表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見える感情、見えないまま  作者: 颍川
第二十五话 我を貫く君――もう
PR
138/180

第一百三十二話

---


【Another View――石原杏】


後になって、杏は何度も、あの午後のことを思い出すことになる。


あのとき、杏はようやく気づいた。

お兄ちゃんが、いったい何を背負っているのかを。


それから二か月のあいだ、交代制は大きな問題もなく続いていった。

そして杏は、その一つひとつを、自分の目で見て覚えていった。


【十月下旬】


真汐ちゃんの家のリビングは、私たちの『基地』になった。

ローテーブルの上には、いつも缶コーヒーとお菓子、それから記録用のノートが置かれていた。


真汐ちゃんの言い方を借りるなら、私たちの記憶は『水槽の水』みたいなものらしい。

眠るたびに、その水槽から水が漏れていく。だから交代制は、漏れていく水を絶えず注ぎ足すためのものだった。

記憶で、忘却に抗うために。


当番表は冷蔵庫の扉に貼られていて、予定は分単位で組まれていた。

会長が夜番の日はコーヒーを、美里ちゃんの日はお菓子を、私の日は毛布を持ってくる。


――万が一、誰かが寝ちゃったときに掛けてあげられるから。

ちゃんと理由があるでしょ!


当番中にやることは、みんな一つだけだった。

『彼女』のすべてを覚えて、それを次の人へ渡すこと。


私はよく、お兄ちゃんがノートに何かを書いているのを見ていた。

お兄ちゃんは、『彼女』について、自分がぼんやり覚えていることを書き残しておきたいと言っていた。


けれど、書いた内容は、気づかないうちに、そっと薄くなっていく。

――私がじっと見つめていても、その文字はまばたきのあいだにぼやけて、消えかけてしまう。


私はお兄ちゃんに聞いたことがある。


「お兄ちゃん、つらくないの? 書いても消えちゃうのに」


お兄ちゃんは少し考えて、それから笑った。


「……書いてるあいだは、少し楽になるから」


私は、つい考えてしまう。

『彼女』って、いったい誰なんだろう。


お兄ちゃんが、そこまでして追いかけるほどの人なんて。

もしかして……彼女?

いやいやいや、まさかね(笑)。


【十一月】


学校の先生が、「秋の雨が一度降るたびに寒くなって、十回も降れば綿入れが欲しくなる」と言っていた。


実際、その通りだった。

十月下旬の雨は、しとしとと降り続いた。

十一月に入ったばかりだというのに、泉方区はもう上着を一枚足したくなるくらい寒くなっていた。


でも、それでみんなの熱意が冷めることはなかった。


一か月かけて、みんなは残っている記憶を少しずつつなぎ合わせた。

その結果、『彼女』について、本当に少しだけ分かってきた気がした。


「彼女は、生徒会の『副会長』だったんじゃないか。どう考えても、俺が副会長を任命していないなんてありえないだろ。そんなの、かなり重大な職務怠慢だ」


会長は、そんなことを言っていた。それに、何人かに話を聞いてみたときも、ほかの生徒の口から『副会長』という言葉が出てきた。


――あぁ、こういうときって、本当に不思議だなって思う。

――でも、『異能力』なんてものがあるくらいだし、これくらいは変じゃないのかもしれない。

――そう思うと、みんなが『彼女』の異常は異能力のせいだと考えているのも、かなり筋が通っている気がする。


【十二月】


寒くなった。銀杏の葉は、すっかり落ちてしまった。


真汐ちゃんは暖風機を一台増やした。美里ちゃんは毛布を一枚持ってきた。会長は生徒会室のコーヒーメーカーを持ってきた。


私とお兄ちゃんは、新しい座布団を買った。


お兄ちゃんはよく窓際の席に座っている。

窓の外を見てぼんやりしていることもあれば、ノートに数文字だけ書き込んでいることもあった。


一人で徹夜していたあの数日間に比べれば、この二か月はちゃんと眠れているはずだった。

……なのに、お兄ちゃんの目の下のクマは、ずっと完全には消えなかった。


たぶん、生まれつきそういう体質なんだろう。

人によって違うんだし、一概には言えないよね。

そう思いたかった。


でも、やっぱり本当は、これといった進展がないままだから眠れないのだと思う。


寒くなったのに、お兄ちゃんが急に外へ飛び出していく回数は、前より増えていた。


お兄ちゃんの説明では、『線』が見えるらしい。

その『線』は、『彼女』のことを思い出そうとすると現れるのだという。

いつも途中でぷつりと切れてしまうらしい。


それでも、その線をたどっていろんな場所を歩いていると、体のどこかに、懐かしくて安心するような感覚が残るのだとか。


うーん……不思議だなあ……。

私には見えないから、その感覚はよく分からない。

でもお兄ちゃんは、帰ってくるたびに、出かける前より少しだけ表情が緩んでいた。


ただ、どうしてだろう。

それを知ってから、私は余計にお兄ちゃんのことが心配になった。


お兄ちゃんは、本当に強い。ときどき思う。

もし私だったら、きっととっくに諦めていた。

でも、お兄ちゃんの瞳の奥だけは、まだ折れていなかった。


まあ、何はともあれ、もうすぐ年末だ。学校も冬休みに入る。

今年は緒山おばさんが、私とお兄ちゃんを大晦日に呼んでくれた。


すごく楽しみ!


はは……お兄ちゃんも、少しは気分転換できるといいな。

ずっとあんなに疲れたままではいてほしくないから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ