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見える感情、見えないまま  作者: 颍川
第十四章 繋がる悪夢――もう一つの世界、もう一つの未来
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第七十話

---


【同日・昼休み・スイーツ店『蜜糖星球』】


風鈴の吊るされた店のドアを押し開けると、ちりん、と澄んだ音が鳴った。

甘いクリームとフルーツの香りが、ふわりと鼻先をくすぐる。


立花は、すでに窓際の席に座っていた。

目の前には、ほとんど手のつけられていないイチゴパフェ。

スプーンが、無意識にクリームの表面を行ったり来たりしている。


「美里ちゃん、待たせちゃった?」


緒山は笑いながら向かいに腰を下ろし、アイスレモンティーを注文した。


「い、いえ……!」


立花は慌てて背筋を伸ばし、両手を膝の上にきちんとそろえる。

その仕草のひとつひとつが、どこか落ち着かなかった。


今日は淡いイエローのワンピースを着ていて、相変わらず身なりはきれいに整っている。

けれど、眉間の曇りだけはどうしても取れていなかった。


「朋奈さん……」


立花は深く息を吸い、指先をぎゅっと絡めた。


「わ、私……すごく変な夢を見たんです。その……朋奈さんと先輩が出てくる夢で……」


声は細いのに、不思議なくらいはっきりしていた。


緒山は表情を崩さないまま、やわらかくうなずく。


「うん、聞いてるよ。ゆっくりでいいから」


立花は途切れ途切れに、その夢の内容を話し始めた。


――緒山が家庭の事情で突然転校してしまうこと。

みんなが名残惜しそうに緒山を見送ること。

そして時が流れて、生徒会に残った自分と石原が、仕事を通して支え合いながら少しずつ距離を縮めていって……やがて。


「でも……夢の中で」


立花の声が震え始めた。

顔が、どんどんうつむいていった。


「朋奈さんがいなくなるとき、私……みんなと同じように悲しかったはずなのに……それだけじゃなくて……」


言葉が詰まった。


「ほんの少しだけ……“チャンスかも”って思ってしまった自分がいて……」


ぽろり、と涙が落ちた。


「起きてから、すごく嫌で……そんな夢を見るなんてって……

私、朋奈さんのこと本当に大好きで尊敬してるし、先輩とも幸せになってほしいって思ってるのに……」


テーブルクロスの上に、涙が小さな染みをひとつ広げる。


緒山は最後まで口を挟まず、静かに聞いていた。


立花の言葉が乱れ、嗚咽に変わって、自分を責める声まで途切れ途切れになったところで、

緒山はそっと手を伸ばし、ぎゅっと握られていた立花の手に自分の手を重ねる。


「美里ちゃん。ただの夢だよ」


緒山はやさしく言った。


「夢の中の気持ちって、自分でもどうにもできないことがあるし……それがそのまま本当の気持ちってわけでもないよ」


立花は涙で濡れた顔を上げた。


「そんなことで、そこまで自分を責めなくていい」


緒山は少しだけ微笑んだ。


「それにね。もし本当に私がいなくなることがあったとしても――まあ、そんなの絶対イヤだけど」


冗談めかして肩をすくめ、それから続けた。


「残る人たちには、ちゃんと楽しく過ごしててほしいって思うよ。

美里ちゃんも、先輩も……みんな、私にとってすごく大事な人だから」


「……ほんとに、怒ってないんですか?」


立花が小さな声で尋ねた。まだ目は赤いままだった。


「夢の中で……私、ちょっと先輩のこと気にしすぎてたみたいで……」


そこまで言って、言葉を濁す。


曖昧な気持ちだけが、半端な形のままテーブルの上に置かれたみたいだった。


緒山は一度ぱちりと瞬きをして、少しも気にした様子もなく首をかしげる。


「先輩のこと気になるのって、別に普通じゃない?いっぱい助けてもらってるし、優しくて頼れる先輩だもん」


そのまま、ふっと目を細めた。


「それとも美里ちゃん、“私も先輩のこと気にしてるの?”って聞きたいの?」


少しだけ間を置く。


その言葉に、立花の肩がぴくっと強張った。


緒山は澄んだ目で、まっすぐ立花を見つめる。


「うん。気にしてるよ」


あっさりと、けれどごまかしもなく言った。


「たぶん、“みんなと同じ”っていうのよりは……ちょっとだけ、多いかな」


「――っ!」


立花の顔が一瞬で真っ赤になった。


「と、朋奈さん!? そ、そういうの……普通に言うんですか!?」


「なんでダメなの?」


緒山は頬杖をつき、足をぶらぶらさせた。


「じゃあ、美里ちゃんは? 今、先輩のことどう思ってるの?」


「わ、私は……!」


立花は慌ててスプーンを握りしめ、溶けかけたクリームをつんつんと突いた。


「そ、それは……尊敬です! あと感謝です! 先輩にはすごく助けてもらってて……だから、その……それだけです!」


言うほどに声が小さくなっていった。


「……どうせ、朋奈さんの“ちょっとだけ”には勝てないし……」


今にもテーブルの下に潜り込みそうな勢いでうつむく立花を見て、緒山はとうとう吹き出した。


澄んでいて、やわらかい笑い声だ。


「はいはい、もうからかわないよ。どんな“気になる”だって、大事な気持ちだよ。

だから、恥ずかしいとか変だとか、そんなふうに思わなくていい」


一度、言葉を区切った。


「大事なのは、今こうして一緒にいること。

私たちが、お互いにとって大事な友達だってこと。夢は夢だよ。そんなもので私たちが決まるわけじゃないし、引き離されたりもしない。……でしょ?」


立花はゆっくり顔を上げた。

まだ頬は赤かったが、目の奥には光が戻っている。


小さくうなずいた。


「……うん」


その様子を確認してから、緒山は少しだけ表情を引き締めた。


「そういえば、美里ちゃん。夢を見始めたのって、先週末くらいからじゃない?

しかも、だんだんはっきりしてきてる」


立花は驚いて目を見開いた。


「はい……そうです。どうして分かったんですか?」


「それはね――」


緒山は、ここ数日の出来事と、自分たちが考えていることを手短に話した。


立花は口元を押さえ、息を呑んだ。


「私たち、会長を助けないといけないし、そのためには、みんなの力も必要なの」


緒山はまっすぐ立花を見た。


「美里ちゃん。一緒にやってくれる?」


迷いはなかった。


「もちろんです! 私、何でもやります!」


緒山はスマホに目を落とした。

ちょうど石原からメッセージが届いていて、もう花野の家に着いたらしい。


「ちょうどいいね。先輩と杏ちゃん、真汐ちゃんのところにいるって。

私たちも合流しよう」


「はい!」


緒山はすぐに返信を打った。


「先輩、美里ちゃんとは話せました。状況も一致してます。

今からそっちに向かって、合流しても大丈夫ですか?」


ほとんど間を置かず、返事が来た。


「大丈夫だ。住所送る。気をつけて来てくれ」


二人は残っていたスイーツを急いで片づけると、そのまま席を立った。


---


【同日・午後・花野真汐の自宅】


メールに書かれていた住所を頼りに、石原と杏は静かな高級住宅街へたどり着いた。


並ぶ一戸建てはどれも現代的な造りで、庭もきれいに整えられている。

けれど、どこか生活の気配が薄くて、妙に無機質に見えた。


インターホンに応じた花野は、シンプルな部屋着姿のまま、いつも通りほとんど表情を動かさなかった。


「どうぞ」


室内はミニマルな内装だった。

広くて明るく、隅々まで整えられているのに――人の気配だけが驚くほど薄い。


「真汐ちゃん、こんな広いところに住んでるの?」


杏が小声でつぶやいた。


「うん。一人で住んでる」


花野は短く答え、そのまま二人を書斎兼作業部屋へ案内した。


複数のモニターに、整然と並んだ本棚と書類棚。

この部屋では、人よりもそちらのほうが主役に見えた。


挨拶らしい挨拶はなかった。


花野はそのまま本題に入る。声は平坦で、揺らぎがなかった。


「会長の現状について。

あなたたちから聞いた“夢の異常”と、私の観測結果を合わせると、見えてくることがいくつかある」


花野は一枚の棒グラフを取り出した。


二人は思わず身を乗り出して、それを覗き込んだ。


タイトルには大きく――「会長ストレス指標の定量化」と記されていた。


「ストレス指標の上昇は七月末から顕著になっている。最初の異常な夢の報告時期とも重なる」


杏がグラフの先週の土曜にあたる箇所を指差し、目を見開いた。


「先週の土曜……私が初めて夢を見た日だ」


「ピークはそのあたり。つまり、異能力がその時点で一気に本格化した可能性が高い」


花野はそう補足して、ふと石原へ視線を向けた。


「……どうしました?」


石原が首をかしげた。


「別に。ただ、まだ生きていて安心しただけ」


「どういうことですか!?」


花野は視線を逸らし、グラフを整え直した。


「私の夢では、あなたは交通事故に遭って、重傷を負ってそのまま死んでいた」


「……それはまた、ずいぶんだな」


石原は苦笑しながら頭をかいた。


「ってことは、みんな似たような悪夢を見てるってことか?」


「その通り」


花野は即答した。


「夢の内容はどれも“不幸な未来”に繋がっている。異能力者が原因の現象と考えるのが自然」


そのとき、玄関のほうから電子錠の解錠音がかすかに響いた。


続いて、明るい声が聞こえてくる。


「お邪魔しまーす! 来ました!」


そのあとに、少し控えめな声が続いた。


「真汐ちゃん、お邪魔します」


緒山と立花が靴を脱いで上がってきた。


花野は二人を部屋へ案内した。


立花の目元には、泣いたあとの名残がわずかに残っていたが、表情そのものはかなり落ち着いている。

石原と杏に視線を向け、小さくうなずいた。


「ちょうどいいタイミング」


花野は空いている席を示す。


「今、会長の現状にどう対処するかを検討している」


緒山はうなずき、表情を引き締めた。


「これまでのことを考えると、やっぱり会長のストレスが原因の可能性は高いと思います」


「じゃあ、私たちで分担して、少しでも負担を減らすのはどうでしょうか?」


立花が手を挙げて提案した。


花野はうなずいた。


「会長は仕事量が多すぎる。それなのに、一人で抱え込んで処理しようとする傾向がある」


一拍置いて、全員を見渡す。


最後に、その視線が石原のところで止まった。


「あなたは“タグの文字化け”を確認した、と言っていた」


「ええ、ほんの一瞬ですけど」


花野はしばらく考え込んだ。


「もし“文字化け”が異能力者を見分けるための情報に近いものなら、別の見方もできる」


「……もしかして、春野の能力……まだ完全じゃない?」


石原は慎重に言葉を選んだ。


部屋の空気が静まる。


花野は画面に表示された資料を操作しながら、淡々と続けた。


「現時点では情報が足りない。だから、優先すべきは“負担軽減”」


杏がモニターを見つめながらつぶやいた。


「ストレスが減れば、能力も消えるかも……」


「その可能性はある」


花野は肯定した。


「次の業務会議が好機になる。

夏祭の準備業務は会長に集中している。緒山、もしくは石原が自然な形で協力を申し出ること。重要なのは、こちらから主体的に動く姿勢」


「分かった」


石原はうなずいた。


「具体的な役割分担は?」


緒山が尋ねる。


「細かい作業の切り分けと、どう声をかけるかは、本日中に共有グループへ送る」


花野の返答は即座だった。


書斎に、短い沈黙が流れる。


「私は大丈夫です」


最初に口を開いたのは緒山だった。


「会長は大切な仲間です。このままにはできません」


立花もすぐに続いた。


「事前の想定と現場での対応なら、私が多めに準備しておきます!」


杏が拳を握る。


「情報収集は任せて!」


花野は全員を一瞥し、小さくうなずいた。


「以上、解散」


夕陽はすでに沈み、庭は夜の色に包まれている。


最初の行動は、次の業務会議で始まることになった。

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