2-6
斎藤一は跳ぶように屯所に帰り、土方歳三、近藤勇に報告した。
「どうだ、斎藤。殺れそうか?」
「殺るような理由が何処にあるってんだ!近づけば近づく程、辛くなっちまうだけだ……あの人、御陵衛士になっても、尊王志士に疑われても、新撰組を庇うのを諦めてないぜ……。なぁ、もう辞めよう?伊東はもう御陵衛士なんだ、他人になって、新撰組は新撰組を貫くで、いいじゃないのよ。」
これに激昂したのは、近藤勇であった。
「殺すと聴いて暗黙したものを!伊東先生は、何故そこまで清くあれる!?せめて!せめて企みでもあれば、まだ許せたものを……吾輩には到底かなわぬ。あの賢さ、正しさ、いずれももはや我慢ならぬ!!」
斎藤一は唖然とした。
「え……?」
近藤勇は、伊東甲子太郎に憧れるほど、妬ましく。無能な己が、痛ましかった。
「トシ!斎藤!伊東甲子太郎は局長暗殺を計った故、返り討ちと致す!!建前以外は他言無用の沙汰であるッ!!!」
土方歳三は、その命令を聞き入れた。
「俺ァ、近藤さんが止めようが、はなから伊東を殺すつもりだ。だが、まさか近藤さんが命じるたぁな。」
近藤勇は震えていた。
「吾輩には学問も無し。筆とて努力は追いつかぬ。伊東先生は尊敬している。だからこそ妬ましく、酷くも我が身が惨めでならん!!」
土方歳三はただ、近藤勇を支えた。
「近藤さん。努力は無駄になんざならねぇ……だが。アンタの障害物が、伊東なんならば。御陵衛士は、徹底的に殺すぜ。」
悲しげな近藤勇に、斎藤一も口は出せなかった。近藤には近藤なりの、限界だってあった。
近藤の身勝手で、伊東甲子太郎は殺されるのだ。
だが、少なくとも近藤勇は、斎藤一と同じ、地に足のついた人間だ。
あの神様めいた伊東を部下に持つ苦しみは、斎藤一が口出し出来た話じゃあない。
ただ、伊東を守れない無力感を、斎藤は感じていた。
「御陵衛士も皆殺しだ。」
「……藤堂平助は若い。まだ未来があろう。藤堂平助は、助けてやれ。」
土方、近藤は伊東を抹殺すべく、近藤の妾宅へ酒を飲みに招待する手筈をととのえた。
慶応三年、十一月十八日。
御陵衛士の屯所は高台寺の月真院に変わっていた。
「頼もうーッ!!頼もうーッ!!」
近藤勇が月真院を訪ね、御陵衛士達は慌てて伊東甲子太郎に告げた。
「伊東先生!近藤局長が来てます!」
伊東は、近藤が訪ねたきたと聞いて、快く出てくる。
「Well Well Well……
(おやおや)
近藤さん、わざわざ、わたしを訪ねてきてくれたのね?」
「伊東先生ェ!毎度、細やかなお手紙を感謝致す!久しく帰宅してない妾の宅が、構ってほしいと馳走の大盤振る舞いをするのだと申してきかぬ。そうなると、吾輩、伊東先生は御陵衛士になって久しく、懐かしい気がいたし、お誘い申し上げに参った次第です!」
近藤勇は、嘘をつけぬ。これは、近藤の本音混じりであった。
「あら、あら!嬉しいわ。わたしも近藤さんをお酒に誘おうと思っていたところよ。」
伊東は素直に喜んだ。
御陵衛士になった暁には、朝廷と新撰組を繋げる存在になりたいと、伊東は本気で考えていた。
伊東と近藤が合流の刻限を約束して別れると、御陵衛士は伊東に猛反対をした。
「罠です、伊東先生!!」
「坂本さんが殺されたばかりなんですよ!?」
伊東甲子太郎は、キッパリと言い返した。
「わたし達は、仮にも皇に忠義を誓う身なのよ。人を疑うことを嫌い、清い姿勢でありなさい。例え罠であったとしても、わたしは近藤さんと対話し、説き伏せてみせる。もし、新撰組を変えられるならば……かの山桜の如く、わたしは死など恐れはしないわ。」
伊東甲子太郎は、山桜の羽織りを羽織って見せた。
「伊東先生……。」
御陵衛士達は、伊東を信じ、祈るしかない。
伊東甲子太郎だからこそ、御陵衛士は信じて送り出したのだ。
約束の刻限、伊東甲子太郎は近藤の妾宅を訪ねた。
「伊東先生ェ!今宵は新撰組も御陵衛士もなく、本音で語らいましょうぞ!!」
「ふふ。そうね。結構、頭領格は重たいもの。ならば、近藤さん。わたし達は、今宵は自由ね?」
近藤勇は、自分から申し出た癖に、瞬きした。
「そうです!しかし、自由……伊東先生は、自由が無かったのですか?」
「まぁ、わたしは尊王を語る役割だったから。近藤さんだって、隊士をたしなめる役割があったわ。実は、近藤さんと自由に話す機会は初めてよ。近藤さんが、唐土の三国志の読み聞かせから、夢見た話だってそう。わたしは近藤さんに、わたしの夢を話せてなかったわ。」
近藤と伊東は、酒と馳走にあやかりながら、快く話し合った。
「わたしも唐土の文学から、学問や尊王に夢見たのよ。水戸育ちなのもあったけれど。ほら、唐土には、帝がいるでしょう?」
「まさか、伊東先生が同じ土壌で夢を見たとは……。今、初めて貴方が人間に見えた。吾輩は、関羽に憧れて武士になりました。」
「ふふ。夢は叶ったのね?わたしはまだ、走り途中だわ。」
「え。大政奉還がなされて、御陵衛士にもなられて。まだ、夢は途中であられると?」
伊東甲子太郎は、酒をあおり、語った。
「だって近藤さん、わたし達はまだ、唐土に行けてないじゃないの。夷狄を排すべしって語りはしたけど、わたしの尊王の夢は鎖国じゃないわ。例えば、後年、再び近藤さんと約束した地が唐土で、関羽達の見た唐土の朝焼けを拝みながら、祝盃をあげる。開国して貿易をして、日の本が異人と対等になって自由になれば、唐土だって行けるはずなのよ。縦白書も、何度も書き写したわ。孝明天皇が亡くなったりもしたから。」
近藤勇は驚いたが、喜んだ。
「なんだ、そりゃあ、吾輩の長州処分の縦白など、つまらぬものだった……!伊東先生の目指した夢が、そんな夢だったのであれば、吾輩だって飛びつきますのに!唐土で再びお会いし、酒を交わし……それを、話せなかったのは、伊東先生の自由の無さであられましたか?」
伊東甲子太郎は笑った。
「わたしの役割は、皆の代表発言だわ。それにこれは、我欲の我儘な夢だものね。」
「吾輩が配慮至らぬばかりに……吾輩は、学も無く、視野も狭く、伊東先生がこんなに近しい場所で夢見ていたことも、わからぬとは。」
「近藤さん。皆、役割があるわ。学問が無いことを恥じなくていいの。どうせ今の日の本の学問は、僅かな古い学問でしかないわ。幕臣に、フランス人のブリュネさん達がいるから、彼らに学んだ方がよほどいいし……平和になれば、学問の時間は叶うこと。近藤さんが毎日朝に練習している書道は、努力の賜物でしょう。天然理心流の道場主で、新撰組の局長で、皆の統率を精一杯やってきたのに、何故恥じるのかしら?わたしは近藤さんが局長だったから、参謀として学ぶ大義名分を得ていたわ。わたしの傘下の篠原だってそうよ。組長勤めの藤堂ちゃんを追い越すぐらい、学ぶ時間を与えられたのよ。」
近藤勇は、くっと涙を滲ませた。
「伊東先生の学びに、吾輩が貢献出来たとは知らず……吾輩は正直、伊東先生のように賢くなりたかった。慕われるだけの器が欲しかった。吾輩は、誰より貴方を尊びながら、妬み申した。」
「わたしだって離縁した妻の美しさに妬んだわよ!隠してはいるけれど、妬みなんか人それぞれあるわ。自分に得られないものは、誰だって悔しいものよね。でも、近藤さんが新撰組を背負って、近藤さんの時間は持っていかれたけれど、その分もわたしが新撰組と朝廷の折り合いをつけるつもりよ。」
伊東甲子太郎が懐から出した包みを渡され、近藤勇は目を通す。
「朝廷への、三回目の縦白の写しよ。今回は結構、わたしの我を通したわ。」
「……武力ではなく、公義、衆議による対話解決を重要視する。
外国に迫られたからではなく、国益と通商を考えた、積極的な開国を行う。
政権の基盤として五畿内の大和国、山城国、和泉国、河内国、摂津国を朝廷直轄領として、そこから軍を取り立てて、朝廷直属の親兵を整備する。
外交に徳川家臣を参加させるべし。
……この箇条には、幕臣の新撰組と朝廷を繋げる意図がおありか!?」
「まぁ、朝廷側も受理した割には、ただ、unique、としか言わないし……」
「ゆにいく?」
「個性的、て意味よ。わたしが尊王志士から信頼されない理由は、わたしである以上変わらないわね。坂本君にも、勝先生しかわからないだろうとまで言われた変人だわ。」
話題は尊王だけに留まらず、今は亡き山南敬助を悼んだ。
「吾輩は、当時怒りで我を忘れながらも、山南敬助の切腹の見事さには怒りが失せました。あれは、朝廷への忠義を貫かんとする、彼の志しだったのでしょうか?」
「そうね。そしてわたしも、彼に続く者。わたしはいつだって山南敬助と共にあるわ。彼の死が、わたしの成長を促したから……」
最近の御陵衛士の世間話に笑い、三国志に感銘した思い出話に浸り、実に楽しい夜だった。
「まぁ、事実、わたしの弟は夷狄のバイブルは嫌いだけど、三国志には白熱して涙したものだわ。外の世界は……あ、もうかなりの夜半じゃないかしら?ご迷惑かけてしまったわ。それに、嬉しかったから。こんなに良い肴でもてなしてくれるなんて。」
「よいのです。吾輩とて、時間など忘れました!今宵は伊東先生から唐土の夢が聞けるとは……山南敬助も皇への忠義はまこと、見事な切腹でありました。吾輩は松平公に楯突く山南に憤りましたが、あの最期を見ては誰が侮辱出来ましょうか。伊東先生は……きっと。きっと幕府に恩義ある新撰組におられたころ、さぞかしお困りでしたろう。」
「新撰組の立場はね。けれど、御陵衛士になることは、近藤局長が認めて和解してくれたわ。今は、朝廷との仲裁人になれたらと、尽力するのみよ。土方君は天敵だったけど、今となっては、何も恨みは無い。新撰組の皆が、わたし達を、御陵衛士に送り出してくれたのを、感謝はすれど。」
「伊東先生ェ。思えや、吾輩は大恩ある幕府ばかり気にし、肩身の狭かろう貴方達を蔑ろにして来たのだ。吾輩は、友と夢見た尊王よりも、己の立場を選んでしまった。伊東先生は、吾輩のようにわがままな局長を、恨んでいても仕方なしと、吾輩は思っていましたが。」
「貴方のような無邪気な人を恨める人もあんまりいないでしょう。だって、近藤さんはいつも根はいい人だわ。誰か闇討ちしたって、斬った沖田ちゃんをいたわったり、ね。そうね……永倉君くらい無邪気な人でないと、対等な喧嘩にもならないんじゃないかしら。」
「永倉には吾輩、本当に手を焼いております!ささ、もう一杯、どうか!」
Copyright(C)2026 燎 空綺羅




