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壬生狼チャンバラ  作者: 燎 空綺羅
序章 第三話 一徹の鬼
19/54

3-6

 慶応三年。十月。

 徳川将軍が、政権を天皇陛下にお返しし、大政奉還が実施され、日の本は朝廷に返上された。

 事実上、尊王志士達の世が幕を開けたのだ。


 新撰組の立場は、幕府側の会津若松、松平公に組みした、新政府軍の敵に成り代わった。


 近藤は十二月十八日、伏見墨染付近で狙撃され、右肩に重傷を負う。

 沖田もまた同日、民家で療養中、刺客に寝込みを襲われたが、新撰組が本陣を置いていた伏見奉公所に走って逃げて、事なきを得た。


 慶応四年、鳥羽・伏見の戦いでは、近藤は参加出来ず、土方自ら指揮を執るが、銃砲に惨敗。


 土方らは夷狄に倣い、洋装と西洋の武器を取り入れた。

「ミニエー銃の威力を見たかい?あんなもんを持った新政府軍にゃ、もはや剣では勝てやしねぇ。」

 散髪されながら、土方歳三は語った。

「それはそうと、トシよ。大丈夫か、悲しくはないのか?髪を切るなど、武士の名折れではないのか?」

 散髪時、抵抗のある近藤勇に、土方歳三は言い聞かせた。

「アンタの信じた伊東の口癖だ。胡散臭い野郎だが……確かに夷狄に習わねば、勝てるもんじゃなかったな。髪など不要、掴まれれば鉄砲の的だ。近藤さん。髪を捨てても、志しあらば、俺たちは武士だ。」

 近藤勇は負傷の身でありながら、土方歳三の解釈を聞いて、笑った。

「なんと、ようやくトシにも伊東先生の賢さがわかったのか。そして、柔軟になったものだな……うむ!トシが髪を切るならば、吾輩も髪など捨てよう!!」


 江戸退却後、甲陽鎮撫隊となり、近藤は甲州へ出兵したが、新政府軍の兵力と銃火器に、呆気なく敗退す。


 武州足立郡の五兵衛新田を経て、四月二日に、下総流山へと転陣した。


 近藤は、会津へ。ただ、会津若松を目指した。


 四月三日、朝。

 押し寄せた新政府軍が、新撰組本陣を包囲した。

 近藤は、もはやこれまで、と、覚悟を決めた。

 土方もまた、策を練った。

 負傷した近藤を、これ以上引きずり回せない、というのが、土方の第一の判断だった。

「せめて、後生だ。介錯を頼む、トシ。誉れある切腹をして死にたい。清く正しい死に方は、吾輩の夢の在り処だ。」

「近藤さん、よしな……。」

「吾輩達は、時流に乗り遅れたのだ、トシ……せめて山南敬助と対話し、伊東先生について行くべきだった……壬生浪士組の、いいや。試衛館時代の、我らの夢は……此処では、無かったのだ……。」

 近藤勇の夢に、理解が至らなかったのは、土方である。

 だからこそ、死ぬべきは、近藤では無いと、判断した。

「近藤さん。アンタの夢を捨てさせて、武士道を追求したのは、俺だぜ?……アンタの怪我じゃ、治療しない限り大事に到る。板橋の新政府軍総督府に出頭するんだ、近藤さん。」

「トシ!?……今更寝返ったところで、許されるはずが無かろうし……吾輩が逃げたら、新撰組の皆はどうなる!吾輩は局長だ、皆の責任を投げろというのか!?」

 土方は近藤を勇気づけてやり、肩を握って笑ってやった。

「大久保大和と変名し、変装して、逃げ切れば良し。素性が割れりゃ、すべて、俺のせいにしな。伊東派とて、黒幕が俺だって事ぐらい、わかってるさ。土方歳三という悪漢が、尊王派のアンタを傀儡にしていた。無能のフリをしながら、そう言いな。事実だ。アンタの夢は、伊東の元にあったんだ。許してもらえるかもしれない、アンタなら。」

 近藤は、一筋の涙を流した。

「……新撰組は?トシは、どうなる。」

「アンタが安全になり次第、俺達も時期を見て解散だ。心配いらねぇ、逃げ切るよ。近藤勇無きところに、新撰組は無し、だろう?」

「……それを聞いて安心した。待っていろよ。吾輩が許されたら、次は皆の擁護に回るからな!」


 板橋、新政府軍総督府で、近藤が大久保大和として出頭し、医者の元まで案内されていると、鈴木三樹三郎率いる伊東派残党が、憤怒の形相で駆けつけた。

「大久保大和だと!?嘘をつけ、この大悪党めが!!この顔を忘れたか、近藤勇ィィ!!俺は、貴様が殺めた伊東甲子太郎の実弟、鈴木三樹三郎だぞッ!!!」

 近藤は、直腸がねじ切れるような思いがした。

「近藤勇?」

「新撰組局長、天下の大悪党では無いか!」

 瞬く間に、近藤は拷問部屋に連行された。

 ろくな裁判も無く、痛めつけられた。

 棒叩きにあい、気を失っては、熱湯を浴びせられた。

「もう辞めてくれ!!吾輩が悪かった!!」

「黙れ、朝廷の敵めがッ!!」

「尊王開国派、英傑、坂本龍馬ならびに伊東甲子太郎、暗殺容疑であるッ!!」

 当時、坂本龍馬の暗殺は、新撰組の仕業だと語られていたのだ。

 近藤勇への怒りのほとんどは、土佐藩からであり、薩摩の西郷や、新政府軍の勝海舟は、必死に近藤勇を擁護していた。

「ち、違う!!坂本龍馬殿には、新撰組は関与しておらぬッ!!」

 棒殴りが近藤を襲った。

「嘘をつけッ!!大石鍬次郎が拷問の末、自白したわ!!この、悪逆非道の人斬り集団めがッ!!」

 大石鍬次郎は、沖田総司の代わりに人斬りの任務を継いだだけの、心ある男だ。

 大石鍬次郎が事実無根の自白をする程、辛い拷問を受けただけだ。

 今、近藤勇もまた、拷問の日々の只中にある。

 まるで、生き地獄だ。

 魑魅魍魎達が、日々、じわじわと近藤勇の魂を、病に侵食していくかのようだった。


 土方歳三はその頃、勝海舟らに直談判し、近藤勇を救うべく懇願していた。

「お頼み申し上げます……!この土方歳三の首の代わりに、近藤勇だけは……!あの人は、伊東甲子太郎を殺めたくはなかった。近藤勇は、伊東と同じ夢を見た尊王志士にて!勝先生のお力で、近藤勇をお見逃しください!!」

 勝海舟は、遠い眼をし、土方歳三を支えた。

「土佐藩は、坂本君の報復の為に、近藤勇を完全に敵視している。我が力は及ばぬかもしれんが、助力は致そう。わたしは旧幕臣をも助けるべく、今の地位についた。……犠牲者は減らぬ。今となっては、わたしは口先だけよ。天皇陛下は、伊東君からの提案書を今も懐に入れてらっしゃる。それによれば、伊東甲子太郎は坂本君と同じ開国派だ。伊東君が書いた文も読ませてもらった。彼は、わたしに似た、幕臣救済案を語り……伊東君が、揺れる近藤勇を説得したかった事は、事実だろう。」

「はい!近藤勇の夢を解さず、伊東の暗殺を示唆したのは、紛れもなくこの土方歳三にござりますれば!お頼み、申し上げます……!どうか、近藤勇を助けてください!!」

 勝海舟はかつての恩人を、新撰組に重ねて見ていた。それは、人斬り岡田以蔵である。

「わたしが暗殺されかけた時、護衛をしていた岡田以蔵君が、暗殺者を斬り殺した。わたしは、人斬りを諌めたが……あの時以蔵君が斬らねば、今の日の本は無かった。わたしは、斬首の憂き目にあった彼を助けられなかった。亡き恩人のため……わたしは、人斬りの新撰組を。土方君、君と伊東君の助けたかった近藤勇に、救いの手を与えたいと思う。」

 土方歳三は、深々と頭を下げて、顔面をぐしゃぐしゃに潰して泣いた。

「ありがてえ……ありがてえ!!」

 勝海舟は悲しげに言った。

「だが、事前に知らせておく。生還が、実現するかはわからぬ。わたしは新政府軍を止められぬ、力及ばぬ人間だ。君の首を対価に近藤勇を救う算段を提案するぞ。幕臣の犠牲無くして、近藤勇は、わたしには救えぬ。君には、報われぬ斬首の覚悟が、あるのかね?」

 土方歳三は、泣きながら叫んだ。

「喜んで、首を捧げます……!」

「君の覚悟……心得た。近藤勇が解放出来たおり、新政府軍が近藤勇を引き渡す。その時、君は代わりに板橋刑場に立つだろう。すまぬ。力無きこの勝海舟、心より君に謝罪す。」

 勝海舟より命が降り、新政府軍上層部は、伊東派代表鈴木三樹三郎からも、詳しい事情聴取を取った。


 過激派を落ち着ける為に、新政府軍の薩摩や勝海舟側の上層部が割行った頃には、近藤は棒叩きと火傷でボロボロになっていた。

 意識を失っており、助けようとする側の上層部も、仕方なく近藤勇に冷水を浴びせて起こした。

「はっ!?辞めろ!辞めてくれッ!!」

 怯える近藤に、代表の老人が告げた。

「恐れるな。助けに参ったぞ。」

 老人の部下達が、厳しく拷問官達を叱った。

「やり過ぎだ!新政府軍は蛮族では無い!そなたらは下がれ!!」

「しかし!坂本龍馬の暗殺は!!」

「黙れ!証拠も無き噂で、土佐は尊王志士をも殺めるかッ!?下がっておれ!!」

 話の通じる人物が現れ、近藤は懇願した。

「どうか、許してくれ!!吾輩も尊王に夢見て、京に参った!!伊東先生を殺めた過ちは、理解しているッ!!吾輩が、恩義を選んで松平公についたことすら、天皇陛下への仇となってしまったとも、理解しているのだ!!初めに新撰組が語り合った夢は、尊王で、我らは道を外しながら、退路を失っていくばかり!」

 老齢の男は、理解を示した。

「……西郷さんと勝先生のご命あり、そなたの元の志しは尊王であったと、伊東甲子太郎の実弟からも聞いてな。兄なら情けをかけると、三樹三郎らは申して、我らが助けに参ったのだ。我らとて、鬼では無い。我らはただ日の本を、良きものにしたいだけよ。近藤よ、お主の真意が天皇陛下の元にあるならば、伊東と共に夢があるならば。我らがこれ以上、痛めつける言われは無い。それは、天皇陛下だけが裁くこと。近藤よ。」

「はい!はい……!!」

「坂本龍馬の暗殺は、真偽は如何に?」

「……幕臣側の仲間故、口は割れません。しかし、新撰組ではない!!」

「伊東甲子太郎の殺害は、土方歳三の命令だな?伊東甲子太郎は、死ぬ直前まで、御陵衛士達が罠だと止めるのを振り払った。そなたを疑うことを嫌い、罠であっても尊王を説き伏せ、そなたを取り戻そうとしたという。伊東がそんなに信じた近藤勇を、悪党だとは思えぬ。三樹三郎の証言もあった。新撰組とは、近藤勇を天狗にさせて、実質、土方歳三という悪漢が手網を操っていた組織なのか?」

「!!」

「話を合わせた方が利口ぞ。そなたは、土方歳三に傀儡にされた、尊王派の被害者か?」

 近藤の脳裏を巡ったのは、まるで走馬灯だ。

 初めて出会った日の、緊張した面持ちのトシ。

 迷い、悩む近藤勇を、いつだって傍らで、勇気づけた、トシ。

 義兄弟、土方歳三との日々である。

 老人の部下達が、躊躇う近藤を諌めた。

「頷きなさい!頷けば助けられる!!我らとて血に飢えた獣では無い。今、お主を救える答えは、この問答に頷くことのみ!!」

 近藤勇はキッパリと答えた。

「違います!」

「近藤!」

 否定する近藤勇を、説得するように、周りは説いた。

「ある程度の裏が取れているのだぞ!土方の根回しは鈴木三樹三郎達の証言にもあるのだ!意地になるな、近藤よ!伊東甲子太郎の遺体を罠にした御陵衛士殺害事件に、お主は関与していない!隊士側の証言も取れている、近藤は泣き疲れて寝床で眠っていたのだと!そなたは充分悔いた、伊東甲子太郎の死を嘆いた、同じ尊王志士よ!我らが同士討ちして何になる!?土方だけ裁けば良いし、すべての元凶はあの悪漢では無いか!!」

 近藤はお偉いその部下を、殴り飛ばした。

 重傷の近藤とは思えない威力で、憤怒の形相で、怒鳴った。

「許さんッ!!トシを、悪く、言うなぁッ!!!」

 その場が静まり返った。

 この近藤勇は、皆の配慮を蹴ってまで、土方歳三ただ一人を、守ったのである。

 そして、声高に朗々と叫んだ。

「山南敬助の切腹!伊東甲子太郎の暗殺!!すべて、この近藤勇の責であるッ!!!土方歳三は局長の悩みを聞き、知恵を捻ったに過ぎん!!この近藤勇こそは!!己の夢と、幕府への恩義の狭間に揺れ、闇雲に尊皇志士を抹殺せし、天下の大悪党であるッ!!!首を取るなら取れば良かろうがッ!!!田舎侍とてここまで歩めば、既に大往生よッ!!!」

 近藤の拷問部屋から出た上層部の男達は、待っていた伊東派に歩み寄って行く。

「伊東甲子太郎の弟子ら、特に、鈴木三樹三郎よ。あの男はどうしたものか?西郷さんや勝先生が、許してやる算段すら台無しにしてしまう。余程の頑固者ぞ。」

 鈴木三樹三郎は、我慢の限界だった。

「……愚か者は、殺してしまえば良いのです。我らが兄様(あにさま)の意思を汲んだとて、この始末。そも、優しい兄様が近藤を赦したとて、この三樹三郎はあやつを許せませぬ!あの男が同じ夢を語ったからこそ、兄様は新撰組に巻き込まれたのだ!無能とて、局長とは責任者。土佐藩に近藤勇を引き渡し、責任を、果たしてもらうのが最善かと。」

 上層部の老人は、溜息をついた。

「復讐で血を流すか。新政府軍の筋道とは、正しいと言えるのか、もはや誰にもわからぬものよ。同士が同士を討ち、日の本は変わるのかね?」

 鈴木三樹三郎は俯いた。

「わかりませぬ。兄様亡き後、誰にも……わかりませぬ。」

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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