表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見える感情、見えないまま  作者: 颍川
第十九章 書き換えられた絆――決してたどり着けない場所
PR
98/104

第九十三話

---


初演評価:失敗。


重要転換点分析:水のコップが倒れたことが、強烈なネガティブ・アンカーポイントとなった。


二周目修正方針:


一、事故は起こさない。

二、前向きなやり取りを増やし、「贈り物」を気遣いの証として残す。

三、情報は妹を通して出し、相手の最近の好みも自然ににじませる。

四、細部まで詰める。父親の振る舞いには、「不器用だが努力している」感じが一貫してにじむようにする。


――二度目のやり直し。


---


【石原家】


石原は食卓の椅子に腰を下ろした。


視線は流し台をかすめ、冷蔵庫の扉に貼られた古いメモへ移り、最後に杏の背中へと戻る。


記憶と現実が重なっていた。

けれど、どこかが微妙にずれている。


確かめる必要があった。

試してみなければならなかった。


「杏」


石原は声をかけた。

声は落ち着いていて、自分でも妙な揺れは感じない。


「うん?」


杏は火を止め、目玉焼きを皿に移してから振り返った。

顔には、明るい笑みが浮かんでいる。


石原は杏の目をまっすぐ見た。


(もし今日が土曜なら……)


「今日の昼、俺たち、父さんと会うんだよな?」


問いを投げた瞬間、空気がほんの一瞬だけ止まった気がした。


けれど、杏の笑顔は少しも揺らがない。

明るく、自然なままだった。

皿を手にしたままこちらへ歩いてきて、石原の前にそれを置くと、軽い調子で言う。


「うん、そうだよ。約束したでしょ? 十二時に『和亭』で。

お兄ちゃん、まさか緊張しすぎて忘れたんじゃないよね?」


そう言って、少しだけ首をかしげた。

声には、からかうような響きが少し混じる。


「いや、確認しただけだ」


石原は箸を取り、目玉焼きを口に運んだ。

黄身がとろりと流れ、火の通り具合もちょうどいい。


「杏は……父さんに、何を話すつもりなんだ?」


「んー……近況、とかかな」


杏は自分の席に座り、茶碗を手に取った。

視線がわずかに揺れる。


「パパ、この数年どうしてたのかな、とか。今は何してるのかとか、元気にしてるのかとか……。

もちろん、私たちが元気にやってることも話したいよ。お兄ちゃんはすごいんだよって、生徒会にも入ってるし、私のこともすっごく大事にしてくれてるんだよって」


そう言って、石原のほうを見た。

笑顔には、さっきよりも少し強い温かさがにじんでいる。


「これからのことは……パパがどう言うか次第かな。

お兄ちゃんはどう思う?」


石原は目玉焼きを噛みしめる。

食べ慣れた味だった。


「そのときになってみないと、分からないな」


曖昧な返事だった。


朝食を食べ終えると、杏は率先して食器を片づけ、鼻歌まじりに自分の部屋へ入っていった。


石原は自室へ戻り、開けたままのクローゼットの前に立つ。


あの薄いグレーのシャツは、変わらずそこに掛かっていた。

石原は手を伸ばし、指先で布地をなぞる。

ほとんど迷うことなく、それを手に取って袖を通した。


十一時が近づき、二人は家を出る支度を整えた。


杏はあのクリーム色のワンピースに着替えている。

髪もきれいに整えていて、ほんのり色のついたリップまでつけていた。


玄関に立ち、小さなリュックの中身をもう一度確かめると、深く息を吸ってから石原のほうを向く。


「お兄ちゃん、行こっか?」


そのとき、石原のポケットの中でスマホが震えた。


取り出すと、画面には【石原(父)】からのメッセージが表示されていた。


『久希、杏。こっちは今から出るところだ。

今日は天気がいいけど、予報じゃ午後から曇るかもしれない。そっちも道中、気をつけて』


石原はその文面を見つめ、短く返した。


『そっちも気をつけて』


「パパから?」


杏は身を寄せるようにして画面をのぞき込み、嬉しそうに顔をほころばせた。


「ほら、パパ、けっこう気が利くじゃん」


「……ああ」


石原はスマホをしまい、それ以上は何も言わなかった。


ドアを開けると、秋の午前の空気が流れ込んでくる。

澄んでいて、少しひんやりしていた。


「行くぞ」


杏は力強くうなずき、そのまま石原のあとについて外へ出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ