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壬生狼チャンバラ  作者: 燎 空綺羅
序章 第三話 一徹の鬼
16/54

3-3

 明治四年、一月五日。

 永倉新八、風の便りに颯爽と港まで出向いてみれば、武蔵国の軍艦が、港にやって来ていた。

 軍艦からは、家族連れが降りて来る。

 和人の着物の奥方、よちよちと歩く男児、下の子を抱いた父親。

 ーーー父親は、馴染み深い面構えだ。

「左之!?」

「いよぉ、新八ぃ!!」

 邂逅。原田左之助と永倉新八は、常に心をひとつにした友であった。

「てんめぇ、左之か!?見違えたぜッ!!立派な父上殿になりやがった!!」

 父親、原田左之助。伊予松山藩の中間の子にして、種田宝蔵院流槍術を谷三十郎に習い、新撰組十番隊、七番隊などの組長を歴任した。

 奥方は町人の娘、まさで、慶応元年に結婚し、茂という男の子をもうけた。

 慶応四年に夫婦は戊辰戦争によって引き離されたが、江戸退却後、原田は永倉と共に近藤と対立し、脱退。靖共隊の副長となったが、妻子の愛着に惹かれ、単身江戸へ引き返す。だが、江戸は既に新政府軍の掌中にあった。

 然し、刀傷こそ増えたが、原田は妻子と共に生還していたのだ。

 背が高く、ひょろりと長い四肢。整った顔立ちは、通りを過ぎるご婦人方も赤らむ程の色男だ。

「おまささんも!茂も、新しい赤ちゃんまで!!無事で感無量でぃっ!!俺ァてっきり、江戸で死んだもんかと思っていたが……本当に左之かぁ!?」

 原田左之助、道着の前を開き、腹の傷を見せてごろうじた。

「俺以外に誰がいる!これなる腹は金物の味を知るものなり!!恐れ知らずの強者浪士、原田左之助たぁこの俺のことよ!!」

「左之ーッ!!家族を守るたぁそれでこそ大黒柱だ!いよっ!新時代の英傑!!」

「だっはっは!遊郭遊びに気が散るそこらの隊士達とは訳が違ぇってんだ!惚れた女と添い遂げるは、まさしく新時代に違ぇねぇや!!」

 おまささんからご注意がとぶ。

「左之助さん、路頭で半裸になられては、子供たちが真似をします。」

「ありま。そりゃそうだ、悪ぃなぁ、まさ。茂、いいか?父ちゃんみたいに短気を起こして腹を切るなよ。半裸もダメだ。」

 茂、お手手を上げました。

「あいっ!茂は今は苗木ですが、健やかに細く長く、御神木の如く、長生き致しまする!」

「うぇ〜い。茂、千年は生きろよ!」

 永倉、目を細めた。

「左之が来たら、俺も青春を思い出すぜ。俺たちゃつるんで馬鹿やったなぁ!!」

 左之助、永倉に手を伸ばした。

「おうとも。なぁ新八ぃ!俺たちゃ決まって志は同じだった。俺ァ今日まである人に匿われて新政府の世を生き延びたが……その人は、俺も、お前も、失うのを惜しんだ人材だ。会いに来い新八!!本物の新撰組を見に来い!!」

「本物の新撰組……まさか、まさかの、巨魁にして風雲児、芹沢殿か!?」

 左之助、肩を竦めた。

「なんでぃ。生きてることを知ってやがったか。」

 軍艦から次々と降りてくる隊士達。

 その向こう、鉄扇を開く音がする。

 鉄扇をゆらゆらと、煽ぐ巨魁。永倉すらを超えた鋼の筋肉巨漢。まさに豪傑とも聡明とも言える男、後年の芹沢鴨であった。

 あの日、別れた時のまま、刀傷は残り、芹沢から剣の腕を奪ってしまったが。

 その眼に宿る眼光は決して失われることは無かった。

「おおおお!歳にも増したあの貫禄よ!!決まってらぁ!!左之よ、芹沢殿の、あの洋装や如何に!?」

 左之助、腹を叩いて教え出す。

「芹沢殿は今や芹沢財閥の筆頭だ!海外貿易を生業にしていてな!あのパリッとした背広を、ビシッと決めんのがお決まりでよォ!!」

 ※背広……スーツジャケット。

「そうなるや、俺のような剣だけの男が近づいていいのかい?」

「だっはっは!幸い新八のこたァ覚え深いってぇよ!芹沢殿ォ!!永倉新八が出迎えにごろうじたが、如何にしよう?」

 芹沢、永倉を見つけ、平山に叫んだ。

「永倉君か……ッ!!うむ!!平山君、永倉君を艦内に案内してくれたまえ!積もる話もあろう!原田君はご苦労、早く奥方を住居に連れてってやりたまえ!」

「あーいあーいさー!」

 平山、糸目をさらに細め、ちょいちょいと歩いてきた。

 原田は、まさ達家族を連れ、永倉に合図した。

「また後でな」

「おうともよ!!こいつを持っていきな、左之!奥方のおせちだ、家族で食いねぇ!!」

「ありがとぅよッ!奥方によろしくな!!」

 永倉、軍艦に案内され、奥の芹沢の自室で、座敷の前まで来ると、芹沢は座敷の上で鉄扇を使い、舞い始めた。側仕えの三味線に合わせ、見事なものである。

「おぉ!?これは、舞踊かッ!!」

「芹沢さんは舞踊の家元でもあられる。いまは、永倉君との再会の喜びってところか。」

 見事な舞を見終わり、酒を酌み交わしたが、芹沢のは水である。

「ありゃ?お飲みにはなられぬのか、芹沢殿は?」

「かつてのわたしの酒癖は君もよく知っておろう。わたしが舞踊を初めたのも、迷惑をかけた芸妓の苦労を知る為なのだよ。如何せん短気はすぐには治らぬがな。」

「芸妓。小寅のつるつる頭か!わはははは!」

「今となっては侍に髷など価値も無いがね。舞踊家に髪はあってしかるべきなのだよ。」


 文久三年、九月、思いのままにならぬ芸妓、小寅に対し、芹沢鴨はついに痺れを切らして大行進す。

 目指すは遊郭、吉田屋である。

 この立腹した芹沢には、永倉、土方、斎藤、平山が同行し、とりわけ土方は事を荒立てることを良しとはせず、芹沢に何度も意見した。

「芹沢さん。相手はたかだか、芸妓の女だ。馬鹿にされて我慢ならねぇのはわかるが、せいぜい斬るのは髪くらいにしてやれ。芸妓は、それだけで、もう商売にはならん。」

 永倉辺りは芹沢に似て一本筋の通りたい男だ。

「たかだか女とは、言うない。女だからこその強みを使ってやがらぁ。調子に乗った芸妓にゃ、芹沢殿の鉄拳も必要でぃ」

 芹沢、ご立腹ながらも、この土方と永倉のやり取りに、僅かな理性を取り戻した。

「いいや!永倉君、考えてもみたまえ。我々の鉄拳制裁など、所詮は男社会の罰よ。土方君が一理ある!女には女の意地があろう。わたしを小馬鹿にしては売り物にならんことを、知らしめてやろうじゃないかね。それにしても、土方君、小気味の良い策だ。どこで学んだのだね?」

 土方、媚びはせずに、目を伏せた。

「家が薬の商売をしてたもんでな。商売人の命は、声と芸と商品だ。芸妓の髪みてぇなもんさ。」

「む。近藤君から聞いた覚えがある。土方君は剣術の芸で客を寄せて商売し、隙あらば知らぬ剣術道場に挑み、長年剣の道に苦労があったとか。しかし、何事も経験者に聞くものだ、女も商売もな。」

 間もなく、芹沢らは吉田屋に乗り込み、土方と平山は主人を脅しつけたが、これは芹沢の癇癪で大事になるのを防ぐ為でもあった。

「吉田屋の芸妓、小寅は不敬にもわたしに背き、わたしを小馬鹿にしながら、あちこち男に媚びを売る始末ではないか!これが、筋道の通る話かね、主人よ!!」

(それが芸妓の仕事なんだよ。芸妓に筋道も何も、ありゃしねぇだろう……。)

 土方は内心では芹沢を煙たく思い、永倉は芹沢と一緒になって一本筋を説く始末。

 平山はちょいと主人の首に抜き身の剣を当て、軽い調子で話しかけた。

「なぁ、主人。俺たちも大事にゃなりたくない。芹沢さんは俺たち水戸浪士の頭だ。芹沢さんに罰が下れば俺たちも真っ逆さま。なぁ、ちょいと例の芸妓を呼んでおいで。俺たちゃ、きちんと穏やかに、芸妓と話をつけるからさぁ。」

 この穏やかながら、穏便では無い有様に、主人は慌てて小寅と側仕えのお鹿を呼びつけた。

 哀れ、震える二人の芸妓は、小寅は土方が断髪し、お鹿は平山が断髪し、事なきを得たが、この辱めで売り物にならなくなった二人は泣きわめき、この自体をとても、穏便な、とは、呼べなかった。

 永倉がボヤいた。

「あいつらは、浮気な悪もんだ。だがよ、髪はこのままってえと、可哀想じゃねぇかい。」

 今更何を、と土方は呆れた。

 芹沢は永倉に引っ張られたのか、後になって後悔し、哀れがって、平山に命じた。

「これ、平山君!女達は充分断罪したので、新見の元に行きなさい。新見のことだから、無駄に人をゆすって金を集めては、無駄遣いするに違いない。ならば、新見の金で、この娘らの(かつら)を買ってやろうではないか。」

 土方ははらわたが煮えくり返った。

 同情するくらいなら、女の髪を斬るまでの怒りを何とか出来ねぇのか。

 斎藤一、笑い出した永倉に戸惑う。

「ぱっつぁん、なんで笑ってんの?怖ッ。」

「失敗談でも面白ぇや!新見殿は確かに無駄遣いでござろう、鬘を買った方が賢ぇやな!!」

 芹沢は、この件から、お梅と出会うまでは、女の涙が堪えたのか、女の揉め事は起こさなかった。

 しかし、事態が事態である。

 芹沢鴨の度重なる乱暴狼藉を非なり、と、ついに芹沢は、己が崇める朝廷にまで嫌われてしまったのだ。

 これを受けた会津藩、松平公の指令の元、近藤、土方らは、芹沢鴨天誅に動くのだが、それはまた別の話。

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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