第11話・ようこそ、魔法少女協会へ
魔法少女協会本部――
ハンガーラックに掛けられたスーツ。
部屋の隅に置かれた、枯れ始めている観葉植物。
薄暗く照らす、LEDシーリングライト。
忙しく稼働している冷房。
デスクにいくつも並べられた、エナジードリンクの空き缶。
手元に散乱した書類の束と、芯が出しっぱのボールペン。
ドアの外側に貼られた紙には、『魔法少女管理課・課長室』と丁寧な字で書かれている。
そんな部屋の真ん中で、1人の女がパソコンを弄っていた。
微かな呼吸音とキーボードを叩く音のみが、部屋の中に響いている。
静寂を破るように鳴り出したのは、側に添えられた固定電話だった。
「もしもし。こちら魔法少女協会本部、人事部魔法少女管理課。用件をどうぞ」
『お疲れ様です。管理課の蘭です。今、お時間よろしいでしょうか』
受話器から、焦りを感じるような声が聞こえてくる。
女は首と肩で受話器を挟むと、目の前に置かれた小棚からファイルを取り出す。
最初の1ページだけを捲る。
一瞬だけ目を落とすと、すぐに元の場所へと戻した。
「……用件は?」
『Bランク魔法少女【幸運】が、新たな魔法少女と遭遇しました。現在、彼女が新人を本部まで連行しています』
「分かった」
蘭の話を最後まで聞き、相槌を打つ。
流れるように、女は腕時計に目を向けた。
「ただ、あと数分もすれば定時。今回はアタシが担当する」
『了解しました……はいっ? 課長が担当するんですか!?』
電話越しに聞こえる声は、酷く混乱した様子だ。
女は背もたれに体を預けると、足を組みながら言い放った。
「今日のアタシは、星座占いで1位だったんだ」
突拍子もない言葉に、数秒ほどの沈黙が生まれる。
『はい……分、かりました。では、研修用の資料をまとめた上で、【幸運】と新人の迎えに行きます』
蘭が言い終えた直後、女は受話器を戻した。
足を下ろすと、椅子に座り直す。
滑るように右手をマウスに添えると、クリック音が部屋に響いた。
左手でデスクの上を探り、何かの缶を掴む。
「ああ、良い残業日和だ」
女は小さく呟くと、プルの開いたエナドリを一気に飲み干した。
「よーうこそ乙女っち! 我らが魔法少女協会へ!」
両手を突き上げて笑うラヴに、乙女は苦笑をこぼす。
砂場を走り木々を抜け、塀を乗り越え家に飛び乗る。
十字路で立ち止まり信号を待ったその先――
乙女の目の前には、高さ200メートルにも及そうな、ガラス張りの巨大なビル。
周囲の空気は重く澱み、息を吸い込むたび、何かが肺と心臓を強く満たす。
さっきまで自分の体を溢れていた、あのエネルギーのようだ。
「さっ、入って入って〜」
ラヴは乙女に手招きすると、軽快な足取りでビルの中へと入っていく。
それを追いかけるよう、乙女は小走りで自動ドアを抜ける。
(……ん? なに、今の変な感じ)
そのとき、卵の薄皮を破ったような、薄い膜を通り抜けた感覚を覚えた。
「あの……」
反射的に、ラヴに声を掛ける。
不思議そうな顔で振り向く彼女に、乙女は続けて尋ねた。
「このビルの入り口、何かあります……? 透明な壁というか、フィルターというか……」
胸の前で両手をさすりながら、慎重に言葉を並べる。
その瞬間、ラヴの瞳孔が大きく開かれた。
「わ、分かるの乙女っち!?」
勢いよく迫ったラヴが、どこか興奮した様子で腕を掴んでくる。
問いかけに乙女が小さく頷くと、今度は顎が外れたように口を開けた。
「これが、天才……! うち、とんでもない子拾っちゃったかも……」
「あー、えーと。説明してもらって、も?」
ラヴが口元を手で覆いながら戦慄する。
乙女は目を細めると、呆れたように問いかけた。
「実はね、この建物には特殊なバリアが張られてるんだよねぇ。【結界】の魔法少女ちゃんが作ったやつなんだけど」
【結界】の魔法少女、聞いたことのない名前だ。
テレビや周囲の人達の会話で、魔法少女の名前は嫌でも入ってくる。
なのに聞き覚えがないのは、メジャーじゃないからなのか、協会の秘密だからなのか。
とにかく、今の私に分かることは――
(また踏んだかも、変なフラグ……)
「この結界の効果、知ってる? なんとなんと、分かっちゃうんだよ!」
「……何が?」
ラヴが待っていた言葉を、適当に返す。
「絶対聞いて驚くよ……なんと、実は……魔力で人を判別出来るんだよ!」
満面の笑みを浮かべながら、ラヴは両手を広げて語る。
「防犯にもなるし、何かあっても犯人が分かっちゃう。さすが協会本部! って感じだよね〜」
「はぁ……なるほど」
(便利な力、魔法って……信用性に欠けたりはしないのか)
自慢げな様子の彼女に、乙女はため息の籠った返事をする。
ラヴは少しだけ前に進むと、振り向いて上を指差した。
「この結界、そこらの魔法少女が気付くことすら出来ないんだよ〜?」
ゆっくりと腕を下ろし、指先を乙女に突き付ける。
「なのにまさか、すぐに気付くなんて凄すぎるよ!? もしかしてベテランだったりする……?」
「いや違いますよ……ついさっきまで、ただの学生してたし」
冗談混じりの問いかけに、乙女がすぐさま否定する。
するとラヴは、今度は人差し指で自分のことを差した。
「ベテランのB、Bランクのうちですら感知するまで、えーと……3、4年? とか掛かったんだけどぉ……」
「あー、そうなんです……ね。ふふっ」
コミカルに肩を落とすラヴの姿に、思わずくすりと笑みをこぼす。
そのときだった。
コツ、コツ、コツ――
こちらにゆっくりと近付いてくる、乾いた足音が乙女の耳に聞こえた。




