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見える感情、見えないまま  作者: 颍川
第五章 見えない少女——色褪せていく世界
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第二十五話

---


【泉方橋・橋のたもと】


石原は、約束より十分早く、橋のたもとに着いた。


――だが。


立花は、すでにそこにいた。


ツインテール。

赤と黒のチェック柄のスカート。

肩掛けのふわふわのウサギ型バッグ。


……今日も、抜かりない“可愛いフル装備”だ。


「せ、先輩……けっこう時間ぴったりなんですね」


ちらり、と石原の服装に視線を向ける。


その目がほんの少しだけ明るくなる――

が、口調は相変わらず容赦がない。


「服のセンス、ちょっとは良くなりましたね……

でもそれ、絶対杏ちゃんに選んでもらったでしょ?」


「余計なお世話だ……

っていうか、立花さんこそ。

中学生に紛れるつもりでその格好か?」


「はぁ?!」


ぴたり、と空気が止まる。


次の瞬間――立花の反撃が飛んできた。


立花に一方的にまくし立てられ、石原は思わず言葉に詰まり、わずかに視線を逸らす。


……少し、言い過ぎたか。


「体育祭までは、まだ時間あるな……」


一拍おいて。


「……時間まで、どこ行く?」


短く、切り替える。


立花はスマホで時間を確認し――にやり、と口元を歪めた。


「先輩。まだ早いし――ちょっと付き合ってほしいです。」


指差した先。


「ほら、あそこのセレクトショップ。すっごく可愛いんですよ。ちょうど通り道だし」


石原は一瞬だけ考え、


「ああ、いいぞ」


とだけ答えた。


――こうして二人は歩き出す。


他愛もない会話を交わしながら、二人は自然と笑い合い、そのまま歩き出した。


その少し離れた場所。


春野陽明は、双眼鏡越しにその様子をしっかりと覗いていた。


---


店に入った瞬間、立花はまるで自分のホームに戻ったかのように生き生きとし始めた。


きらきらと目を輝かせながら、ラックの間を軽やかに行き来する。

気になった服を次々に手に取っては、自分の体に当てて確かめている。


「この生地ね、軽くて動きやすいんですよ。あとこのカット、ウエストが細く見えるんですよ〜」


くるりと振り返り、石原に見せてくる。


最初は適当に相槌を打っていた石原だが、次第にその熱に引き込まれていった。


彼女の視線が外れ、ふと店の奥へ向く。


窓際に掛けられた、一着のワンピース。


淡いブルー。シンプルで、落ち着いたデザイン。


……立花が普段選ぶ“可愛い系”とは、明らかに違う。


だが。


(……三回目だ)


そのたびに、ほんの少し長く見つめて――

指先でハンガーをなぞり、けれど最後には視線を逸らす。


「……あれ、気になるのか?」


気づけば、口に出していた。


「えっ?」


立花がびくっと肩を揺らす。


「な、なに言ってるんですか!ああいうの、全然似合わないし!」


早口でまくし立てる。


【立花美里の感情:緊張24#¥%*(】


……やっぱりな。


石原は彼女の“感情表示”を見て、それ以上は追及しなかった。


「試せば分かるだろ」


短く言う。


妹の言葉を思い出す。


――彼女の意見もちゃんと聞いてあげて。


少しは、背中を押すべきかもしれない。


「たまには、違うのもいいと思う」


立花は言葉を詰まらせた。


「……っ」


ちらり、ともう一度ワンピースを見る。


少し迷ってから――


「……わ、分かりました。ちょっとだけですからね?」


顔を赤くしながらそれを手に取り、そのまま試着室へと入っていった。


数分後。


カーテンが開く。


出てきた立花に、石原は一瞬だけ目を見張った。


淡いブルーが、よく似合っている。


柔らかな色合いが肌を引き立て、どこか落ち着いた雰囲気を纏わせていた。


いつもの幼さが、ほんの少しだけ薄れて――


静かで、大人びた別の表情。


立花は裾をぎゅっとつまみ、視線を泳がせる。


「へ、変じゃない……? やっぱり私、こういうの似合わない気がする……」


「いや」


即答だった。


「似合ってる」


間を置かず、続ける。


「いつもと違うな。……もっと大人しいし、それに……なんだろう、少し“素”に見える」


立花の表情が、ぱっと明るくなった。


「……ほんと?」


くるりと振り返り、鏡を見る。


そのとき――


通りかかった店員が、何気なく石原に声をかけた。


「彼女さん、いかがでしたか?

サイズなどお手伝いしましょうか?」


「いや、俺じゃなくて――」


石原は、鏡の前を指す。


「そっちに」


店員の視線が、立花の方へ向く。


――だが。


店員の焦点が、合わない。


そのまま、何もない場所を見るように流れていく。


「……?」


店員は首をかしげた。


「すみません、お連れ様は外に出られましたか?」


「は?」


石原の思考が止まる。


思わず立花を見た。


立花の笑顔が、固まっていた。


みるみるうちに、顔から血の気が引いていく。


――今、何かがおかしい。


その瞬間、照明の下で彼女の輪郭がわずかに揺らいだように見えた。


「立花?」


「っ、あ……大丈夫です!」


不自然なほど明るい声。


その瞬間、店員の視線がぴたりと合った。


「あ、失礼しました。気づきませんでした」


立花は、無理やりいつもの笑顔を作る。


「なんですかそれ〜。そこまで小さくないですよ?」


軽く笑ってみせる。


そして、自分の服を見下ろし――小さく息を吐いた。


「やっぱりダメです。ちょっと大人すぎるし、似合わないし!」


くるりと背を向ける。


「着替えてくる!」


ほとんど逃げるように、試着室へ戻っていった。


――しばらくして。


戻ってきた立花は、いつもの格好に戻っていた。


「どうです? やっぱりこっちの方がいいでしょ?」


くるっとその場で回る。


何事もなかったみたいに、笑う。


完璧な、いつもの笑顔。


石原はしばらくその顔を見ていた。


……引っかかる。


だが――


「……ああ」


それだけ答えた。


「そろそろ行くぞ。時間だ」


「はい!」


立花は元気よく頷き、そのまま店の外へ。


足取りは軽い。


――まるで、早く離れたいみたいに。


石原は少し遅れて後を追う。


視線の先。


その小さな背中は、再び“可愛い”で丁寧に包み直されていた。


---


【服屋の向かい・コンビニのガラス越し】


「ターゲット、服屋に入った!」


杏はコンビニのガラスにぴたりと張りつき、小声で報告する。


春野はポテチをかじりながら双眼鏡を構え、面白そうに向こうを覗き込む。


「展開早いな、石原。いきなり服屋に連れてくとかよ」


緒山は少し後ろに立ち、両手を軽く重ねて、向かいのショーウィンドウを見つめていた。


店内では、二人の姿がラックの間を行き来している。


立花が服を手に取り、石原に見せる。石原はそれに頷いた。


やがて、立花はあの淡いブルーのワンピースを手に取り、そのまま試着室へと入っていった。


緒山のまつげが、わずかに揺れた。


「わっ、美里ちゃん、あんな大人っぽいの選ぶんだ」


杏は小声で驚き、顎に手を当てて、まるで探偵のような表情を浮かべる。


「いつもの“可愛い路線”と全然違うじゃん……」


春野は興味津々といった様子で覗き込みながら、軽く肩をすくめた。


「まあ、たまにはああいうのもいいんじゃねえか」


そして双眼鏡を少し動かし、


「それにしても石原のやつ、ほんと木みてえに突っ立ってんな」


「でしょ〜」


杏はくすっと笑う。


「絶対あれ、“似合ってるよ”とか直球で言ってるよ。ほんと、工夫ないんだから」


しばらくして、試着室のカーテンが開いた。


「おっ」


春野が軽く口笛を吹く。


「いいじゃん、似合ってるな」


杏も身を乗り出し、思わず声を漏らす。


「うわ……意外と大人っぽい……」


店内では二人が何か言葉を交わし、石原の一言に、立花の表情がぱっと明るくなった。


だが次の瞬間、彼女はすぐに鏡の方へ向き直った。


そのとき、店員が二人に近づき、石原に声をかける。


――直後。


立花の動きが、ぴたりと止まった。


次の瞬間、彼女はくるりと背を向け、そのまま試着室へ駆け戻っていった。


カーテンが揺れた。


「……ん?」


杏が首をかしげる。


「今の、なんか変じゃなかった?」


「よく見えなかったな」


春野はポテチの袋を脇に置きながら言う。


「でも……戻ってきたとき、妙に笑ってたな。ちょっと明るすぎるっていうかさ」


「……」


緒山は何も言わず、店内を見つめたままだった。


視線は、先ほどの試着室のあたりに留まっている。


やがて二人が店を出る。


立花が先に出て、軽やかな足取りでさっさと歩いていく。


石原は少し遅れてその後ろを歩き、どこか考え込むように視線を落としていた。


「よし、追うよ!」


杏が手を振る。


「次いこ次!」


「待って」


緒山が呼び止める。


視線はまだ店の入口に残っていた。


「……さっきの、少し変じゃなかった?」


「どこが?」


春野は気にした様子もなく肩をすくめ、手についたポテチの塩を払う。


「順調そのものだろ。むしろここからが本番だ,ほら行くぞ」


杏も歩き出す。


緒山は一度だけセレクトショップの中へと視線を向けた。


先ほどの場所――試着室のカーテン。


……もう揺れてはいない。


「……うん」


小さく頷き、二人の後を追う。


胸の奥に、小さな引っかかりだけが、いつまでも消えずに残っていた。

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