第九十三話
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初演評価:失敗。
重要転換点分析:水のコップが倒れたことが、強烈なネガティブ・アンカーポイントとなった。
二周目修正方針:
一、事故は起こさない。
二、前向きなやり取りを増やし、「贈り物」を気遣いの証として残す。
三、情報は妹を通して出し、相手の最近の好みも自然ににじませる。
四、細部まで詰める。父親の振る舞いには、「不器用だが努力している」感じが一貫してにじむようにする。
――二度目のやり直し。
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【石原家】
石原は食卓の椅子に腰を下ろした。
視線は流し台をかすめ、冷蔵庫の扉に貼られた古いメモへ移り、最後に杏の背中へと戻る。
記憶と現実が重なっていた。
けれど、どこかが微妙にずれている。
確かめる必要があった。
試してみなければならなかった。
「杏」
石原は声をかけた。
声は落ち着いていて、自分でも妙な揺れは感じない。
「うん?」
杏は火を止め、目玉焼きを皿に移してから振り返った。
顔には、明るい笑みが浮かんでいる。
石原は杏の目をまっすぐ見た。
(もし今日が土曜なら……)
「今日の昼、俺たち、父さんと会うんだよな?」
問いを投げた瞬間、空気がほんの一瞬だけ止まった気がした。
けれど、杏の笑顔は少しも揺らがない。
明るく、自然なままだった。
皿を手にしたままこちらへ歩いてきて、石原の前にそれを置くと、軽い調子で言う。
「うん、そうだよ。約束したでしょ? 十二時に『和亭』で。
お兄ちゃん、まさか緊張しすぎて忘れたんじゃないよね?」
そう言って、少しだけ首をかしげた。
声には、からかうような響きが少し混じる。
「いや、確認しただけだ」
石原は箸を取り、目玉焼きを口に運んだ。
黄身がとろりと流れ、火の通り具合もちょうどいい。
「杏は……父さんに、何を話すつもりなんだ?」
「んー……近況、とかかな」
杏は自分の席に座り、茶碗を手に取った。
視線がわずかに揺れる。
「パパ、この数年どうしてたのかな、とか。今は何してるのかとか、元気にしてるのかとか……。
もちろん、私たちが元気にやってることも話したいよ。お兄ちゃんはすごいんだよって、生徒会にも入ってるし、私のこともすっごく大事にしてくれてるんだよって」
そう言って、石原のほうを見た。
笑顔には、さっきよりも少し強い温かさがにじんでいる。
「これからのことは……パパがどう言うか次第かな。
お兄ちゃんはどう思う?」
石原は目玉焼きを噛みしめる。
食べ慣れた味だった。
「そのときになってみないと、分からないな」
曖昧な返事だった。
朝食を食べ終えると、杏は率先して食器を片づけ、鼻歌まじりに自分の部屋へ入っていった。
石原は自室へ戻り、開けたままのクローゼットの前に立つ。
あの薄いグレーのシャツは、変わらずそこに掛かっていた。
石原は手を伸ばし、指先で布地をなぞる。
ほとんど迷うことなく、それを手に取って袖を通した。
十一時が近づき、二人は家を出る支度を整えた。
杏はあのクリーム色のワンピースに着替えている。
髪もきれいに整えていて、ほんのり色のついたリップまでつけていた。
玄関に立ち、小さなリュックの中身をもう一度確かめると、深く息を吸ってから石原のほうを向く。
「お兄ちゃん、行こっか?」
そのとき、石原のポケットの中でスマホが震えた。
取り出すと、画面には【石原(父)】からのメッセージが表示されていた。
『久希、杏。こっちは今から出るところだ。
今日は天気がいいけど、予報じゃ午後から曇るかもしれない。そっちも道中、気をつけて』
石原はその文面を見つめ、短く返した。
『そっちも気をつけて』
「パパから?」
杏は身を寄せるようにして画面をのぞき込み、嬉しそうに顔をほころばせた。
「ほら、パパ、けっこう気が利くじゃん」
「……ああ」
石原はスマホをしまい、それ以上は何も言わなかった。
ドアを開けると、秋の午前の空気が流れ込んでくる。
澄んでいて、少しひんやりしていた。
「行くぞ」
杏は力強くうなずき、そのまま石原のあとについて外へ出た。




