表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/13

経過録12日目

 目を覚ますと、ぼくはベッドにねかされていた。ここはどこだろう。家の中みたいだけど。ずいぶん使っていない部屋だ。机の上にはホコリの被った本と筆箱が置きっぱなしになっている。側にはトロフィーがいくつかかざってあった。そうだ! ネズミは!? ぼくはシーツをめくって、ネズミをさがす。……いない。床の下にも、ぼくのポケットの中にも、ネズミはいなかった。

「チャリ! よかった、目が覚めたのね」

赤い髪の女の人が、ネズミを手に乗せたまま部屋に入って来た。ネズミは包帯だらけにされている。かすかに息をしているから、生きているみたいだ。

「あの……そのネズミは助かりますか?」

「何を言ってるの? ネズミじゃなくてアルって言う名前があるでしょ?」

ある。このネズミはアルって言うんだ。ぼくがアルってつぶやくと、女の人はまるで恐ろしいもののようにぼくを見る。

「まさか…………そんな…………。あなたも崩壊を迎えたの?」

女の人が言っていることはよく分からない。でも、なんだか悪いことみたいだ。女の人の目から涙が止まることなく出てきている。なぜかは分からないけど、ぼくはこの人が泣くのを見たくなかった。ぼくは女の人の涙をすくい上げる。女の人は驚いてぼくを見た。

「…………ありがとう。自分が何者かも忘れても、あなたの優しさは変わらないわね」

女の人はアルをぼくに差し出す。ぼくはアルを起こさないように、手のひらに乗せた。

「心配しないで。傷も深くなかったから、そのうち目を覚ますわ」

「ありがとうございます。あの……」

「キニアンよ。呼び捨てでいいわ」

キニアン。その名前をつぶやくと、ぼくは何か大切なものを落としてしまったような気がした。キニアンはぼくがしゃべる度に悲しい顔になっていく。キニアンのそんな顔を見ていると、むねがひどくいたんだ。

「兄さん!」 

おうど色の髪の女の人が入ってくる。クマで大きく見える緑色の目をぼくに向けていた。ぼくを呼んだのかな。

「ノーマさんはあなたの妹よ。あなたとアルが廃墟で倒れているのを見つけてくれたの」

ノーマ、いもうと。何のことなのかは分からないけど、この人もぼくを知っているみたいだ。「兄さん、どうしたの? 私が分からないの?」

「あなたのお兄さんは……実験の後遺症で知能が崩壊に向かってるの。もう……私達の事も分からないのよ」

キニアンの言葉に、ノーマは声にならない声をあげる。しゃくり上げるような、息がつまりそうな声だ。ぼくは知らないうちに、ノーマの肩に手を当てた。

「ぼくはみなさんの事はよく分かりません。だけど、ぼくの事で悲しまないでください」

これ以上悲しい目で見られるのはもうたえられない。ノーマはぼくの手を取る。枝みたいに細い手だ。

「そんな……記憶を取り戻す為にここまで来たのに。私は……兄さんを……」

あふれた気持ちに押しつぶされるように、ノーマは涙をこぼした。どうしてみんな泣いているんだろう。ぼくはみんなを悲しくさせちゃうのかな。

「ぼく……出ていきます。これ以上ここにいても、みんなを悲しませるだけですから」

ぼくはアルジャーノンを手に乗せたまま、部屋を出ようとする。すると、部屋の前に大きな男の人が立っていた。モジャモジャのヒゲのおじさんは、ぼくを行かせないように肩をつかむ。その手は大きくて力強いけど、激しくふるえていた。おじさんの顔はフーセンのように赤くはれていて、所々紫色のアザができている。

「待ってくれ、チャリ。お前はここに居ていいんだ」

手と同じくらいふるえる声で、おじさんはぼくにやさしく言う。ぼくはおどろきながらおじさんを見た。ぼくがここに居ていい?

「ここはお前の家だ。もう一度、一緒に暮らそう。俺にも……俺達にも……やり直す機会をくれないか?」

赤くはれたおじさんの目はうるんでいた。ぼくの家。ぼくの居場所。ぼくとおじさんの関係は分からないけど、ここにいていいっていう言葉がとてもうれしかった。ぼくはおじさんにうなずく。

「ぼく、ここにいていいんだね?」

「そうだ。記憶がなくなっても、お前は俺の息子だ」

「私も、私と兄さんが失った分をもう一度取り戻したいの」

ノーマがぼくを抱きしめる。まるで子どもに戻ったように、ノーマは泣きじゃくった。ずっとこうされたかったように、ノーマはぼくをはなさない。ノーマの事は知らないけど、ぼくの為に泣いてくれる人だ。きっとかけがえのない存在だったんだろう。昔のぼくがそうしていたかは分からないけど、ぼくはノーマをなでた。

「チャリ、戻って来てくれたのかい?」

よろよろとふらつくおばあさんが、部屋に入って来る。おばあさんはぼくを見るなり、杖を捨ててかけつけた。

「ローズ。まだベッドで安静にしていなさい」

「チャリ! 母さんはお前にずっと謝りたかったのよ! 母さんはお前が優秀な学者になれるって言う話を間に受けて、お前をあの研究所に渡してしまったの!」

おばあさんは言葉をつまらせながら言う。あちこちを見る目は、ぼくじゃないぼくを映しているみたいだ。か細いノドから出ているとは思えない大声で、おばあさんは何度もぼくにあやまる。

「でもね、お前はこうして帰ってきてくれたんだね。ごめんよ、ごめんよ! もう離さないわ」

おばあさんの呼吸が小刻みになり、キニアンがおばあさんをおさえる。口をパクパクさせながら、おばあさんは空中をあおぐ。

「落ち着いてくださいローズさん。まだ体の具合はよくないのですから」

キニアンはおばあさんを、ゆっくりイスに座らせる。おばあさんはしばらくの間、うわ言をつぶやいていた。 

「チャリ、この人達はあなたの家族よ。あなたの大切な人達なの」

キニアンはおばあさんを落ち着かせると、部屋を出て行こうとする。なぜだか部屋を出てしまったら、キニアンがひどくはなれてしまうように思えた。

「キニアンは……キニアンはぼくの大切な人じゃないの?」

ぼくはキニアンを引き止める。ぼくの言葉に、キニアンは足を取られた。キニアンの肩がわなわなふるえる。

「確かに、私にとってあなたは大切な存在よ。だけど、私はあなたの家族じゃない。それに、私はあなたに酷いことをしてきたのよ」

ぼくに目を合わせないで、キニアンはすぐに部屋を出て行こうとする。ぼくは立ち上がって、キニアンのうでをつかんだ。キニアンは驚いてぼくを見た。はなすもんか。どんな顔をされても、ぼくはこの手をはなしたくなかった。

「ぼくはキニアンとはなれたくない! キニアンは大切だ! 家族かそうじゃないかは関係ないんだ!」

言葉を続ける度にぼくの声が大きくなっていく。今のぼくは言葉が上手く出てこない。だけど、キニアンにぼくの思いを伝えるには十分すぎた。

「お願いだ、キニアンさん。あなたは息子を助けてくれた。どうか息子の願いを聞き届けてくれ」

「私からもお願いします。キニアンさん」

おじさんもノーマもキニアンに頭を下げる。キニアンはたじろいで、その場から動けずにいた。キニアンの返答はしばらくの間無かった。

「…………私なんかが……いいの?」

キニアンはおそるおそるぼくに言う。ぼくはゆっくりうなづいた。その場のだれもがキニアンがここにいちゃいけないとは言わなかった。キニアンはだんだん笑顔に変わっていく。笑顔だけど、キニアンは泣いていた。

「キニアン……泣いてるの?」

「違うのよチャリ。……嬉しいのよ」

キニアンは首を横に振りながら笑う。笑うけどまだ涙はこぼれていた。変なの。キニアンが笑ってくれてうれしいはずなのに、ぼくもなみだがこぼれてくるよ。ぼくは涙をおさえようと、目に手を当てる。

「どうしてだろう? キニアン。ぼく……うれしいはずなのに涙が止まらないんだ」

「泣きたい時は泣けばいいのよ。泣くことは悪い事じゃないわ」

キニアンはぼくの手を取る。すると、ぼくの目から涙が止まらなくなった。お互いに顔をくしゃくしゃにしながら、ぼくたちは一日中泣き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ