼に祝福を。土方歳三の再出発が、誉れ高き道となることを願おうとも。」

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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