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91 綻びと死

第十章


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 『ゲティアは、魔族に与する共通敵国である』

 

 エンデ王国は、魔族軍による王都侵攻の失敗とともに、この宣言を発表した。

 これが国際社会の共通理解となれば、ゲティアは死んだも同然である。


 なんとしてでも、四大国を相手にするのだけは避けなければいけない。

 ゲティアはすぐに全国に使節が送り――


「……ゲティアに、オブシディアという名の岩晶族の少女が居るはずですよ」


 ユゴルア外相は、ゲティア使節が面食らうのも構わずに言葉を続ける。


「彼女の身柄を引き渡しなさい、それが条件ですよ」

「お、恐れながら……当方、そのものの名を存じ上げません。それは一体なぜ……」

「理由を答える義理はありませんよ。現状は王国に兵器を卸していますが、そちらが条件を飲めば、同等の武器を買う権利を与える。それだけのことですよ」


 にこにことしながらもきっぱりとした物言いに、ゲティア使節は冷や汗をかきながら訊ねる。


「ほ、他の条件は……」

「ありませんよ。帰ってそれを教皇に伝えなさい」


―――――――――――


「オブシディアと言えば……オブシディアの隠し財産で有名な、あの?」

「それがゲティアに居ると、そう言われたのか?」


 協議室の中の一同が首を傾げる中で、教皇は口を開く。


「しかし……何に変えてもユゴルアの協力は得なければなりません。オブシディアという名の少女、見た目の特徴を触れ周るよう手配しなさい。……次、ヘロシュ使節、報告なさい」

「はっ」

 

 下手の役人が立ち上がるも、顔色が優れない。

 教皇は既に、いやな予感を覚えていた。


「へ、ヘロシュとの交渉は、始終主張が通りませんでした。種痘を提供するという約束が白紙に戻ったことから、信頼を失ってしまったようで……その種痘も、既に王国と取引をしてしまったと……」


 協議室にどよめきが広がる。

 王国が独自に種痘を作ったという話は初耳だった。

 

「……分かりました。既に失われてしまったものを悔やんでも仕方がないでしょう。今は、その薬を発明した医師の捜索を続けなさい。そうすれば、また交渉の余地が出るかもしれません」


 努めて前向きに振舞おうとする教皇が不安を隠すように、両手を机の下で握りしめていると。

 突然、協議室の扉が勢いよく開かれる。


「……どうしましたか。今は大事な協議中で……」

「も、申し訳ありません! で、ですが今、市場を巡礼していた兵士から報告が! 大通りの門に、岩晶族の少女が吊るされていると……!」



――――――――――――



 門の上に吊るされた少女。

 胸元に刺された長い刀から血が滴ってきている。

 だらりと脱力した体に、黒い光を放つ眼の下の宝石。

 その顔がはっきりと見えるように、その少女は吊るされていた。


 見知った顔が死ぬ。

 幾度となく見た光景。

 だけど、やりなおせない死は初めてだ。


 ズーは、ヴィストは、アニマは、どう思うんだろう。

 ユゴルアに今も幽閉されている彼女の父は、どう思うんだろう。


 目の前の光景を信じられないまま、ふらふらと人の群れに逆らって歩く。

 平和なムードは過ぎ去り、徐々に怪しい空気が満ちていくのを感じる。

 

 ――ユゴルアとの交渉材料が無くなった。

 ――ゲティアの存続が危ぶまれる。

 人が死んだというのに、そんな事しか言わない人々に怒りを覚えてしまう。

 

 ……だめだ、冷静になれ。

 

 ここで取り乱してどうする。

 過去の俺を見ならえ、下界の生物が一つ死んだところでなんだ。

 たまたま俺の近くにいる時間が長かったからって、同じ命を贔屓するのか?


 俺は、俺はどうすれば……


 呆然と立ち尽くす中、ぐいっとその手を掴まれる。

 な……っ⁉

 頭がそのことを整理する前に俺は強引に手を引かれ……


「うぐ…………っ!」


 薄暗い路地裏に打ち捨てられて見上げる。

 

 そこにいたのは……肩を怒らせた、屈強な獣人たち(・・・・)


 見覚えのある光景。

 だけど、ズーの姿が無い。


「ま、待っ……! い、一体何が……」

「るせぇ! 意味の分からねえことの連続で、俺らだって頭がおかしくなりそうなんだ! 突然会社が倒産したりよぉ、出資してた奴らにボスが狙われるようになったりよぉ!」

「ボスがずっと目を覚まさねえんだぞ! 寝込みなんか襲いやがって!」

「俺達を危険なモンに巻き込みやがって……っ!」


 ――死ね――お前のせいで――ボスを返せ――お前さえ居なければ――


 殴る、蹴る、折る、叩きつける、踏みつぶす。


 認知を超える痛みの雨に、獣人たちが大声で罵る言葉すらまともに聞こえない。

 そのどれもが、最大限の憎しみを込めている。


 痛い、痛い、痛い、痛い……

 逃げる方法もない。今度こそ、過去には戻れない。


 このままじゃ、本当に死――――


「ん、んだテメェ⁉」


 ……なんだ?

 意識が落ちるその直前に、獣人が驚いた声を上げる。

 リンチが止まったことにも、すぐには気づけなかった。

 朦朧とする意識のなか、ようやく薄目を開けると。


「……に、ニーアさん?」


 ど、どうしてここに……⁉

 取り囲んでくる獣人たちとの間に、尾をぴんと立てたニーアさんが毅然と立っていた。


「離れて、頂けますか」

「あぁ⁉ さ、サピアが何の用だゴラ! てめェには関係……ッ⁉」

「……戦いなら、お付き合い致します」

 

 食って掛かる獣人は、ニーアさんの手によって地面にたたきつけられていた。

 

「ふざっ……舐めやがって……!」


 目の前で繰り広げられるニーアさんと獣人たちの戦闘の傍で、俺は体をどうにか起こす。

 獣人は波のように飛び掛かるが、いつまでたってもニーアさんには傷一つつかない。

 強い。あまりにも強すぎる。


「ヴィスト様が倒れた今、臨時のボスをズー様が代わりにされているとお聞きしていますが……お姿が見受けられませんね」

「うるせぇ! てめぇに何の関係が……」


 息一つ乱れないニーアは最後の一人を投げ飛ばすと、そのうちの一人に顔を近づける。


「やはり、ズー様に見られては困るのですか。そうだと思いました」


 そう言って顔を上げ、路地の向こうへ目をやると。


「やー、わりぃわりぃニーア! 話ってのはなんだあ?」


 当の本人が、のんきにそう言いながら手を上げて走り寄って来て……目の前の光景に目を丸くする。


「……お、おい何だよコレ! 何やってんだニーア、何でウチの奴らを……しかもロナまでボコボコにして……!」


 路地に転がる仲間たちに驚くズーに、ニーアは小さくため息を吐いた。

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