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壬生狼チャンバラ  作者: 燎 空綺羅
序章 第三話 一徹の鬼
15/47

3-2

 文久三年、九月十八日。

 まだ秋がかった涼しさは薄く、真夏の熱帯夜がようやく落ち着いてきた頃合であった。

 この話は、新撰組がまだ新撰組と呼ばれる前、壬生浪士組であった頃のことである。

 この頃、筆頭局長に芹沢鴨をいただき、続く局長、近藤勇、そして局長、新見錦が組を率いた。

 芹沢派には、水戸を脱藩した水戸浪士達がくみし、近藤派には、土方ら、試衛館時代の仲間がくみしていた。

 それぞれ、尊王第一の芹沢と、尊王も幕府も重んじる近藤で、思想的な派閥も分かれていた。

 もっとも、永倉新八のように、試衛館時代からの仲間にも、芹沢鴨が大好きな隊士とており、完全に白黒別れていた訳では無かった。

 この夜は壬生浪士組隊士達は揃って島原の遊郭、角屋での集会からの祝い沙汰。

 この頃、壬生浪士組が寝起きするのは八木家屯所である。勝手に民家を乗っ取ったような始末ではあるが、後の屯所たる西本願寺も同じやり方の乗っ取りだから、彼らに倫理を正すのは難しいだろう。

 八木家屯所にて、芹沢鴨闇討ちを待ち伏せる、土方、沖田、永倉も、痺れを切らしていた。

 芹沢鴨は、生糸問屋大和屋の焼き討ちを代表に、酒の勢い余っての過激な行動を、松平公に名折れと嫌われ、近藤、土方らに芹沢鴨への戒めをせよ、との指令が及んでいた。

 もっとも、命令が無くとも、近藤と土方は芹沢への天誅を計っていたであろう。

 実は、芹沢鴨暗殺計画は、松平公の命令では無い。近藤勇と土方歳三の独断である。

 松平公からしたら、芹沢鴨を叱ってもらうはずが、死んでしまったという事だ。

 共に芹沢と過ごし、共に一本気たる永倉からしたら、芹沢は魅力的な男に違いなく。

 壬生寺の境界で、近所の子供らとの遊びを、芹沢とこなした沖田からしたら、やんちゃで優しい人だったことに違いない。

 近藤と土方からすれば、危険分子に、違い無かったーーー。

 とはいえ、隊の内外では、芹沢鴨は人柄も信頼厚く、筆頭局長という立場なだけあって、仕事をそつなくこなし、皆の間では壬生浪士組代表は芹沢鴨である。土方達の行動は、万が一露呈していたら、それは天誅では無く、謀反に等しかった。

「今宵は帰らねぇんじゃねぇか?」

「しっ。永倉さん、誰ぞ来ます。」

 一人、美しい女が屯所を尋ねてきた。

「隊士さん、鴨さんを呼んでよ。」

 永倉、遠巻きに見て気づいた。

「ありゃあ、お梅さんじゃねぇか。」

 芹沢鴨の愛する女、梅は、芹沢が遊郭に出かけたと聞いても帰らない。

「そうかい。なら、あたしゃここで待たせてもらうよ。鴨さんに、伝えとくれ。」

 梅は、八木家屯所にて待つと知らせを飛ばした。

 土方はにっと嗤う。

「ツキは、見放さなかったらしいな……。」

 永倉、呆れた。

「悪趣味でござろう、土方よ。芹沢殿がこれで屯所に帰るのならば、それは一途な愛情故だぜ。」

 永倉は近藤から直接の命を受けた山南敬助、原田左之助に手を引いてもらってまで、代わりにこの任についた。

 近藤勇の勝手は、絶対に絶対に許せない永倉新八だが。

 こと、芹沢鴨という大剣豪ならば、話が違う。

 剣士として、慕えるからこそ。

 命懸けで、挑みたい。

 それは、永倉新八なりの、芹沢鴨の死への、納得と、花向けの為である。

 沖田は、初めての闇討ちの仕事に、緊張しているのか、自分に言い聞かせた。

「情けは無用です。剣が鈍る……失敗は我が身の死に繋がります。相手は、……あの、芹沢さんなのですから。」


「梅!待たせたな、梅よ!」

「鴨さん!」

 結果、芹沢は遊郭の女達より愛する梅を選んで八木家屯所に帰宅した。

 その日、隊士達は殆どが遊郭から帰らなかった。

「どうして遊郭なぞ行っちまうの。あたしを不安にさせないどくれ。」

「わたしは女の遊びに遊郭に出向くのでは無い、梅よ。局長である限り隊士達の労いは必要だ。それに、以前のわたしならばともかく、愛するお前を知った後では、もはや代わりなど遊郭の何処にも見つかりはせんよ。」

「鴨さん……あんたが斬られたら、あたしも死ぬ。あたし達、引き寄せあっているんだね。」

「あぁ、わたしの一生の女、梅よ。わたしと添い遂げて、地獄まで共に来るか?」

「鴨さんがいない天国は、いらないね。」

「愛しい梅よ。酒を飲み直そう。美味い肴なぞいらん、お前と共におられるのならばな。」

 芹沢鴨は愛妾梅と酒を飲み直し、語り合い。愛し合った。

 土方らは芹沢が眠りにつくのを、待った。


 天誅の内容は、ざっくばらんだが、こうだ。

 全員芹沢鴨の寝床に何太刀も浴びせる。

 梅の生死は問わず、いや、芹沢を相手にするのに、梅だけ無事にとは、難しすぎたのだ。

 ことは、暗闇で決行する。

 剣豪であった芹沢鴨に強引に打ち勝つには、酒の酔い、寝込み、様々な要因が必要だった。

「……殺るぞ。」

 第一に斬りかかるはずの沖田が、土方の合図に答えなかった。

「おい」

「はぁーッ……はぁーッ……」

 沖田は怯んでしまっていた。

 ただでさえ、仲の良い芹沢鴨だ。

 壬生寺の境界では度々、近所の子供たちの遊びを、一緒にし。

 思い返せば、沖田は芹沢の怒っている顔を知らない。周りは気性の荒い人だと言うが、沖田の知る芹沢は、子供思いのやんちゃな笑顔だ。

 芹沢の家内の如きお梅さんごと、殺すとなれば。

 初めての人殺しには、相手が重すぎた。

「行くぞ!」

「あ……う、うわあああああああッ!!!」

 天才であった沖田の剣筋は動揺から乱れ、続けざま永倉も斬りかかった。土壇場に負傷した芹沢鴨は飛び起き、愛する女が息絶えたのを手の中に見る。

「おおおお!梅ェェ!!」

「あぁ……」

 芹沢は返しざまに斬りかかった。

「寝込みを襲うのが武士道か、否!引け沖田君、君の剣筋の揺らぎこそが人道なのだ!」

 沖田、なんと芹沢の剣戟を打ち払い損ねた。

「はあっはあっはぁっ」

「総司ッ!!」

 芹沢鴨までも、意図せず沖田総司を殺めてしまうところであった。

 土方、間一髪で沖田に迫る芹沢の剣を打ち払い、指揮す。

 沖田は軽傷だが、鼻の下に芹沢の太刀の切っ先を受け、出遅れた。

「追え永倉ァ!!総司、二度目は殺れ!!」

 永倉に追われた芹沢鴨は、逃げこんだ部屋で、暗闇の中、八木家の家の者の出していた机につまづいて転んでしまった。

「えぇい!何が京都守護職だ!その剣がわたしの愛する女を殺め!!何が国を憂いた浪士か!!永倉君よ、君はどうだ!若き沖田君までわたしの血に染めたいか!?」

「あぁ。芹沢殿の血は、荷が重かろう。総司には斬らせんと約束ごろうじる。だが、俺は斬る。恨みも無い、芹沢殿とは面白いことばかりだった。だから、他のやつにはアンタを殺させん。さぁ、立った立った!構えるまで待つぜ。アンタとは一度、真剣でやってみたかったのさ。」

 芹沢鴨、起き上がり、満足げに永倉に刀を構える。

「よろしい。君ほどの快男児ならば、酔いどれたわたしとはいえ、実力勝負に文句は言わぬ。さぁ、さぁさぁ!次にあの月明かりに、雲が差した時!」

「あぁ!!いざ、尋常に……」

 月明かり陰る時、永倉新八、芹沢鴨、両名の荒々しい剣戟は始まった。

「馬鹿野郎!闇討ちに尋常も糞もあるか!!」

 土方の怒声など、今は出る幕も無く。

 二人の剣豪、誰かが付け入る隙など一切無し。

 激しい剣舞は、二人の巨魁が拮抗する証だ。

「すごい……」

 沖田のぼやきに、土方が尋ねた。

「お前のような天才でも、そう思うのか?」

「わたしの剣と、永倉さんや芹沢さんの剣は違いますよ。一撃の重さ、身のかわし……わたしと永倉さんが殺りあっても、ここまでいくかわからない。芹沢さんの剣は酔って尚、その域にあるんですよ。」

 しかし、満身創痍の芹沢は、着実に両手をやられていた。

 やがて、芹沢の剣が折れた。

「梅!わたしも往くぞ!!」

 永倉に飛びついて制止したのは、沖田だった。

「辞めましょうよ、永倉さん……!もう、充分じゃないですか!!逃げてください、芹沢さん!死ぬ意味なんか無い!二度と会わなければ、済む話ですよ!!生きてお梅さんのお墓でも作って、新しい人生刻んで。そう。生きてたら、なんだって出来ますよ!!」

「……そうさなぁ。俺ぁ、芹沢殿の作る明日が、見たかったよ。」

 芹沢は驚き、そして沖田に一度、笑いかけた。

「沖田君。見事なり、その信念を忘れること無きよう。わたしは焼き討ちから身の破滅を招いたが、真の天誅などは、人間の域では許されぬ。周りの愚か者共に流されて死ぬな、君たちは。さらば!」

 芹沢鴨、逃げ延び、土方は沖田に怒号を飛ばした。

「総司!何をしてやがった!情けにほだされるな……てめぇが近藤さんの右腕にならなくてどうする。」

「わたしは近藤さんの味方ですよ、いつだって。芹沢さんはもう、剣を二度とふるえやしません。……事実上の死じゃないですか!もし、あれがわたしであったならばと思うと、ゾッとします。剣だけがわたしの存在意義……頭のいい芹沢さんでよかったんです。きっと全く違う道でも、生きていける。」

「……総司。近藤さんは何も、お前の剣だけを買ってきた訳じゃあねぇ。」

「……でも。わたしが近藤さんのお役に立てるのは、剣をふるえる間の期間限定ですよ。芹沢さんの件はわたしが全責任を負います。土方さん達は、悪くないですから。」

 沖田の病を知らぬ訳も無く、土方は沖田が芹沢に己の死を見出したのだと気づくと、それ以上の深追いはしなかった。

「ちっ。永倉、総司よ。芹沢はここで死んだものとする……芹沢一派とは今後対立することもあるだろうが、芹沢の死という認識はブレさせるな。松平公すら巻き込んだ、事実阻害を行うものとし、事態の真相は近藤さんにのみ伝える。……いいな。」

 永倉は返り血に塗れたまま笑った。

「かっかっかっか!鬼の土方も総司にゃ弱ぇか!!いいぜ。俺たちで、天下の松平公にまでうそぶいてやらぁ。」


 雪霜に 色よく花の さきかけて 散りても後に 匂う梅の香


 芹沢鴨の辞世の句である。

 芹沢は、この時より、後にも先にも、この句を自身の墓場に相応しいとした。


 翌日、芹沢鴨死亡の話で、壬生浪士組は持ち切りとなる。

 一方で、八木家の勇之助少年が、足に怪我をしたと泣いて止まなかった。

 芹沢鴨暗殺は、長州人の手によるものと言いふらされたが、勇之助少年は紛れもなく、昨夜の乱闘から負傷したのである。

 沖田は顔を曇らせた。

 自身の剣が、あの子の足に怪我を負わせたかもしれないのだ。

 沖田は八木源之丞に向かい、

「勇坊までが、怪我をしたそうですね」

 と、気落ちした様子で言った。

 沖田総司は、沖田勝次郎の子として、麻布の白河藩亭に生まれた。歳の離れた姉、みつが婿をもらっており、家督を継ぐことは無く。

 だが、父勝次郎は、総司を武士として育てたがり、あまりにも早くに亡くなった勝次郎の意思を尊重し、母は総司を剣の道にいざなった。

 総司は、やがて芹沢の言葉に反するかの如く、その手を粛清の血に染めていくことを、この頃、まだ考えるよしも無かった。

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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