第16話・頼れる(?)先輩
音に釣られ振り向いたその先、のほほんとした顔でこっちを見つめる――
「あれれ? 乙女っちもう終わったの? 早かったね〜」
茶色い髪をした、1人の少女の姿があった。
(えーと……誰?)
薄手の白いパーカーに細身のズボン。
身長は比較的高そうに見える。
肩で揃えられた茶髪は艶やかで、愛嬌がある顔立ちをしている。
知らない人のはずなのに、どこか見覚えのある笑顔。
乙女は首を大きく傾げながらも、彼女へと言葉を返した。
「あー、すいませんけど。どちら様……です?」
その返答を聞いた少女は、口をあんぐりと開けたままパクパクと動かす。
乙女のことをじーっと凝視すると、次の瞬間、崩れたように膝から廊下に倒れた。
床に押し潰れている頬を気にせずに、少女が細々とした声で呟く。
「そんな、そんな……乙女っち、うちのこと忘れちゃったの……」
(忘れる……? けど、初めて会った気しか……)
顎に右手を当てながら、痴態を晒す少女を眺める。
(うーん……? 顔に見覚えも……ない)
小さく唸り声を鳴らしながら眉をひそめる。
床に倒れた後ろ姿を見続けていると、乙女はどこか既視感を覚えた。
(なんだろ……すごい頭が痛かった、気がする……)
まるで事の発端というか、混乱そのものみたいな。
「えっ、乙女っち。もしかして……ふざけてる? そんなまさかのまさか?」
にゅっと膝立ちした少女が、瞳をうるうるとさせながら口を開く。
その言葉を聞いた瞬間、乙女の脳裏に騒がしい声が蘇った。
『えっえっ、もしかしてふざけてる?』
『いやいやいや!? その格好で否定するのは厳しいよ!』
『言わないお約束!』
華やかな金色の髪に、ふわふわとリボンが舞う真っ白いドレス。
そして右手に握られた、燦々と輝く光の剣。
こちらを睨む少女、彼女の正体が分かった乙女は、視線を逸らしながら口を開いた。
「えーと……お疲れ様、です。白羽……さん?」
「やっと分かったの!? もう遅いよ乙女っち〜」
ムッとした表情を浮かべていた白羽が、乙女の言葉に破顔した。
なんだか申し訳なくなって、視線を少しだけ逸らす。
「変身、解いてるとこ……初めてだったので」
「あ〜、たしかにたしかに!」
乙女の言葉に納得したのか、膝立ちのまま手のひらをポンっと叩いた。
その後こちらをじっくり見つめてから、白羽は再び口を開いた。
「乙女っちはまだ解いてないんだね〜」
(あ。まだ私って、魔法少女の見た目なのか)
そういえば忘れていた、と乙女は自分の体を見下ろす。
すると、白羽が両足でさっと立ち上がり、てくてくとこっちに向かってきた。
「にしても、なんだろ……凄いよね!」
素早くしゃがんで衣装の袖を掴むと、フリフリさせながら不思議そうな声を漏らす。
そのまま数秒ほど揺らしてから、白羽は顔を上げて別の話題を口にした。
「そいえばさ……どうどう? 課長との話どうだった?」
「別に。何もありませんでしたよ」
ぐいっと限界まで近付いてきた白羽を、肩を押して引き離しながら乙女は答える。
「えー、絶対何かあったでしょー! だってだって、あの課長だよ? あの!」
押し除ける乙女の手を無視して、彼女は更に迫ってくる。
これ以上の追求がめんどくさくなり、乙女は無理矢理に話をすり替えた。
「白羽さんの方は終わったんですか」
「うん……? え。いや、全然? みんなバリバリやってるよ〜。もちろん蘭っちも」
白羽の返事に、乙女の思考が一瞬止まる。
ならば何故ここにいるのか、と。
「……あぁ、休憩だったんですね」
納得する意見が浮かび、乙女は手のひらを打とうとする。
しかし、次の言葉で右手は掠りもせずに空を切った。
「のんのん。嫌になったから脱走中」
流れるように、乙女は目元を両手で覆う。
それを気にも止めず、ふと思い出したのか白羽が話を変えた。
「あれ、そういえば。うちって、乙女っちにお名前紹介してなくない?」
彼女の言葉を聞いて、乙女は右手を口元に持っていく。
そして、数秒ほど黙ってから首を横に振った。
「あ、やっぱり? 忘れてた忘れてた〜」
白羽は右手を腰に当てると、顎を上げて口を開いた。
「Bランク魔法少女【幸運】、ラヴ・ホワイト! 本名、白羽 頼依だよ。よろしくね〜」
そして腰から右手を離して、こちらに向かって差し出してくる。
乙女が彼女の手を掴み握手を交わす。
「あぁ、はい。よろしく……白羽さん」
「可愛い後輩が出来て嬉しいな〜。なんでも先輩に任せてよ!」
自慢げな表情を浮かべて、ドンッと自分の胸を叩く。
「あ、はは……」と声を漏らしながら、乙女は口元をひくつかせた。
(不安しか無いっすよ、先輩。はぁ……)
白羽は乙女の手を離すと、両腕を持ち上げて背中を伸ばす。
「んー! ふぅ……そろそろ仕事戻んなきゃ〜」
「そうですね。すいません、引き留めちゃって」
心にも無いことを口にする乙女。
白羽は自販機のそばに戻ると、その場にしゃがみ込んだ。
取り出し口に手を入れて何かを引っこ抜く。
その手に握られているのは、CMをよく見かける有名なサイダー飲料。
姿勢を変えずにペットボトルを眺めてから、白羽はゆっくり立ち上がる。
そのまま勢いよく振り返り、乙女にノールックで投げ付けた。




