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壬生狼チャンバラ  作者: 燎 空綺羅
序章 第二話 夢を唄う鳥
12/54

2-7

 伊東は帰り道、酔いで火照る身体を冷ましながら歩いた。

「結局、あらぬ時間まで、ご馳走になっちゃったわね。和人は夷狄を成さぬ……天皇陛下のお考え次第では、夷狄は明日の友、か……こんな自由は久しぶり。饒舌になったものね。」

 酔いが回って、伊東は尊王を逸脱し、近藤と共に夢物語を語っていたのだ。

「夷狄が対等にみなす和人。唐土で見る朝焼け、か。ふふ。近藤さんも、三国志熱は筋金入りだったわね……」

 フラフラと歩く帰り道は、身体を冷やすのが心地よい。

「伊東先生ェ!!」

 近藤の妾宅の方から、近藤が走ってきたが、そこで立ち止まる。

「近藤さん……何か忘れ物したかしら」

 伊東の往く道の向こうからは、新撰組隊士が歩きながら抜刀した。

「伊東甲子太郎、お命頂戴仕る!!」

 近藤勇が、泣きながら呼びかけた。

「伊東先生ェ!!戻られよ!!近藤勇の、夢物語を、貴方は忘れ置いて参ったのだ!!吾輩のつまらぬ私怨に散ることなかれッ!!生きられよ、伊東先生ェ!!」

 伊東は何もかも理解した。

「近藤さん……やはり無邪気な人。この甲子太郎、今の窮地でも、あの人には悪態がつけないわね……。」

 伊東は自慢の北辰一刀流で、一人、二人と斬って進むが、確実に伊東も深手を負って行く。

「やり遂げたわよ……山南敬助!!もはや、わたしに恐れはなし!!」

 伊東甲子太郎は、ついに近藤勇の夢を取り戻したのだ。

 死に恐れは無い。

 山桜の如く、美しく散ってみせるのみ。

 伊東甲子太郎の北辰一刀流は、中々平隊士では歯が立たなかった。

 伊東は語りかけながら、道を進んだ。

「新撰組隊士達よ!和人の争いなど、なんの益もないことは、おやめなさい!言の葉を何処に置いてきたのかしら。わたしは伊東甲子太郎……御陵衛士、伊東甲子太郎!日の本の夜明けを夢見た志士達よ!その道を……退きなさい!!」

 新撰組隊士らが、気迫に圧されて道を開ける。

 伊東は出血が酷かった。はや、瀕死で、一歩一歩が重過ぎた。

「道は開いたけど……ちょっと遅かったかしら……だけど……」

 その瞬間だった。

 物陰から、隊士、大石鍬次郎が突撃し、大石の剣は伊東の首筋を右から左に貫いた。

「伊東先生ェェェッ!!!」

 伊東はついに倒れた。

 近藤が走ってきて、ぐしゃぐしゃに泣いた。

「夢は、繋いだわよ……尊王、開国は……夢見がちな、わたしの友人の……」

 伊東甲子太郎は、近藤勇に抱き起こされた時、既にこと切れていた。

「伊東先生ェェエエ工!!うおおおおぉ!!伊東先生ェェエエ工!!」

 近藤勇は泣いた。幼い頃読んでもらった関羽の死の時のように、戻れない時を惜しんで泣いた。


 伊東甲子太郎は、三十三年の人生に、幕を閉じた。


 土方は近藤を寝所に休ませ、伊東派残党を始末すべく、七条油小路に伊東の死体をわざと放置した。

 伊東派は当然、伊東の死体と聞くなり迎えに来た。

「伊東……先生……」

兄様(あにさま)ッ!!兄様ァ……ッ!!!」

「酷い。伊東先生は誰にやられたのだ」

「生きているのか?」

「早く医者に」

 そこを、新撰組隊士が囲み、伊東派は斬り捨てられた。

「殺せ!」

「道を封鎖せよ!逃がすな!!」

 御陵衛士達は愕然とした。

「遺体を、罠に……?」

「死者への冒涜が過ぎる……!」

 これを、悪徳非道と言わずに済む問題なのか。

 土方のやり方は賢く、残忍だった。

「新撰組……なんという!なんという、汚いやり方を!!」

 藤堂に至っては、もはや当惑した。

「なん……で?」

 兄と慕う仲間達が、山南敬助の次に伊東先生を殺し、死体を罠にまでして。

「皆、皆、死んじゃうよ……!!」

 服部武雄が、二刀流にて奮戦し、皆に叫んだ。

「皆さん!!藤堂君も!!逃げなさい!!」

 藤堂、思わず逃げようと身を翻したが、近藤の命令の行き届いていない隊士に背後から斬られて、すかさず振り向きざま藤堂は隊士を斬り殺したが、三樹三郎の助け無くば、脱出すら出来なかっただろう。

「胸くそ悪ぃな。」

 永倉新八がボヤくと、苦い顔をした斎藤一が返した。

「新撰組にいる限り続くぜ?俺たちはしがらみばっか、因縁は数え切れやしねぇんだよ。」


 明治三年、蝦夷共和国、新撰組のオテルでは、見張りのついた部屋で、藤堂と三樹三郎は寒さを凌ぎながら、中庭を見た。

 中庭には、土方が一人、ふらりと歩み出た。

「土方さん……?」

「あいつ、この雪の夜に、何を……?」

 土方は、対話していた。

「トシ」

 土方の眼前には、死んだ近藤が笑っている。

 それは、土方歳三にとって思い出からの空想で構わなかった。

 己との、対話だったからだ。

「近藤さん。いいのか?俺を許しちまってよ。アンタの仇だぜ、あいつらは。」

「馬鹿を言うな、トシ。三樹三郎は伊東先生の弟であるし、藤堂は新撰組の愛息子のようなものだ。早まるでないぞ。」

「そうかい。……あんたが目指した、夢……そいつが、最後まで俺にゃあわからなかったな。」

「いいのだ、トシよ。今、こうして振り向ける事こそが大事では無いか。吾輩は芹沢殿に比べたら、弱気でわがままだったと永倉辺りは言うだろう。だが、吾輩にも、自慢の夢がある。」

「教えてくれ、近藤さん。夢とはなんだったのか……新撰組がこの先、一徹の志しを守る為に、必要なモンを、教えてくれ……」


「Well Well Well

(おやおや)」

「!」


 土方歳三は剣の塚に手懸けた。

 すかさず距離を置く。

 雪の上に舞い降りたのは、花の枝のように痩せた男。

 伊東甲子太郎だ。

 己が何を考えて伊東甲子太郎を空想したのか、土方歳三には理解出来ない。

 コイツは、ただの敵だ。

「そんなに警戒されても、困るわ、土方君。わたしはただ、友情に答えて、話し合いに来ただけ。」

「伊東ォ!!てめぇは俺の、俺たちの!!敵だ!!」

「武骨ね、土方君。自らが問いかけたのに、その答えも待てないのかしら。ーーー剣を納めなさい!これより先は、剣では無く、言の葉をまじえましょう。」

 土方歳三は伊東甲子太郎に斬りかかるが、己の作った幻影を、殺せるはずが無かった。

 そも、土方歳三が必要として、見ている幻だ。

 土方歳三は、悟った。

「俺ァ……無意識下で、伊東を……近藤さんの夢を、知っている……?」

 伊東甲子太郎は語り出した。

「新撰組は、もはや走り切ったはずよ。蝦夷共和国においては、もはや幕臣の平和は完成し、幕府への恩返しは完了している。今は、新撰組が報われる大義名分が欲しいはずだわ。土方君。蝦夷共和国は、もはや武蔵国への敵対を望んではいない。安全を得て、幕臣達はただ、認められたかっただけよ。新政府軍の弾圧は、もう無い。榎本さんだって幕臣だって、改めて認められる為に、天皇陛下のおわす武蔵国をお守りすべく、一丸となっているはず……。今なら、わたし達は分かり合える。昨日の敵は明日の友、どんなに遅い到着であっても、同志は迎え入れましょう。」

 土方歳三は聴くことに抗うのを、徐々にやめた。

 コイツは、己の記憶の伊東甲子太郎だ。

 コイツは、答えを知っている。

「山南さんや、近藤局長の夢は、未来の貴方だわ。土方君。武蔵国におわす天皇陛下に忠義を尽くす時点で、わたし達は既に同じ志しの志士なのよ。新撰組には、長い道のりの遠回りだったけれど……」

 土方歳三は、ボヤいた。

「俺ァ、近藤さんの夢をぶっ壊したからな……。思想なんざ、ただの火種だった。事実尊王志士は事件ばかり起こしやがる。」

 意外にも、伊東甲子太郎は笑った。

「わたしも御陵衛士になるまで、見えていなかったわ。確かに、幕臣と見るや斬りかかる尊王志士もいたのよ。尊王思想は、人を殺めもする。でも、わたしが説く話は、それではない……」

 土方歳三は、近藤勇から後に語られた伊東まで、しっかり覚えていたんだろうか。

 無理もない。土方歳三にとって、伊東はともかく、近藤勇の発言は、絶対的な優先事項だった。

「今なら、耳に入るのではないかしら?外交によって、日の本は植民地化を防げた。日の本は、より好条件で開国を成功し、侵略の憂き目を回避出来たわ。阻むものは消えた。耳があるなら、聞きなさい。わたし達の夢っていうものは、とてもシンプルだわ。夷狄と戦うために夷狄を習い、血を流さずに対話をはかる。学びから、対等となること。我々和人が対等に見なされることは、使節団を送れるし、異国の地で関羽が見た朝焼けを、自分自身も経験出来るのと同じこと。そう、海外の夢。近藤さんは、彼は夢見た。遠い国の、朝焼けを。」

 土方は、近藤勇を思い描いた。

 関羽に夢を見て、農家から武家に入り、土方と義兄弟の盃を交わした、近藤勇を。

「わたしが語る日の本は、少しだけ未来の話。いつか来たる日の本の在るべき道には、平和があって。わたし達はその為に剣を捧げるの。幼い子らが学び舎に行き、やがて剣は失われていくでしょう。そんな平和にも、新しい問題は浮上してく。でも、人はいつだって乗り越えるわ。わたしは、人の未来の道行きを、信じる。力ではなく言の葉で、社会が紡がれる。その土台を、固めましょう。」

 土方歳三は、ようやく解してきた。

 平和で、剣がいらぬ日の本を作る為。

 土台を作ることが、そもそも、元からいた参謀、伊東の、大義名分だったのだ。

「さぁ、そろそろわかってきたんじゃないかしら。このわたし、伊東甲子太郎という男が何者であったのか。わたしは未来。貴方達、新撰組を照らす思想の始まり。」

「思想……」

 土方歳三が、ずっと警戒しか出来なかったもの。

 その思想が、争いの火種になり、平和への鍵でも、あったのだ。

「よくここまで聞いてくれたわね。きっと今の貴方なら、藤堂ちゃんや三樹は、牙を納めることでしょう。」

 伊東甲子太郎の幻影は消え去った。

 土方は膝をついて、剣を鞘に戻した。

「なるほど……参ったぜ。人に夢は必要だ……。斎藤。俺はお前の言う通り、狂える程の馬鹿かもしれねぇな。」

 (かわや)帰りの斎藤一が振り向いた。

「え?何が?」

 そこに巨魁、永倉新八が飛び込んだ。

「待たれい!待たれぇーい!!過ちを正しに参った!!永倉活人剣は……あら?」

 永倉、土方の様子に眼を瞬きしてみせた。

「なんなのよ、ぱっつぁんもさ。土方さんどうしたの?こんな雪ン中に座り込んじゃってまぁ。見てるだけで冷えるったら。俺、また厠行きたくなっちまうよ。」

 永倉、土方の肩を叩く。

「何故かは知らんが。目ェ覚めたらしいな、土方歳三!」

「永倉ァ。俺ァ、鬼か何かか?日の本を平和にする男を殺したんだぜ。切腹すべきか?」

「んにゃ。死んでも殺した咎は許されん。綺麗に死んで行った先だて達と違って、生き延びたものに切腹は許されん。明治の世では、そりゃあただの逃げだ。」

「厳しいこったな。ならば、どうすりゃいい?」

「藤堂と三樹三郎を解放してから考えても、遅くはあるめぇよ。」

 斎藤一は見張りに告げた。

「だってさ!見張り、自制してたんだろう?藤堂解放していいってよ。」

 見張りの隊士らは藤堂と三樹三郎に解放を伝え、涙ながらに藤堂との再開を祝った。

「藤堂平助。生きて会えて、例えこの日限りでもよい思い出になれた。」

「藤堂……三樹三郎殿、藤堂をよろしくお願いいたします。」

 三樹三郎は土方を睨んだ。

「解放だと。俺たちの復讐はまだ終わっちゃいない。」

「そうか……俺の首を取りてぇか?」

「…………!」

「俺ァ、記憶の伊東と対話し……まだまだ伊東の教えに、覚えは良くねぇが。俺という鬼が、平和の土台を学んだ……伊東も、七条油小路も、消えねぇ咎だ。だが、死ぬことは逃げだと、永倉が言ったぜ。だから切腹はしねぇ。伊東の死は、俺が背負わにゃならん問題だ。この先の新撰組は、先駆けだった伊東の思想に倣い、武蔵国と天皇の為に剣を取る。俺の業は深いだろうが、俺にゃその償いは剣でしか果たせやしねぇ。平和の世では消え去っていく、剣だけの男だ。だが……無為にしたくねぇ。新撰組が大義を果たすその日まで、見送っちゃくれねぇかい。」

「土方さん……」

「藤堂……てめぇの大事な人を、二人も失わせて、悪かったな。」

 藤堂平助は涙腺を崩壊させた。

「……俺……俺、もう誰にも、死んでほしくない!!」

 藤堂は土方に駆け寄る。

 三樹三郎は藤堂を見て、もう自分一人しか、と考えたが、それも、土方の言葉を聞いてからは霧散した。

「鈴木三樹三郎よ。近藤さんの死に俺は納得していねぇ。だが……あいこ、だ。伊東ならば俺に血を流すな、と、進言するだろうぜ。」

「俺には、これ以上何も出来ない。新撰組は兄様を受け入れた。ならば、その先駆者となる土方を殺しては、兄様の思想の芽をつむことになってしまう。それでは近藤勇と同じだ。永倉の言う通り……貴様が死んだから許せるものじゃない。だが……だが!!」

「三樹三郎殿……」

 三樹三郎の(まなこ)の裏で、たおやかな兄が笑った。

 許せない。新撰組は仇だ。許すはずが無い。

 だが。

「だが、兄様なら言うだろう……(ゆる)す、と。俺は……兄様を尊重する。これ以上兄様の魂を、踏みにじられたくはない。だから、俺も踏みにじらない。」

「三樹三郎殿!!」

 藤堂は涙ながらに三樹三郎に抱きついた。

 一番板挟みで辛かったのは、藤堂だったのかもしれない。

 永倉新八はおったまげた。

「アイツ……憎しみを、超えたのか……?」

「何せ、伊東の実弟だぜ?」

 土方歳三に、永倉新八は認めた。

「俺が舐めくさってただけかい。そうか、そうか……。」

 三樹三郎は藤堂平助に手ぬぐいを渡した。

「涙を拭かれよ、藤堂殿。俺は武蔵国に帰国し、警察官のお勤めに戻る。出来る限りは朝廷に近づき、進言してみよう。藤堂殿はどうなさる。」

「俺は……新撰組に、伊東先生の教えを伝える為に、残ろう。こんなに遠回りしてしまった、罪深い兄達だが、……御陵衛士であった俺にしか、出来ない勤めを果たします。ここが、俺の死に場所です。」

「……そうなされ。新撰組は憎くても、藤堂殿には世話になり申した。俺からも文にて、兄様の教えを送るとしよう。」

 部屋から隊士達は涙混じりに一部始終を見ていた。

「土方さん、藤堂……」

「あの、三樹三郎が……!」

 相馬は目を泣き腫らしていた。

「島田さん!信じてよかった!島田さん!」

 島田はぐっすり眠りこけている。先の藤堂との一戦、相当の負荷だったのだ。

「島田さん……お疲れ様でした。」

「むにゃむにゃ。お大福が三十二個……お大福が三十三個……」

 永倉、歌舞伎の仕草を真似た。

「いよぉぉぉッ!!これにて、これにてぇぇぇぇぇ!!!一・件・落・着ぅぅぅぅッ!!!」

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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