経過録11日目
頭いたい。ぼーっとする。ぼくはどうしてぬれてるんだろう。おき上がると、シャツに血が付いていた。肩がズキズキする。
目の前には滝が流れていた。滝の下にはだれかがうかんでいる。木の枝がその人の背中から出ていた。赤いシミがついた白い服がゆれるだけで、その人は動かない。あれはだれだろう。
ぼくの前に、黒いキカイが落ちていた。ぼくはそれをひろって、あちこちいじってみる。画面には目の前の滝が映っていた。ぼくにとって、このキカイは大事な物だった気がする。ぼくはしばらく、キカイのスイッチをあちこち押していた。
ぼくがいる川の岸に、何かがいる。ぼくはずぶぬれになった足のまま、そいつに近づいた。白いネズミだ。ネズミはぼくを見ると、おびえてにげようとする。ネズミは石ころをどけようと足をばたつかせるけど、ぜんぜん進まない。よわってるんだ。ボクはネズミをつまみ上げる。ネズミは怒ったようにキイキイ鳴いて、ボクの指をかじった。血は出たけど、いたくはない。やっぱりこいつよわってるんだ。手のひらに乗せてよく見ると、ネズミの体はキズだらけだった。
「ごめん、ぼくじゃ治せないんだ。だから、だれか助けを呼ぶよ」
ぼくはそう言ってネズミをなでた。ネズミは少し落ちついたのか、鳴くのをやめる。フラフラしながら、ぼくは家を探しはじめた。歩くたびに体中がいたい。だけど、このネズミだけは助けたい。自分でもよく分からなかったけど、そんな思いに動かされたんだ。
最初に行った家は、パン屋さんだった。パン屋さんがネズミを助けられるかは知らないけど、今はだれにでも助けを求めたかった。ぼくは家の人が出てくるまで、何度もドアをたたき続ける。
「うるさいねぇ。もう店じまいだよ」
ねぼけた声で、モジャモジャ頭のおばさんが出てくる。何度もまばたきをして、大きなあくびもしていた。
「このネズミさんを、助けてほしいんです」
ぼくは手のひらにつつんでいたネズミをおばさんに見せる。ネズミを見たら、おばさんはキンキンする声をあげた。
「な……なんだいアンタ! あっちに行きな!」
おばさんはバタンとドアを閉めた。ぼくは必死にドアたたく。手が赤くはれあがっても、ぼくはたたくのをやめなかった。何回たたいても、おばさんが出てくることはない。ネズミがたたいている手にのぼり、はれ上がった部分をなめた。ぼくはたたくのをやめて、ネズミを見る。ネズミはぼくがドアをたたくのをやめると、安心したようにボクの手の上で丸まった。
「……ありがとう。でも、かならずお前を助けるからね」
ボクはネズミをポケットの中に入れて、次の家に向かう。
次の家もぼくたちを受け入れてくれなかった。家の人はぼくたちを見るなり、関わるなとドアにカギをかけた。次も、その次もぼくを見るなり汚い言葉を吐いて、それ以上話をするつもりはなかった。どうやらぼくたちは、ふつうの見た目じゃないみたいだ。よそ者。ホームレス。異常者。色々な言葉でぼくたちは呼ばれた。
ずいぶん長い道のりを歩いて、ぼくはフラフラになっていた。ネズミもぼくも、どんどん弱るだけだ。もうぼくには、どこへ行けばいいのか分からなくなっていた。太陽がかくれて、雨が降り始める。ぼくはだれもいないお店の中で、雨やどりをした。お店はボロボロで、何もない。外れた板には、美味しそうなアイスクリームがかかれている。このアイスが食べられたらなあ。空っぽのお腹をさすりながら、ぼくは床にねそべった。
「ごめんよ。けっきょくぼくは、お前を助けられなかったね」
ネズミには、もうぼくの声が聞こえているのかも分からない。少しだけ口を動かして、息をしているだけだった。ぼくも段々眠くなっていく。指の先が冷たくなっていくのを感じた。
「雨が止んだら……またいっしょに行こうね。やくそくだよ……」
ぼくはネズミをむねに抱きよせる。まだ温かい。ぼくはネズミを離さないように、腕を交差させたまま眠りについた。
「ちょっと! しっかりして!」
遠くの方から声が聞こえてくる。だれだろう。助けを求めようとしたけど、ぼくはもう動けなかった。声はどんどん小さくなっていく。行かないで。ぼくの気のせいなのかもしれない。でも、ネズミだけは助けてほしい。暗やみに閉じ込められる前に、ぼくはいのり続けた。




