86 ハギア講和
第九章
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エンデ南西部、王国の命とも呼べるハギア砦。
その一室で、魔族軍の最高司令であるリヴィゼと、王国軍の総帥が、互いに護衛を引き連れて顔を合わせていた。
「エンデ港と砦の所有を認めて、略奪について罪は問わない……。それだけ? それだけで、これ以上の侵攻をやめろって?」
背筋を伸ばし、緊張感をもって話し合いに臨む王国軍の面々に対し、リヴィゼは机の上に足を投げ出している。
「おまえたち、虫が良すぎるんじゃない? 今確保してる土地は、とーぜん余のものなの。おまえたちが認めるようなもんじゃないわ。もしこれ以上手出しされたくないなら、相応の賠償金が必要でしょ」
「ば、賠償金だと? しかし、我々はまだ敗北していない。ここは講和の場で会って、敗戦処理の場では……」
反論を挟もうとする王国軍総帥に、リヴィゼはドンと音を立ててかかとを机に落とし。
「何言ってんの? おまえたち、この状況で余の軍とやり合って勝てると思ってるわけ?」
「それは当然……」
「無理よ、分かってんでしょ。戦って勝てるなら、この砦だって落ちてないの。おまえたちの大切な王都はもう目の前なんだから、なんとしてでもこの戦争を止めたいってのはバレてんのよ」
言葉に詰まる総帥に、リヴィゼは満足げに足を組み替えると。
「条件としては……そうね。賠償金に加えて軍需物資の提供、それと……おまえたちが小鬼族って呼んでる同胞達を解放することね」
「こ、小鬼どもを……解放? あ、あれはエンデの社会を維持するのに必要な奴隷たちだ、それを解放してしまっては、社会が成り立たない!」
「知らないわよ、これは絶対条件だから。同胞たちが不当な扱いを受けてるなんて、見過ごせるわけ無いわ」
反論むなしくリヴィゼはそう一蹴する。
横柄な態度に冷静な対応を続けていた王国側も、少しづつ苛立ちが見えは自前る。
「こ、このような条件、飲めるはずが……!」
「じゃあ戦えば良いのよ。おまえたちが勝てば、もっといい条件で交渉できるんだから」
「ば、賠償金の事は持ち帰って検討させてもらう。しかし、小鬼どもの解放というのはどう考えても……」
「そう。じゃあ交渉決裂ね。この交渉を断ったことを後悔しながら死ぬのが良いわ」
赤い眼を光らせ、リヴィゼが笑うと。
歯を食いしばる総帥は、机を小さく指で叩いた。
同時に、王国軍側が一斉に動き出す。
護衛がかばう間もなく。
目を見開くリヴィゼの胸へ、刃が突き立てられる。
「……これだから野蛮人は」
刃がリヴィゼの胸を突くと同時に、兵士は見えない力で吹っ飛ばされていた。
リヴィゼは眼を爛々と輝かせ、手のひらに赤黒い光を浮かばせている。
「交渉の場での粗相は二度目なのよね。窮鼠に噛まれても、猫は痛くないのよ」
「この……小鬼がッ!」
一度攻撃を防がれた兵士たちは体制を立て直すと、再び攻撃を仕掛けに来る。
が、すぐに護衛のオークに押し倒され、そのまま骸骨兵の刃が首を落とす――
「……待って」
直前で、リヴィゼの声がかかる。
不思議そうな顔で王女の顔を伺う骸骨兵に、リヴィゼは何故か少し戸惑った様子を見せてから。
「……殺さなくていい。そのまま返してやりなさい。どうせ、これからの戦争で死ぬんだから」
王女の命令を受けて、魔物兵たちはためらいながらも剣を収める。
「おまえたちもさっさと王都に帰って、王に伝えなさい。これより魔族軍は、王都侵攻を開始するわ」
こうして、魔族軍による王都侵攻が始まった。
大陸一の兵力を持って防衛を計るも、経済の低迷している王国はその維持に苦戦し、既に敗戦ムードが濃厚となってきている。
王国軍も、敵の用いている暗号技術や砲弾計算の技術をスパイに持ち帰らせ、対抗しているのだが……
依然として戦況は魔族軍に傾いている状況にある。




