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「然し、芹沢殿。俺との一騎打ち以降はどうしてらした。再会してみりゃ、芹沢財閥の代表になっている。そりゃあ、訳を知りたいね。」
「酒乱の報いを受け、世間から忘れ去られる程の隠居をしていたのだよ。時には金も無いのに酒に手を出し、窃盗罪で二年は牢屋で我慢の日々もあった。」
平間重助、釈放されて二日目の芹沢の、堕落した布団生活に、物申した。
「どうにか、昔の背筋正しい芹沢さんに戻れねぇものか。」
芹沢、拗ねて布団から出ない。
「平間君。見聞を広めれば分からぬはずはあるまい。わたしは尽忠報国の志として酒乱騒ぎを繰り返し、朝廷に見放された尊王志士だ。もはや目指せる夢も語れる大義も無かろうよ。」
平山、飄々と顔を出した。
「金持ちになりゃあ、どうだい?国一番の金持ちなら、朝廷も無視は出来なかろうよ。」
「金など。組織の下地を作る資金も無くして、何が……」
「失礼!」
知らぬ役人が平間宅を訪ねた。
「これなる人相描きの男はご存知あるまいか?」
新見錦だった。間違いなく、人相描きはそっくりだ。
新見錦は、壬生浪士組の局長の1人で、恐喝や盗みを働き、芹沢、近藤、両名の注意を無視し、切腹に至ったはずである。
「その男、どうか致しましたか。」
「この男、徳川将軍の朝廷への捧げ金を詐欺の手腕で奪い取り、指名手配となっております。このような田舎では、取締役はわたしくらいのもの。見かけたら、わたしの宅へお知らせ願えるでしょうか。」
「はい。必ず。お役人さん、ご苦労さまです。」
「痛み入ります。では、次の家に参りますので。」
役人が帰ると、平間、平山、芹沢はちゃぶ台に集まって緊急会議をした。
「あれは間違いなく新見だ。」
「近藤さんは、本当に新見を切腹させたんですかね?あの人、新見が逃げてたって、情けをかけかねんものだが。」
「新見錦は知らねぇが、恐喝されてる側のお宅なら、俺ァ知ってるよ。」
平山の言葉に、芹沢と平間は食いついた。
「新見とも腐れ縁、ここでしばかねば、被害は拡大するだろう。よし!平山君の心当たりある家に、夜向かうこととしよう。」
夜半、芹沢達が恐喝に苦しむ家を外から見張っていると、新見錦、ゆらゆらと現れ、家に入って行った。
「幽霊、ではないな。生きていたか、新見め。」
平山、刀を抜いて尋ねた。
「芹沢さん。新見はどの程度懲らしめるんで?殺っちゃう?」
「平山君。人殺しは新撰組と同じ真似ぞ。我々は安全第一に殴り合い、拳で新見を懲らしめるものとする!」
芹沢、平山、平間は宅に入り、デカい顔をしていた新見錦が、三人を見るなり竦み上がった。
「ゲェーッ!芹沢!!」
「この外道の悪漢めが!今日こそは年貢の納め時、わたし達で企みをバッキバキに叩き潰してさしあげよう!!」
哀れ、新見はタコ殴りにされ、縄にて縛られた。
「どうだね、諸君。この新見は悪い金を蓄えたのだからして、わたし達でその金を正しい道に使ってさしあげようではないか!」
「そんな!!」
「そーこなくっちゃ。」
「芹沢さん!ついに再び始動致す時が来ましたか!!」
「天皇陛下は異国と日の本を対等になさるだろう!そこが狙い目ではないかね!?夷狄との商売!!海原の向こうとの、貿易をしよう!!まずは会社。そして投資。手始めに船を買おうではないか。」
芹沢財閥はここに結成した。
海外貿易会社、坂本龍馬の海援隊の夢見た商売と、志し同じくして始まったのだ。
一歩進んで二歩下がる。
下り坂の時は新見を叩いて金を搾れ!
行け行け、芹沢!
筋道通して、進路を開け!
波に乗った芹沢財閥は、改めて尊王を唱え、イギリス商人の紹介で、イギリス大使をもてなしたことから、勲章を授与される。
しかし、朝廷は昔の因縁を忘れてはおらず。
それとも、明治天皇に誰ぞ、入れ知恵でもしたのか。
芹沢が芹沢財閥の理事まで身を引き、蝦夷共和国の大使を務めるように、左遷した。
武蔵国からしたら、敵地への左遷も同様。
朝廷は、新撰組が伊東甲子太郎の意思を継いだことが嬉しく、人斬りの罪状を許し、新撰組を天皇陛下の直属に頂いたが、その一方で、土方歳三は、因縁ある敵対者である。
これを、芹沢がどう抑え込むのか、朝廷から期待されているところだ。いや、試練とも言えよう。
「時に、永倉君。沖田君は健在かね?わたしがここまで来れたのは、全部彼が言った言葉によるのだ。生きてさえいれば、何だって出来る、というな。」
永倉は、さすがに目を伏せ、知る限りを話した。
「芹沢殿。沖田は持病の結核でな。池田屋事件で、俺ァ初めて知ったがよ。長く持ちこたえたが、慶応四年の三月に、甲陽鎮撫隊として日野にある佐藤彦五郎殿の邸宅で別れたきり、俺ぁ何も知らん。松本良順先生の医療を受けているたぁ、風の噂で耳にしたが……おそらく、もう、生きてはいまい。」
芹沢、悲しげに目を開き、やがて怒りに熱くなった。
「不平等ではないかね!?この世はいつだって戦乱甚だしく、理不尽に満ちているのだ!!人の世はかくも善人ばかりが犠牲になるのだ。結核などきちんと療養すれば不治の病では無かった。沖田君の優しさと善性が、責任ある一番隊組長として最前線で戦い……確かに剣の天才だが、あの子は、冗談ばかり言って笑っている子だったのだ。わたしが沖田君の腕を斬って、不自由にしてやれば良かったのやもしれん。戦場では無く、平穏の中に居場所があると、気づけたやもしれん。善人は生き急ぎ、悪人は長らえる!何故か!己の私欲に満ちた政治家や小悪党は、我が身可愛さに無茶はせぬから、長く蔓延るものだ。……そうか。わたしの恩人は、既に梅に会いに行ってしまったのか……。」
※この時代、武家屋敷くらいでしか白米を食べることは出来なかった。貧しい農家は、粟粥すら不足した。
日露戦争後までも、白米は高級品で、庶民が気安く食べられるものでは無かった。
土方歳三の父、義諄は、歳三の生まれる三ヶ月前に、結核で死去した。
母の恵津も、歳三が六歳の時に結核で死んだ。
大家族だった土方家は、長男が盲人の為に、次男の喜六が家督を継いだ。
喜六は隼人を襲名し、実質的な歳三の父親代わりとなる。歳三は、隼人の妻、なかに、母のように世話され、幼少期を過ごした。
隼人は、歳三は元来は馬鹿な子だが、言い聞かせた教えを、熱心に覚えるまで唱えたり、一度叱られたら、納得するまで隼人に尋ねて、頑固なほどに正しさを守る性格であると、見抜いた。
「歳三。お前は賢い子だ。何が己の誠なのか、そして人が何を求めているかが読めている。お前にならば、秘伝の石田散薬を教えられる。いい商売人になるぞ。」
「兄貴。俺ぁ、剣に生きたい。」
「歳三。剣に生きたいならば、忍耐になるぞ。うちは総出で働かにゃ、食っては行けぬ。お前、十一歳やそこらで奉公に出て、二十歳やそこらを過ぎるまで、馬車馬のように働くんだぞ。」
土方歳三は、生まれた家が困難にあった。
地主だった父が死に、没落した大家族だ。
ただ貧しいというだけで、近藤や永倉とは違う。働かざる者食うべからず、とは、まさに歳三の家の家訓のようなものだ。
「いつんなりゃ、俺ぁ剣を習える?」
「機会を待て、歳三。逆境とは、俺たちの踏ん張り強さを育てる。立ち止まることは無く、狙いは外すことは無い。」
隼人の兄貴は、嘘だけはつかなかった。
嘉永元年、三月。
歳三は十四歳で自宅を離れ、九年もの間、商家に奉公を務め始める。
この頃の奉公とは、丸一日働きっぱなしで、合間に剣をさわることすら出来ぬ、厳しいものであった。
実家もまた、幼い弟を遊ばせるほど風向きは良くない。
当時から、尊皇攘夷の浪士達はチラホラと江戸に現れては、事件で荒波立っていた。
「賢い方でらしたのに。」
「尊王志士様達は、この日の本を変える。だが、もっと抜きん出た方が現れにゃ、毎度事件沙汰は変わりはせんよ。」
奉公先でも、尊王志士達への世論は様々に飛び交ったが、土方歳三は志一徹、変わることは無かった。
「尊王が事件を起こすならば、尊王を斬る役人が必要だ。お偉い武士様に、自警団の嘆願書を出すべきじゃねぇかい?例え、剣術に恵まれようが、悪徳に剣を使うんなら、稽古の無駄だ。」
妬ましさもあったかもしれないが、土方の一直線な剣への熱意は、奉公人達にも受け入れられた。
「石田の歳さんは、早く金を稼いで、武者修行に行くべきお人だよ。」
しかし、問題も抱えてはいた。
土方の恵まれた顔立ちは、当時から波乱を巻き起こし、奉公先の女中から誘われて関係を作ってしまったほどである。
家族の猛反対あれど、歳三はしっかりしており、女中には自身で話をつけた。
「俺ぁ、お前を守っていけはしねぇ。」
「歳さん……後生だよ。お腹には、アンタの赤ちゃんがいるんだ……。」
「俺のこたァ、死んだと思って、他の奴と幸せになりな。俺ぁ、この先の戦場を墓場にするつもりの男だ。」
女中はこれを聞いて、大層苦しみ、破水し、他の女中達に運ばれた。
歳三の胸を、葛藤が波立てる。
だが、貧しさばかりは、本当に女を世話してもやれず。
無責任な事件だったが、歳三とて、初めて女の責任を学んだ瞬間であった。
それ以降は、知らない。
土方歳三は九年、働き通し、安政四年三月、二十三歳の時に、奉公先から実家、石田散薬に帰った。
今度は、隼人の兄貴による、薬剤師並の薬の勉強が待ち構えていた。
「商品を知らぬで売れる訳がなし。」
見渡す限りの薬を仕分けた棚、棚、棚。
「兄貴。俺を働かせ過ぎで死なせるつもりか?」
「薬の商業は前のお勤めよりは自由がある、歳三よ。だが、肝心の薬がわからぬでは、話にならん。」
歳三は隼人の兄貴からみっちり、教えを受け、やがて一人で商品を売り歩くようになる。
竹刀と防具をつけて、芸をしながら客を寄せるのだ。
「これなる薬は石田散薬!皮膚病、咳の病に刀の斬り傷、何でもござれの優れもの也!」
「三流だな。薬屋風情が剣術の真似事とはこれ如何に!薬も、まがい物やもしれんぞ。」
ある日、歳三の芸を見た土佐藩士が難癖をつけた。歳三はちょいちょい、と薬を取り、差し出す。
「さて、尊王志士さん。短気に効く気付け薬はこちらだよ。」
「なっ……」
「こりゃ一本取られたね。」
周囲がドッと笑い出し、土佐藩士は赤っ恥をかいて逃げて行った。
土方の行商は上手く行っており、売り終わった後などは、本物の剣術道場に飛び込み、指導をこうことも許された。
「竹刀を扱っていては、わかりにくいやもしれないが、剣はここ、刃にて斬るものだからして……無闇に振るっても折れるのみ。」
「はい。はい……!!」
「うむ。覚えが早い。太刀筋も悪くない。商業から上がれたら、また来なさい。わたしから、ご親族の方に手紙をしたためよう。」
土方歳三は、この剣術師範の手紙で、晴れて隼人の兄貴から機会を獲得した。
「商売も立派にこなした。剣術の才能もあるという。これ以上、お前を引き止められることでは無い。お前の姉さん、のぶを頼ろう。のぶの旦那さんである、佐藤彦五郎殿の元に行きなさい。天然理心流を四代目であられる近藤勇先生に指導仕っておいでだ。」
「兄貴…………!!」
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