第12話・入口
「お疲れ様です、白羽さん。そちらが、先ほど報告された新人の方ですか?」
肩の辺りで短く揃えられた紺色の髪。
寝癖なのか、後ろ側が跳ね上がっている。
150センチを少し超える程度の身長。
着込んだスーツには、いくつ目立つシワが見える。
手に抱えられた書類が今にも落ちそうで、乙女は思わず駆け寄った。
「大丈夫ですか? 少し持ちますよ」
半ば強引に奪い取ると、困惑した女が口をぽかんと開けた。
そのまま宙を掴みながら、自分の腕と乙女を交互に見る。
すると、「うちも少し持ったげる」と言わんばかりに、ラヴが近付いてきた。
「すみません……ありがとうございます」
「ケースとかファイルに入れてきなって。なーんでバラバラで持ってくるの?」
(貴女がふざけた速さで来たからですが……)
常識を説くように話すラヴに、女は複雑な表情を浮かべる。
先ほどの現場から協会まで、車ではおよそ30分ほどの距離。
そして、ラヴと乙女の掛かった時間は――
(なんですか10分って……新人の方を、無理やり走らせたりでもしたんですか……?)
女は迷わず正解を導き出し、心の中でため息を吐いた。
「それでそれで、蘭っち、準備出来てる?」
「完全では無いですけど。上にも報告しましたし、魔石分析の方にも連絡を入れました」
蘭が左手で電話の形を作り、耳に当てながら話す。
今度は右手を前に出して、乙女とラヴが持つ紙束を示した。
「そちらの書類は、新人の方に渡す最低限のものとなってます。とりあえず、それらがあれば今日のところは大丈夫でしょう」
「お〜、さっすが蘭っち。しごはやだね!」
「こっちの言葉ですけどね」
ふざけたように褒めるラヴに、蘭は呆れた声をもらす。
2人の掛け合いをBGMにしながら、乙女は手元の資料に目を通していた。
(魔法少女の研修、適性診断……思ってたより現実的)
だが、そっちの方が良い。
現実味のない浮き上がった組織なんて、入るのは御免だ。
小さく笑みを浮かべてから、1枚、2枚と紙をめくっていく。
読み進めていく内に、乙女は1つの言葉に目を止めた。
「戦闘部、魔法少女課……魔女対策班」
魔法少女【断罪】【裁判】【警察】らをトップとする班。
日本全土の治安維持を目的としており、魔女との戦闘、追跡と捕縛を行う。
班に所属する魔法少女は、魔女の更生の為に対象を拘束した上で協会までの連行を業務とする。
ただし、やむを得ない状況または一級以上の魔女の場合、その場での討伐が認められる。
(やむを得ない……か)
そのとき、紙が潰れる音が耳に飛び込んでくる。
目線をずらしてみれば、自分の右手が書類の一部を握りしめていた。
(……無意識だったな。どうしたんだろ、私)
何度もまばたきをして、紙からゆっくりと手を離す。
『なんだ……疼きでもしたか?』
指先から書類がこぼれ落ちた。
耳に手を当てて、まばたきを忘れる。
聞こえた、私の内側から、誰かの声が。
そうだ、あの時に聞こえた声だ。
どうして魔法少女になれたのか。
なんで私は生きているのか。
思考を埋め尽くす疑問の合間、1つの記憶にたどり着いた。
(さっき私が、死に掛けた時の……)
「あれ乙女っち、なんかぽけーっとしてるけど。まさか、虫でも出た!?」
騒がしい声が耳に響いて、思考の雲がかき消される。
耳元から右手を下ろし、ゆっくりと振り向く。
「って、あれあれ。乙女っち、そんなニコニコしてどしたの?」
「え……ああ、ほんとだ」
ラヴの言葉に、両手を口元に持っていく。
そっと触れてみれば、いつのまにな不自然なほどに、口角が上がっていた。
「何があったの? ねぇねぇ」
「いえ、ほんと……なんでもないので」
笑みを消すように口元を拭ってから、その場にしゃがみ込む。
床に落ちた書類を拾う姿を遠くから眺め、蘭はこっそりとため息を吐いた。
どう見ても引きつった笑みを浮かべているのに、なぜ白羽は遠慮なく訊けるのか。
蘭が眉間を寄せていると、白羽の元気な声がロビーに響いた。
「なーんだ、何にも無いなら良かったよ! それじゃ蘭っち、早速出発する?」
視線を戻せば、乙女の腕を強引に引っ張りながら、近付いてくる彼女の姿が目に入る。
元気な声を出しながらも、ほんの少しぎこちない表情を浮かべる白羽。
その不自然な状況に、蘭は声を漏らした。
(なるほど……敢えての発言だったんですか)
おそらく白羽は、乙女の違和感に気付いていたのだろう。
魔法少女としての覚醒は、不安定な感情がキーとなることが大半。
初めての変身で、壊れてしまう新人も少なくない。
(少し前のあの子だって……)
蘭の脳裏に、顔の焼けた人影が浮かび上がる。
既にこの世を去ってしまった、新人の魔法少女。
液体が喉を這い上がる。
えずきを隠すように、蘭は口元に手をやった。
それと同時に、ラヴが乙女に声を掛けた。
「ねー乙女っち」
振り向いたラヴの顔を見ながら、どうしたのかと首を傾げる。
「この魔法少女協会・本部! 何人くらい魔法少女がいるか知ってる?」
「たしか……200、とか?」
「惜しい! 実はなんと、300人くらいいるんだよ!」
(300も……流石は本部、ってことか)
想像以上の人数に、乙女は関心の息を漏らす。
そして指を3本立てて笑うラヴに、心の中でため息を吐いた。
(けど、なにも惜しくないでしょ……)
数秒ほど、乙女とラヴはお互いを見合って固まる。
すると、離れた所に立っていた蘭が、ゆっくりと近付いてきた。




