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見える感情、見えないまま  作者: 颍川
第十四章 繋がる悪夢――もう一つの世界、もう一つの未来
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第六十九話

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【八月十三日・火曜日・早朝】


【石原家】


朝の光がまだ夜の涼しさを追い払いきれていないころ、石原の部屋のドアが、こつんと遠慮がちに叩かれた。


「お兄ちゃん? 起きてる?」


ドアの向こうから届いた杏の声には、いつもより少しためらいが混じっていた。


石原はすでに目を覚ましていた。

――というより、ほとんど一睡もしていなかった。


夢の中に残っていた冷たさと、緒山との通話のあとに胸に残った重い結論が頭から離れず、何度も寝返りを打っていた。


石原は上体を起こした。


「入っていいぞ」


杏はドアを開けたものの、いつものようにずかずか入ってくることはなかった。

入口に立ったまま、無意識に寝間着の裾を指先でいじっていた。


顔色は少し青白く、目の下にはうっすらと影が落ちていた。


「……また夢、見たの」


声は小さく、視線もどこか落ち着かなかった。


「お兄ちゃんが出てくる夢で……でも、今回はもっと変で」


石原の胸の奥が、わずかに重くなった。


「座って、ゆっくり話せ」


杏はベッドの端に寄って腰を下ろし、石原の枕を抱き寄せると、その上に顎を乗せた。


「夢の中でね、お兄ちゃん、どこか遠くに行こうとしてて……

旅行とかじゃなくて……もう、そのまま帰ってこないような感じで」


言葉を探すように、少し間を置いた。


「玄関で私に『さよなら』って言ってて、笑ってたんだけど……ただコンビニに行くときみたいな、いつも通りの顔で。

でも、なんか違うって分かってて、必死に止めようとして、どこ行くのって聞こうとしたのに……」


杏の声が少し震えた。


「そのまま背を向けて行っちゃって、ドアが閉まって……いくら開けようとしても開かなくて」


一度、言葉が途切れた。


「起きたら……枕、ちょっと濡れてて……」


ぽつりと続けた。


「……お兄ちゃんに、いなくなってほしくない」


部屋の中に、短い沈黙が流れる。


妹の表情を見て、石原はもう隠さずに話すことにした。


「……杏」


言葉を選びながら、口を開いた。


「前の夢も、今回のも……ただの偶然じゃない可能性がある」


「俺と……緒山さんも、最近ずっと、妙にリアルで、あまり気分のいい内容じゃない夢を見てる」


杏ははっと顔を上げた。


「そっちも……?」


石原はうなずき、緒山と話した内容と、自分たちが考えていることを杏に手短に伝えた。


杏は息を詰めたまま、それを聞いていた。


「会長の……“異能力”……?」


杏はその言葉を、小さく繰り返す。


その一言だけで、朝の部屋の空気が少し重くなった気がした。


「本人は、気づいてないの?」


「たぶん、気づいてない」


石原は首を横に振った。


「かなり危険だ。あいつにとっても、周りにとっても」


「会長のストレス……そこまで来てるの……?」


杏の呼吸がわずかに乱れた。


「じゃあ……美里ちゃんも、真汐ちゃんも……もしかして」


「それを確かめる必要がある」


石原は立ち上がり、着替えを始めた。


「今日は彼女たちに話を聞いてみる。特に花野先輩は観察力が高い。俺たちが見落としてることにも気づいてるかもしれない」


「私も一緒に行く!」


そのとき、ベッド脇に置いてあったスマホの画面が光った。


緒山からのメッセージだった。


「先輩、美里ちゃんからさっき連絡があって、お昼休みに学校の近くで甘いものでも食べようって誘われました。『困ってることがあるから相談したい』って。

たぶん夢のことだと思います。先に会ってきますね。何か分かったらすぐ伝えます」


石原はスマホを杏に見せた。


「やっぱり美里ちゃんもか……」


杏は小さく息を吐いた。


「じゃあ、私たちは先に真汐ちゃんのところに行こう!」


石原はうなずき、花野に短くメールを送った。


返事は相変わらず早く、簡潔だった。


「可。住所は以下。外部には漏らさないで」


そのあとに、住宅街の一角を示す住所が添えられていた。

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