第十一话
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石原がアパートを出ると、朝の日差しが真正面から差し込んできた。
つい、振り返って103号室の方を見た。ドアが開いていた。
見慣れた姿が、玄関でかがみ込みながら靴ひもを結んでいる。
緒山が立ち上がり、そのまま、ちょうど視線が合った。
「おはようございます、先輩!」
「……おはよう」
二人で並んで、駅へ向かう。
朝の風はやわらかく、通りを歩いている人も、まだまばらだった。
隣では、緒山がいつもの調子でしゃべっていた。思いついたことを、そのまま口にしているようだ。
石原は半分聞き流しながら、ときおり短く相槌を打った。
「先輩、今日ちょっと機嫌よさそうですよ?」
「……どうしてそう思う?」
「だって――ほら、眉間にシワ寄ってないじゃないですか?」
石原は一瞬、きょとんとした。反射的に眉間へ手をやれば、緒山は口元を押さえて、くすっと吹き出しす。
「……くだらない」
歩く速度を少し上げた。
けれど緒山は小走りで、すぐに追いついてきた。
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駅のホームでは、遠くから、大きく手を振る背の高い人影が見えた。
「おーい、石原! 緒山!」
春野だった。大股でこちらへ歩いてくるその。顔には、いつもの明るい笑顔が浮かんでいる。
今日は制服の上着を着ていなかった。シャツの袖を肘までまくっていて、いつもよりラフな雰囲気だ。
「会長? どうしてここに?」
緒山はわざとらしく目を丸くした。
「ちょっと捕まえたいのがいてな」
春野はにやりと笑い、石原を見た。
「生徒会に興味あるやつがいるって聞いてな?」
石原は横目で緒山を見た。
当の本人はスマホを見つめたまま、聞こえていないふりをしている。
「……まだ決めてないです」
「それならちょうどいい。行きながら話そうぜ」
電車がホームに入ってきて、春野は体をずらし、先に二人を乗せた。
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車内はそれほど混んでいなかった。
三人で端の席に座る。向かいには春野が座り、緒山は石原の隣に座った。
電車が動き出し、窓の外の景色が、ゆっくり流れ始めた。
春野が口を開く。さっきより少しだけ真面目な声だった。
「生徒会の普通の仕事については、今さら説明するまでもないよな。――で、お前が興味ありそうなほうから話すけど、うちの生徒会の「特色活動」についてはどこまで知ってる?」
「よくわかってないです」
正直に答えた。
「簡単に言うと、校内の『異常事件』を受け付ける窓口みたいなもんだ」
春野は背もたれに寄りかかった。口調は軽い。
けれど、「異常事件」という言葉が出た瞬間、石原の意識は自然とそこへ引き寄せられていた。
「生徒とか先生が、常識じゃ説明できないことに出くわしたら、匿名で生徒会に報告が来る。それを俺たちが確認する」
春野は笑って、肩をすくめた。
「ほとんどはイタズラとか勘違いで、あとは単なる気のせいって話だけどな」
そこで、春野は少し声の調子を変える。
「でもな――だいたい五〜十パーセントの報告には、完全には否定しきれない疑いが残る」
彼は少し間を置いた。
「たとえば、三回連続で『たまたま』翌日の小テストの範囲から同じ問題を夢で見たとか」
「体育倉庫の古いマットが、いつの間にか別の場所に移っていたとか。監視カメラには、「消えた瞬間」と「現れた瞬間」しか映っていない」
石原は黙って聞いていた。
隣から、緒山が小さな声で口を挟む。
「つまり、そういう説明のつかない報告の中に、先輩みたいな人が紛れてるかもしれないってことです」
「だからさ」
春野が少し身を乗り出した。
「実際に事情を知ってるやつが一人加わるだけで、俺たちがそういう現象を理解する助けになるんだよ」
「逆に、お前にとっても自分の「特異さ」を見つめ直す、もっとはっきりした視点になるかもしれない」
石原はしばらく黙っていた。
人と深く関わることへの不安と――自分の抱える秘密の答えを知りたい気持ちが、胸の奥で静かにせめぎ合う。
「ちなみに――」
緒山がぐっと顔を寄せてきて囁いた。
「生徒会には今、『異能ロリ』もいますよ?どうです、先輩。ちょっとやる気出てきたんじゃないですか?」
「……その呼び方がまず問題だろ」
「ロリ、かあ」
春野が顎に手を当てた。わざとらしく深刻ぶった顔だった。
「まあ、いろいろ想像をかき立てられる要素ではあるな」
「今すぐ風紀委員に連絡します」
石原は無情にも現役の生徒会長を酷評する。
それを聞いて、隣の緒山が肩を震わせて笑っていた。
電車が軽く揺れ、もうすぐ駅に着こうとしていた。
石原は窓の外を見た。
ホームには学生たちが三々五々立っていて、次の電車を待っている。
ごく普通の朝の光景だ。
けれど――春野の話が本当なら、あの学生たちの中には、自分と同じような人がいるのかもしれない。
そうだとしたら、この世界は、見た目よりずっと複雑なのかもしれなかった。
「……考えておきます」
「よし!」
春野は立ち上がり、ぽんと石原の肩を叩いた。
「今日の放課後、そのまま生徒会室に来いよ。そんなに長く考える必要ないだろ?」
「いや、今日行くとは――」
「見学ってことで!」
緒山もそう言って立ち上がった。目がきらきらしている。
「『忘れられない歓迎の儀式』、用意しておきますね〜」
なんだか嫌な予感がした。
電車が止まり、ドアが開く。
三人は人の流れに混ざってホームへ降りた。
ホームに差す朝の光は明るかった。
前を歩くのは春野だった。その横で、緒山は石原のそばについたまま、まだ楽しそうに「歓迎の儀式」の細かい話を続けている。
石原はそれを聞きながら――ふと、こう思った。
案外――そこまで迷うことでもないのかもしれない。




