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90 大逆転

『中央指令部より西翼第一隊へ。東翼に急襲アリ、直ちに急行セヨ』

『中央指令部より西翼第三隊へ。北城壁周辺に敵影アリ、直ちに急行セヨ』

『中央指令部より西翼第四隊へ。港から中央へ兵站の補給を命ず、直ちに――』


 望遠鏡に映る西翼城壁の兵士の影は、みるみるうちに減って行く。


「……やっぱり。暗号化された通信ってのは、それだけで疑いを持たなくなるものね」


 小さく呟いて、リヴィゼは攻撃命令を出す。

 この数日間、陽動を繰り返すことによって、暗号のパターンを割り出すことに苦心して来た。


 どの部隊が共通の鍵を使っているのか、どのタイミングで鍵は更新されるのか、命令はどういう定型文なのか……

 この日のために、全てを研究し尽くしてきた。


 全隊の鍵を手に入れ、相手の通信はその全てが筒抜け状態。

 そして今日、ここ一番で『偽の命令』を出すことで一時的に西翼の人員を薄くした。


 今しかない。


「撃て――――っ!」


 一斉に砲台が火を噴き、西城壁上の砲台に鉄の雨が降り注ぐ。


「敵砲台全滅! 全軍進め! 城門を突破する!」


 手薄になった西翼が体制を立て直す前に、王都西区への進軍を進める。

 その最中にも、通信の傍受は続ける。

 リヴィゼは魔物兵から渡される膨大な解読結果に目を通しながら、考え続ける。


『西区突破されたし、外壁防衛を除く全ての隊は中央区西口へ急行セヨ。一時的に港の防衛を打ちきり、人員と砲台を固メヨ』


「港から中央区へ人員移動……ね。なら第二陣、港上陸を行え!」


 全ては手のひらの上。

 相手の打った手を見てから、こちらは対応するだけ……!


「港は制圧! 砲と船を確保致しました!」

「よし、なら港からも中央区へ砲撃を始めなさい。戦力を分散させようとしてるってのは、向こうも分かってるはず。だからリスクを取っても咎められることは無いわ、どんどん攻め込みなさい」

「はっ!」


 西区を確保し、その反対の港から挟み撃ちにする形。

 疲弊した王国軍に追い打ちをかけるように、砲や火薬も占拠した。


 これで王都が落ちるのは時間の問題……!

 停戦の場で刃を振るったこと、後悔すると良いわ。


 リヴィゼは感情を高ぶらせながら眼を紅く光らせ、燃える王都を見上げる。


 ……長かった。


 思えば、ゲティアの野蛮人どもと変な関係を結ぶようになってから、目まぐるしく戦況が変わり続けた。

 最初はどうせ未開人だからと侮っていた。

 けど予想外に能力のあるやつも……いや、使える奴も多かった。


 悔しいけど、シャノンに操られずに魔族軍の力だけで王国を倒そうとしても苦戦していただろう。

 いわばアレは、ローナ神のおぼしめしだったのね。


 主があの子を使わしてくれたおかげで、魔族は再びこの世界を席巻することになる。

 新世界を再び支配し、囚われ虐げられている同胞たちを――

 

 と、違和感を覚えて手元を見る。

 赤い……光が……


 見れば、本当に緊急のときだけ使われるはずの赤いオーブが、繰り返し光り続けている。


『外敵! 西区ヨリ外敵ト接敵セリ!』


 ……外敵?

 混乱する頭が収まる前に、オーブは再び光り。


『獣ノ紋章ヲ確認サル。獣人部隊、総数不明、三万以上ト推定――――』



――――――――――――



 帝政ウルグガルグ軍。

 この世界においてはエンデ王国軍が世界最強の軍である、という事に異論のある者はいないだろう。


 しかし、世界最強の兵は何か、と言われれば、ウルグガルグこそが最強だ、と誰もが口をそろえてそう答える。

 

 震えあがる魔族軍に、リヴィゼだけはその報告に違和感を覚えていた。

 敵がウルグガルグ軍ならば、顔を見れば獣人と分かるはず。

 それがなぜ先に、獣の紋章の報告が先だったのか……


 その違和感は、大地を揺るがす轟音と共に氷解した。


 体に響くその音だけで、理解してしまう。

 今魔族軍が操る砲が、子供の児戯に聞こえるほどの威力。


 けた外れの轟音と共に、部隊は弾き飛んで行く。

 羽をもつ魔物が四散し、地を駆ける獣が血をまき散らして飛んで行く。

 砲弾を込めようとした、その魔物が次の瞬間には城壁にへばりついている。


 敵は、圧倒的な()を持っていた。


―――――――――――――


「ウルグガルグの援軍に、ユゴルアの開発した新式火砲。予想を覆す戦力の前に、魔族軍は大打撃を受け、撤退を余儀なくされました。」


 獣人は一度言葉を切り、相手を見上げる。

 星明かりと頼りないランプの光では、相手の顔色はうかがえない。


「魔族軍はエンデ南西部の砦で体制を立て直している所ですが……王都港の海上封鎖は解かれ、更にヘロシュからの大量の物資が届いている様子です」

「同盟戦線の密約、その支援が実を結んだ、と言った所か」

 

 揺れるランプの光から空へと視線を移しながら、その相手は言う。

 

「はい。少々資金がかさみましたが……間に合いました」

「それは良い。ユゴルアはもとより、金を積めばどうにでもなると思っていた。それより、ヘロシュとの関係はよく間に合わせた」

「種痘の問題がございましたので。これを盗みだすことでゲティアとの関係は悪化し、王国へと融資を回すよう誘導いたしました。現在は、かの医者の大切な者の命を握ることで、種痘の培養をさせております」

 

 獣人はまっすぐに道の向こうを見つめる。

 夜の断頭台は、死んだような静けさをまとっている。

 黙り込む相手に、獣人はふと顔を上げると。


「して、ウルグガルグへの工作はどのように? 二国の関係あまり良いとは言えない状況だったと存じますが」

「ウルグガルグ王を衰弱死に見せかけて暗殺した。現王がどうも王国への悪感情を強く持っていたのでな」


 歩く歩調と獣人の尾の揺らぎが、一瞬だけずれる。

 それでも獣人は目をそっと閉じて。


「…………そう、でしたか」

「暗殺の方はおまえの毒研究のお陰ですぐ済んだが……後継者選びの方が苦労した」


 珍しく愚痴をこぼす相手は、ランプの灯を落とす。

 ふと辺りは更に黒に染まった。


「おまえもウルグガルグの出だから知っているとは思うが、今、純粋な王族の血はウルグガルグに存在しない。王の血族から外れたものへの戴冠は、思ったよりも世間の風当たりが強かった。結局は根回しすることで王国に融和なサピアの王を立てることが出来たがな。ベイル……とか言ったか」


 獣人は何も言わずに歩みを進める。

 相手は断頭台をしばらく見回して、そうして再び口を開く。


「とりあえずはよくやった。続けて偽神まわりの監視を続けろ」

「……はい」

「奥の手は枯らしたが……奴の事だ。油断はするな。そして特に偽神、その周りのものを、徹底的に叩き潰せ。逆転の芽を根絶やしにしろ」


 雲間から月が覗き、断頭台の刃がぬらりと光る。


「手段は問わない。奴らの生死も」


重ねる言葉に、獣人は答える。


「承知しております」

第九章を最後までお読みいただき、本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当にありがとうございます!


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