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96 世界の消去

「な、何を言って……?」

「世界の消去を行うと申し上げました。危険ですので、ご注進を」


 せ、世界の消去……?

 エレミアの口から、そんな言葉がどうして……


「そ、そもそもエレミアさん……で、あってますよね? なんで大賢者様が、世界の事を……」

「そう思われた方が都合が良いので賢者と名乗っておりますが……私は下界の人間ではありません。私は『天界監査官』として、この下界にやってきております」


 天界監査官……その世界の、破滅指数を調査する監査官のことだ。

 ……そうか。どんな世界にもいなきゃおかしいよな。


「調査の結果、この世界に天界の信仰枯渇災害を引き起こした犯人が逃げ込んでいる可能性が、極めて高いと判断されました」

「……! ほ、本当ですか……!」

「そのため、然るべき処理を行います」


 然るべき処理。

 それがもしかして……?


「この世界に潜む犯人を、数千万の人口から特定することは困難です。よってこの世界を百年前の大災厄まで戻し、世界をリセットすることで、世界線ごと消去する処置を実行することが決定されました」

「……百年前に、ですか?」

「はい、いわゆる『テイム』が世界を支配した、それ以前に戻します。この世界線が変われば、この世界に潜む犯人は世界線ごと消えるため、確実に抹消されます」


 ……確かに、それが一番確実な方法か。

 ぼんやりと処刑台に群がって騒ぎ立てる人々を眺めながら、エレミアは続ける。

 

「同時に貴方の行った高度文明破壊の歴史を、変更することになります。これにより、あなたの行った文明破壊の回数は解雇規定の基準を下回ります。よって下された処分は撤回されます」


 ……は?

 言いながらエレミアは、指で宙に長方形を描く。

 オレンジ色の火花が飛んで、そこにはゲートが開いた。


「しょ、処分が撤回されるって……」

「天界に、お戻りいただけるという事です。これよりこの世界は消去されますので、その前にこちらから避難していただきます」

「ま、まってください、世界のリセットは決まったことなんですか?」


 話が急すぎる。

 俺が尋ねると、エレミアは首をかしげた。


「そう申し上げました。何か問題が?」

「いや……その。この世界を百年前からやりなおすってことは……ここにいる人たちは皆、生を受けないってことになる……わけですよね」


 それってつまり……あいつら全員が居なくなるってことで……

 俺の言葉にエレミアさんは、何を当然のことをという顔をしている。


「百年前の大災厄を防げば、世界線は大きく変わります。確率的に同じ人が生まれる事はほぼないと言って良いかと。それがどうかされたのですか? ロナ様はこの世界に、天界を救うためにいらっしゃったのですよね?」


 ……そう、だよな。

 俺は何を動揺してるんだ。


 世界は救われて、天界にもどれて。

 どう考えても最高の提案だろ。


 ……いつの間にか、ゲティアを救うことばかり考えるようになっていた。


 けど、大元の目標は、天界を救うことだ。

 こんな小さな世界の、こんなどうしようもない国のことなんか、本当はどうでもいいんだ。


 あいつらと色んな時間を過ごしてきたのも、全部天界を救うため。

 情に流されて、判断を間違えるべきじゃない。


 そうだ、この選択だって、彼らを苦しめるようなものじゃない。

 むしろこれは、苦しみから解放してやる行為なんだから。


「……分かりました。この門をくぐれば良いんですね?」

 

 頷くエレミアさんに、火花の散るゲートに足を踏み出す。


 彼らの幸せをぐちゃぐちゃにするだけして、うまくいかなかったからと全部なかったことにする。

 そんな罪悪感を抱く必要なんて、どこにも……

 

「止まりなさい。その門に入ってはいけません」

 

 その直前で、声がした。


「足を踏み入れないでください、それは罠です」


 この声、どこかで……

 聞き覚えのある声に、思わず足を止め。

 振り返った先の光景に、俺は思わず目を見開いた。



「ゼ、ゼタ様…………⁉」



 雪のような純白の長髪と睫毛。


 小柄な体躯を黒の衣に包んだかつての上司が、エレミアを睨みつけていた。



「そのものは、本物の天界監査官ではありません。これは罠です」

「……何を仰っているのですか。そもそも貴女は誰ですか、天界監査官の業務妨害は重罪ですよ?」

 

 ……罠?

 エレミアが言い返すも、ゼタ様はこちらをじっと見つめ。


「耳を貸してはいけません。世界介入を行うのは、その年の初めの日と規定で定まっています。本物の監査官ならば、こんなタイミングで世界介入を行うはずがありません」


「……え? な、ならこいつは……?」

「先ほども話題に出ていた……天界に災厄をもたらした黒幕です。公安課の捜査資料では、『ヨクト』と呼ばれていましたが……」


 は、はぁ……⁉

 さ、災厄の黒幕……⁉


 思わずエレミアを見つめると、監査官を名乗った少女はため息を吐き。


「……なぜ、貴様がここに居るのか理解に苦しむな。貴様はたった今、民衆の手で殺されたはずだろう?」


 その姿とはちぐはぐな低い声で、そう言った。

 ……民衆に殺された? ゼタ様が?

 

「神である私が、奇跡を使えることくらい知っているでしょう? そんなものはいくらでも偽装できます」

「……記憶を完全に取り戻したようだな。どこかで解呪を受けたのか?」

「えぇ。私には、優秀な部下が居ますから」

「……そうか、まぁ良い。貴様らを始末してから、悠々と次の世界へ移るつもりだったが……どのみちお前たちは終わりだ」


 ……何の話をしてんだ?

 エレミアは指を突きつけ、蔑むように睨みつけて来る。


「信仰を失った貴様らは、今日この日を生き延びる事すら出来まい。放っておけばじきに死ぬ。貴様らは終わりだ」


「違います、終わるのは貴方の方です。そうですよね、ロナくん!」


 ……え? 俺?

 戸惑う俺に、ゼタ様は呆れたように。


「な、なんでそんなピンと来てない感じなんですか。もし相手が本当に放っておくだけで大丈夫なら、わざわざ姿をさらすリスクを取るはずがありません、ですよね?」

「……確かに」


 でも、だからなんだってんだ?

 全然話についていけていない俺に、ゼタ様は顔を曇らせる。


「だからこそ、こうして黒幕をおびき寄せたのが今日この日、この時間なのは、意図があったんですよね? ほらロナくん!」

「……何を言っているんですかゼタ様」

「あ、あれ……? ほ、ほら、耳を貸してください! こ、暦ですよ、暦……!」


 ゼタ様はつま先立ちでこそこそと耳打ちしてくるけど……

 暦? というと……

 

「暦って……暦を変える法案の話ですか? よく知ってますねゼタ様。確かに新暦の施行は明日ですけど。それが何か…………あ!」

「あ、じゃないですよ、全く……」


 やれやれと首を振るゼタ様。

 俺は気を取り直して、苦い顔をするエレミアに指を突きつけ。


「そ、そうだエレミア! もうすぐで日付が変わる。そうなれば、このゲティアの暦は新たな暦に代わり、一月一日になる!」

「そう、十二時までは残り数秒です。だからこの日を迎える前に、ロナくんを処分してしまいたかったのでしょうが……焦り過ぎたようですね」


 ……そうか。

 エレミア視点だと、今日この日を過ぎるまでにゲティアを崩壊させ、俺を完全に消滅させなきゃいけなかったのか。


「天界の介入はその世界の初めの日。つまり今この瞬間、お前は……!」

 

 空を見上げ、そのときが来るのを……

 待つ、けど。


「……何も、起こりませんけど」

「当たり前だ、なぜ天界がこんな弱小国の暦を参照していると勘違いしている。そのような小細工は意味がない」


 ……そっか。

 エレミアに冷静な突っ込みを受けて、俺は固まる。

 確かに、天界ではその世界で最も大きな国の暦を共通歴として参照する……そういうルールだったっけ。


「……ですって、ゼタ様。マズくないですか?」

「わ、わたしは最初からそんなことは知っていました! そもそも戦争が終わっていないのですから、天界が干渉してくるはずないでしょう! あなたが勝手に変なことを言い出して……!」

「そ、そうなんですか? なら何を……」

「時間遡行です! 遡行の残り回数のほうですよ!」


 遡行回数……あっ。

 そうか、遡行回数は一年に一度だけ増えるんだった……!


「……これだからここで処分をしておきたかったのだがな。今から貴様を殺そうとしても、時間のかなたに逃げられるのだろう」

「我々神は何物も殺すことはできません。それは貴方も同じはずです。だから私を民衆に処刑させ形で殺そうとしたわけでしょう」


 そうだったのか。

 だからさっきも、俺にゲートをくぐらせようとして……

 たぶん、あれに足を踏み入れていたら死んでいたんだろう。


「だが、依然として貴様らに希望は無い。遡行回数は一度だけ。それに、過去に戻っている間生き続けるためには、信仰が必要だ。過去に戻って、その枯れ果てた力で何でもやってみるがいい」


 エレミアは冷たい笑みを浮かべると、踵を返す。


「何をしようが次の監査は一年後だ。貴様の死を見届けた後、それまでにたっぷりと時間を使って、次の世界へと旅立つことにする。せいぜいお仲間と遊んで、時間を無駄にすることだ」

「待ってください、最後に一つ」


 俺の言葉に、エレミアは足を止めない。


「先週から立て続けに仲間たちが死んでいったのは……あなたのせいだったんですね?」


 聞こえなかったかのように、エレミアはその場を去って行った。

 過去にもどれる俺にとって、どんな情報も利点になるという事を完全に理解しているようだ。


 その小さな背中が消えてなくなるまで、ゼタ様と俺は茫然と眺める。


 それから俺は、ゼタ様の方を振り向いて。

 さっきからずーっと言いたかったことを、俺は尋ねる。


「……そんなことより、何でゼタ様がここに居るんですか?」

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