85 偽造と経済
「それで、一週間のうちに対数表が出来てしまったのか……?」
「はい。また、魔族軍には弾道計算の早見表が提供され……着弾は数メートル単位まで縮んでおります。また、これは入力がオーブである以上、遠隔で操作することも可能になるのではというアイデアもあるようです」
「本当にどうなっているのだ……。この文明レベルで計算機を作るなど……」
ため息を吐く相手に、獣人は一度言葉を飲み込んでから続ける。
「また、それでも王国と魔族の間には圧倒的な経済力の差があるはずでした。ゲティアでは偽証文事件をきっかけに不況へ陥り、魔族軍への支援は打ち切りになっております」
「……そのはずだ。それがどうして……?」
「反対に現在は王国が大不況に陥り、ゲティア、及び魔族軍の資源は潤沢になったのです。その経済力さえも、逆転してしまった、というのが現状です」
獣人が言うと、相手は思わず立ち止まり、ため息を吐いてしまった。
「……何があった。説明をしろ」
「はい。これは――」
――――――――――――――
「あ、お久しぶりですグラシア様。今、皆さんと話し合いをしてて……あ、あれ? どうされました? どうして引っ張って……な、なんか怒ってます……?」
皆と魔族軍を勝たせる方法について計画を立てている中。
教皇室に入って来たグラシア様にぐいぐいと外へ連れ出され。
「偽証書事件の犯人、そいつらの処刑を止めさせたって聞いたんだけど」
声を低めてぐいと顔を寄せて来るグラシア様。
「あんた、何を企んでるわけ?」
「た、企んでるなんて、そんな悪いことみたいに……」
弁明しようとする俺の口元を、グラシア様は指で突き上げ。
「裏工作で犯罪者を放免してんだから、悪いことでしょ! 今のゲティアの大不況は誰のせいか分かってるわけ⁉」
「は、はい、それは分かって」
「あいつらは、間接的に何千人もの失業者を殺してんのよ⁉ 魔族軍とのつながりも切れちゃったんだし、これで結果的に王国軍がゲティアに攻め込んでくる可能性もあるんだからね⁉」
肩を怒らせて詰め寄ってくるグラシア様を押し返しながら。
「まぁでも、彼らを殺してもゲティアの不況は治るわけでもありませんし」
「……屁理屈ばっかり。良いから、何か目的があるんでしょ? それを教えなさいよ」
……鋭いな。
額に人差し指をと押し付けて来るグラシア様に、俺ははぐらかすように笑う。
「ええ、まあ……目的は、ないわけじゃないですけど……」
「教えなさい」
「で、でも、そんな大層な話じゃ……」
「教えなさい!」
……はい。
「その……偽証事件の犯人は、二十人規模で書類の偽造を行う犯罪集団だったんですよ」
「それは知ってるわ。昔から闇市で出回ってた偽造書類は、大抵そいつらが作ったものだったんでしょ?」
胸の前で手を組むグラシア様は、片足を貧乏ゆすりしながら言う。
高貴な教皇様らしさは微塵もないな。
「……はい。被害は昔から報告されていたのですが、今回はそれらとは比べ物にならなかったんです。何せ、証書は実質的な貨幣として流通し始めていましたから……」
「そーよ。貨幣の信用を落とすとか、ほとんど国家転覆未遂じゃない。そんな奴らさっさと処刑しないと!」
「た、確かに、彼らのしたことは大犯罪です。ですが……彼らが市場を混乱させられるほどの技術を持っていることも確かなんですよ。つまり彼らには、利用価値があるんです」
「はぁ……?」
眉を潜めるグラシア様に、俺は一息つくと。
「王国紙幣、これの偽造を彼らに依頼するのです。そしてこの偽札を元手に、必要な資源を王国から大量に買い入れるんです」
「偽造紙幣で、輸入を……?」
「他国の商人を装って大量に資源を買い入れれば……魔族軍の資源不足は一気に解決します。のみならず、王国の物価は高騰して資源が枯渇し、紙幣がインフレを起こして経済を崩壊させられるんです」
戦争は資源だ。
この状況に追い込めば、どんな大国だろうとまともに戦争は出来なくなる。
対してこちらは王国の資源を吸い上げ、それを魔族に流せば良い。
グラシア様はしばらく腕を組んで黙り込む。
「……本当にやるつもりなの?」
「ええ、既に王国紙幣の偽造は出来ていて、今は大量生産に向けた準備をしている所です。通商許可証も偽造して、アニマくんが研究していた、各国の船の特徴を盛り込んだ偽物を作ることで、他国の承認を装えるように……」
「そうじゃなくて。あんたって、最初からそんなんだったっけ?」
気持ちよく構想を語っていたところに、冷や水を浴びせられる。
「……はい? 最初からって……どういうことですか」
「なんて言うか……嬉しそうに犯罪計画を語ってるじゃない。あんたってもっとこう……悪いことに対して抵抗してたと思うんだけど」
……え?
グラシア様は片眉を上げて、じっとこちらを見つめて来る。
「犯罪計画…………ですか?」
「れっきとした犯罪でしょ。悪に加担した……まぁ、戦争ってのはそういものだけど」
「悪に加担……。いや……俺はただ、現状を打破する方法を真剣に考えて……」
反論しようとした俺の言葉を引き取って、グラシア様はため息を吐いて。
「……今のあんたにこんなこと言ってもしょうがないわよね。ごめん。あんたがこういう悪いことを、平気でやるようになったって事実が嫌なだけかもしれない」
そう言い残して、足早にその場を去る。
「………終わりました?」
教皇室の扉から、オニキスが顔をのぞかせる。
みんなの事を待たせてしまったな。
今日は珍しくイグナート先生も足を運んで来てくれたってのに……
俺は、染まってしまったのか?
部屋を見渡しながら、そう内省する。
ヤブ医者に海賊、詐欺師にスリに暗殺者……
この人たちの周りに居過ぎたからか?
あれだけ忌み嫌っていた悪行を俺は今、自慢げに語っていた。
それでも、俺の行動は世界を救うという目的がある。
俺は残り二回の遡行を使って、ここへ戻ってきている。
もうチャンスは残されてない、手段も選んでる場合じゃない。
……そもそもグラシア様が俺の何を知っているんだ。
二か月前に初めて会っただけの人に、変わっただの染まっただの言われても。
俺のしていることは正しい。これは悪なんかじゃない……
けど……
俺も、天界に居たころは不思議だったんだ。
罪を犯した人が皆、罪の意識も反省の意思も持たずに言い訳ばかりすること。
俺のやってる事は正しい、そうするしかなかったんだ。
そんな言い訳を見聞きするたびに、なんと浅ましい奴らなんだろうって見下して……
いや、俺はそんな奴らとは違う。
俺は神だ、卑しい世界に生きる愚かな生物たちとは違う。
違う、はず……
――――――――――――
エンデ南西部のハギア砦は、王都侵攻の足掛かりとしてはこの上ない位置にある。
王国からすれば、いわば生命線のようなもの。
それゆえに戦力は手厚く配置され、防衛は万全。
更に二国間には圧倒的な戦力、情報力、経済力の差があった……はずだった。
不運なことに偶然が重なり、その全ては逆転。
突如王国の経済が崩壊、反対に魔族軍は多くの資源を謎のルートから入手していた。
それ以降の魔族軍は余裕のある資源を押し付けるように、常に計算しつくされた放物線で砦へ鉄弾を送り続けた。
また高度に暗号化された通信で常に連携を取り、意図を敵に知られること無く、王国側の補給路を断つことに成功し……
五日後。
ハギア砦は開城を選び、正式に魔族軍に陥落した形となった。
――――――――――――
「ヘロシュがゲティアに融資を……?」
「はい。偽札による資源確保を補う形で、ヘロシュから融資を受けているようです。樹命族は長寿ゆえ、長期的な投資を是とする考えが根強く……これをもって資源を確保したようです。おそらくゲティアとしても、短期間では国家予算単位の偽札を流通させるのは難しかったのでしょう」
目を伏せる獣人の説明に、相手は頬を掻く。
大通りの人の波が、二人を押し出そうと打ち寄せて来ているのを眺めながら。
「しかし……何を対価に融資を?」
「現在ヘロシュは、天然痘による被害が拡大し、国民の相当数が苦しんでいます。これに対し、ゲティアのさる医者が、種痘という名の薬を開発したそうで。これが有力な交渉材料になったようです」
人々が往来を闊歩する喧騒の中、獣人の報告を最後まで聞くと。
「……そうか、よくやった。これで、奴は終わりだ」
その顔には、絶望も諦めも浮かばない。
獣人もそれを分かっていた。
全ては、計画通り動いている。
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