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97 ゼタ様の正体

「い、今それを言いますか……? なんかもう、そこを突っ込むターンは終わったと思ったんですが……ち、近いですよロナくん……」

「いや、あの時はもっと他に色々あったので! 本当にどうして……というかさっき、民衆の手で殺されたとかなんとか言ってましたけど」

「そ、そんな事よりですね、今は次の一手を考えないと……」


 何をそんなに焦ってんだ。

 なぜかたじたじになっているゼタ様の肩を逃がすまいと掴みながら、俺は先ほどの会話を思い出す。


「さっき、記憶を取り戻した……解呪を受けたとかなんとか言ってましたよね? そう言えば俺、『解呪の奇跡』を使ったことがあるんですよ」

「そ、それがどうしたんですか。そんな事より今は、全ての世界が救われるかどうかの瀬戸際なのですよ! どうでもいい会話なんて忘れて、さっさと……」

「それにゼタ様はさっき『私には優秀な部下が居ますから』って。これってつまり『解呪』をしたのは……」

「ど、どうしてそこまで覚えているのですか! 頼むのでもう……」

「グラシア様、だったんですか」


 俺が言うと、ゼタ様は逡巡の末に吹っ切れたように叫ぶ。


「……そうですけど! だからなんだって言うんですか!」

「どうして黙ってたりなんかしたんですか、さっさと身分を明かしてくれていればもっと……」

「私だって! 本当はそうすべきだと思ってたんです!」


 じゃあなおさら、さっさと教えてくれよ。

 なぜかゼタ様は顔を赤らめて、肩をぷるぷるとさせ。

 

「二か月ほど前! あなたがわたしに解呪の奇跡を間違って使ったことがあったでしょう! その時まで、わたしはヨクトの……ではなく、エレミアの手によって記憶が消されていたんです! そのせいで、なんだか変な人格を部下のあなたに見せてしまって……」

「あー、確かにグラシア様ってめっちゃ言葉遣い荒いですし、割とよくイライラしてますし、初対面の時は泣きながら俺の上に馬乗りになって首絞めて来ましたし……」

「あああああああああやめてくださいいいいいいいいいい!」


 四つん這いになって慟哭するゼタ様。

 黒歴史を掘り起こされたみたいな反応だな。


「あ、あなたが急に記憶を解放してしまったせいで、どうやって接すればいいか本当に困ったんですからね⁉」

「悩んだ末、知らないふりを突き通そうと?」

「……そう言うことですっ!」


 解呪の奇跡をかけた時は確かに動揺してたけど、それ以降にあまり変化は感じなかったな。

 裾をいじいじとしながらこちらを見上げるゼタ様の姿を見ていると、あまりあの教皇様と同一人物と言われてもピンとこない。


「つまり……相手が知人だというのが分かったうえで、別人格を演じ続けてたわけですか」

「も、もうっ! グラシアの事は全て忘れてくださいっ! 今は一秒でも時間が惜しいのです!」


 何をこんなぷりぷりしてんだこの人は。

 ゼタ様はうらめし気にこちらを見上げ、話を仕切り直すように指を立てる。


「これからあなたには、過去に戻って貰います! 天界と、その下の全ての世界はこれからのあなたの行動に全て掛かってるんですよ!」

「ええ……それは知ってますけど、でも、何をしようが監査は一年後なんですよね? エレミアはその前に逃げるつもりみたいじゃないですか。これだと過去に戻ったところで、現状はどうしようもない気が……」

「いえ、そんなことは有りません」


 ……そうなの?

 自信を込めてゼタ様は言う。


 でも、一年以上前に戻る……のはだめだよな。

 その時代は俺のことを誰も信仰していない。

 戻った瞬間に存在が消えるだろう。


 となると……最大でも三か月以前にしか戻れない。

 なのにエレミアは、一年後の監査までに他世界へ逃げるつもりで……?

 

「……どう考えても無理なんですが」

「そうですか? 先ほど、惜しいところまでは行っていましたよ。この国の暦を変える、という所で」

「暦を変える……天界で参照されてる暦は、この世界で最も影響力のある国ですよね? だからゲティアのを変えても意味がないって……」

「なら、意味がある状態にすればいいんです。つまり……ゲティアを、『世界で最も影響力を持つ国』にするんです」


 影響力を持つ国に……する……?

 ゼタ様は悪戯っぽく笑い、鼻先に指を突き付ける。


「そう言う……ことですか。ゲティアを『その』国にしてしまえば、天界はゲティアの暦を参照するようになって……今日この日が、監査の日になる……?」


 ……とんでもないことを言うな。

 けれ……確かにこれは『不可能』じゃない。


 これまで俺たちは、無数の不可能をひっくり返してきた。

 それと比べても、また一段大変だけど……


「……にしたって、信仰はどうするんですか。今この状態で過去に戻っても、五秒と持ちませんよ」

「分かっています。ですから、私とディアロの持つ力を全て、あなたに付与します。これがあれば二週間は……」

「ちょ、ちょっと待ってください? い、いまディアロって言いました?」


 な、何でその名前がここで……

 俺が遅れてツッコむと、ゼタ様は首をかしげる。


「そうですよ。利害が一致しさえすれば、彼とは協力できます。特に、今回の件は天界全体の危機ですから……信仰を譲渡するよう頼みこんだところ、承諾してくれました」

「で、でも信仰を全て渡すって、死ぬってことですよ……?」

「はい。しかし死ぬのはこの世界線上での話です。そんなこと、何の意味もないです」


 そうかもしれないけど……そんな理屈で、死を受け入れられるか?

 ゼタ様もそうだけど、ディアロなんか赤の他人のはずなのに……


「そ、それならゼタ様はついて来てくれないんですか? 俺に渡すくらいなら、ゼタ様がご自身で来てくだされば、二倍の効率で動けるじゃないですか」

「いえ、消費する信仰が二倍になって、動ける時間が二分の一になるだけです。今、全力で用意できる信仰はせいぜい半月、二週間程度です。これは全て、あなたに与えます」


 言葉を切って、ゼタ様は俺に向き直る。


「やるべきことは、分かっていますね?」

「……はい」


 その眼差しは、俺を信じ切っている。

 これだったんだろうな。人を信じる、俺がずっと出来なかったこと。


「俺がやるべきは、この二週間でゲティアを世界で最大の国家にし……戦争を終わらせ、破滅指数を平和な状態にすることです」


 そうすれば、天界はこの世界に目をつけてくれるだろう。

 本物の監査官が介入すれば、エレミアが他世界に移る前に捕まえることが出来る。


 ……改めて、二週間でやり切るにはむちゃだな。

 でも、やらなきゃ世界が終わるんだ。


「そのためには、王国との戦争に勝利する必要があります。課題は大きく三つ。イグナート翁の誘拐による、ヘロシュとの関係悪化。ユゴルアの新式大砲の導入、ウルグガルグの新王による軍の派遣……」

「その通りです。これらを解決し、経済力と軍事力共に力をつける。そこで国際的な力関係を逆転させ、ゲティアをこの世界で最も影響力のある国にするのです!」


 最大の国家である王国に勝利し、たった二週間で国際情勢をひっくり返す。

 チャンスは一度きり。もう二度と遡行は使えない。


「過去に戻ったらまず……私に協力を仰ぐ所から始めてもいいかもしれません。くれぐれも、あなた一人で背負いこもうとしないこと、ですよ?」

「……痛いほど、分かってます。ゼタ様もちゃんと信じてくれますよね?」

「当たり前です、私はあなたの上司ですから!」


 月の光に照らされて、ゼタ様は笑みを浮かべる。

 ゼタ様の差し出した手を握ると、どくどくと力がみなぎって来る感覚を覚える。


「ゼタ様……⁉」


 膝から崩れおちるゼタ様に、後からその意味を理解する。

 ゼタ様は苦しそうにあえぎながら、それでも信仰の譲渡を辞めない。


 分かっていても、心配だ。

 手を握って膝をつく俺の不安に気づいたのか、ゼタ様は小さく笑って。


「大丈夫です、あなたは私の自慢の部下……なんです、から……! た、頼みまし、た……よ…………」


 瞼を上げる力も残されていないのか、ふっとゼタ様は目を瞑る。

 握る力を弱めると、その手はするりと抜けて地面に落ちた。


「……任せてください、行ってきます」


 自慢の上司に倣って笑顔で言ったその言葉に、返事は無かった。

第十章を最後までお読みいただき、本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当にありがとうございます!


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