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見える感情、見えないまま  作者: 颍川
第十五章 見過ごした代償――それでも、寄り添い合う
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第七十四話

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【Another View――春野陽明】


深夜、部屋の明かりはデスクライトだけだった。

机に向かう春野の影は長く引き伸ばされ、書類で埋まった壁に釘づけにされたみたいに貼りついている。


左手には、ついさっき整理し終えたばかりのリストがあった。

自分が照明案の変更にこだわったせいで増えた、追加の回路確認項目だ。

明日、電気工事側とすり合わせて確認しなければならない。


右手には、開いたままの数学の模試の問題用紙。

本来なら解けているはずの関数問題の横には、目に刺さるような赤いバツがついていた。

その脇には、自分で書いた、少し乱れた解き直しの手順が並んでいた――

それでも、まだどこかで手が止まっている。


スマホの画面が、音もなく一瞬だけ光った。母親からのメッセージだった。内容は簡潔だった。


「補習塾の体験授業は来週水曜の夜に決まった。夏祭りの最終リハーサルとは重ならない。必ず参加しなさい。貴重な機会です」


――貴重な機会。


その一文字一文字が、小石みたいに、もうとっくに限界まで張りつめていた心の底へ沈んでいく。


夏祭りを“完璧”に仕上げることは、自分が両方の責任を両立できると示すための答えだった。

一方で成績は、両親にとっても、そして自分自身にとっても、認められる“未来図”へ進むための切符だった。


どちらも落とせない。

どちらも、“文句のつけようがない”形にしなければならない。


視線が、再び模試の赤いバツに落ちた。


その瞬間、疲労と焦燥と、そして自己嫌悪が一気にせり上がってくる。


(どうして、こうも想定外が出るんだ)

(どれだけ綿密に詰めても、また新しい細部が顔を出してきて、処理を求めてくる)

(どうして時間は、指のあいだからこぼれる砂みたいに、掴もうとするほど早く失われていくんだ)


そのとき――


馬鹿げているのに、どうしようもなく惹かれる考えが、暗がりで伸びる蔓みたいに、静かに思考へ絡みついてきた。


もし――あの、“活動準備の中にある細かなリスクが見える”ような曖昧な感覚を、別のことにも使えたら?


たとえば、この問題の落とし穴。

たとえば、次の試験の難所。


その発想が浮かんだ瞬間、春野は強く目を閉じた。

額に冷たい汗がにじんだ。


(……何を考えてるんだ、俺は)


手にしたペンを、強く握り締めた。


得体の知れない“直感”に頼って活動を回しているだけでも、もうずっと気が休まらない。

それを、さらに別の場面にまで持ち込もうとしている自分――


深い自己嫌悪が、一気に押し寄せてきた。


しばらくして、彼はゆっくりと顔を上げる。


視線の先には、夏祭りの最終版ルート計画図が広げられていた。


Aルートは、従来の主動線。人は集まりやすいが、一部の区間が狭い。

Bルートは、新たに広げた後方通路を使う案だ。広さは十分だが、やや人の気配が薄く、そのぶん案内表示を大幅に増やす必要がある。


これが最後の、そして最も重要な未決事項だった。


Aを選べば、賑わいは出るがリスクが残る。

Bを選べば、安全性は高いが、雰囲気には影響が出る。


リスク評価の報告書は、すでに出揃っていた。

利点も欠点も、整理し尽くされていた。


数日前までの自分なら、ここでもう一度、小さな打ち合わせを開いていたはずだ。


だが――


春野は目を閉じ、頭の中の雑音を追い払うようにして、意識をAルートへ集中させた。

すると、ほとんど一瞬で、これまでのどのときよりもはっきりと、しかも切迫した映像の断片が頭の中へ流れ込んできた――


狭い区間。人の流れは途切れない。


たこ焼きの材料を満載した業者の手押し台車。その車輪が、路面に走った目立たない古い亀裂に引っかかり、がくんと止まった。

台車を押していた年配の男がよろめき、荷台のソース容器が傾いた。濃い色のソースがこぼれ、すぐそばにいた来場者の浴衣の裾へと跳ねた。


悲鳴。謝罪。小さな混乱と滞留。

慌ててスタッフが駆け寄っていく――


まるで本当にそこにいるみたいな、生々しさだった。

甘ったるいソースの匂いまで感じられそうで、その瞬間の気まずさと慌ただしさまで肌に触れるようだった。


春野は弾かれたように目を開けた。


息が荒くなり、心臓が激しく脈打っていた。


(ダメだ。これは絶対にダメだ)


視線が、Bルートへと釘づけになった。


広い。平坦だ。人の流れも制御しやすい。


あの亀裂もない。台車が引っかかる光景も、そこにはない。


確かに、案内表示を大量に増やす必要はある。

だが、それはただ“手間が増える”だけだ。対処できる問題であって、起こるかもしれない不測の事態とは違う。


「安全を最優先にする」


低く、言い聞かせるように繰り返す。

それは、自分自身に下す、反論を許さない命令みたいだった。


「雰囲気は後からでも作れる。誘導だって強められる」

「でも、安全と流れの円滑さだけは、絶対に譲れない」


春野はパソコンを開き、Bルート採用を強く主張する説明メールを書き始めた。


その文面は、これまでになく強く、理由も断定的で、反論の余地を残さないものだ。


エンターキーを打った瞬間、その言い回しの強さに、春野自身ですらわずかなよそよそしさを覚えた。


だが――


その奥にある恐怖が、すべての迷いを押し流していた。

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