82 離反工作
第八章
遡行回数 残り2回
「ゆ、融資打ち切りって、どーゆーことよ‼」
夜も更けたころ、揺らめく炎の光に照らされた教皇室。
応接机には重役だけが座っている。
叫びながら立ち上がるリヴィゼに、正面に座るグラシアが目を瞑り。
「お気持ちは分かりますが、こちらも経済が困窮しているのです。ゲティア近くの海が戦場になったことに加え、市場に出回り始めた証書の偽装事件等が重なり……ゲティアは今、明確に不況です」
「そ、そんなのあんたらの勝手でしょ……⁉」
「それが……支援打ち切りを求める声はもともと強かったのです。これが、昨日の議会で正式に採択される運びになりました」
沈痛な面持ちで答えるグラシアに、横のユグノ翁が首を振り。
「それに、我々は十分に支援したと考えておりますよ。あなた方がエンデ港を手に入れた時点で、それ以上の侵攻はこちらの利益になり得ませぬ」
「……おまえたち、自分の立場分かってるわけ? 今、こうして教皇が生きてられるのも、余の部下たちが命を張って王国と戦ったからなのよ?」
「それは十分承知しております。その上で、どうかご理解いただきたいのです。ウルグガルグからの鉄鋼も、こちらで獲れる石炭も、これまで通り提供いたしますので……」
強気なユグノに対して腰の低いグラシアだが、リヴィゼは恨みのこもった目線で二人を睨みつける。
「なら、こちらも港を守る義理は無いわね。ゲティア港にそなわってるすべての大砲は撤去させることもできるのよ?」
「そこは取引材料になりませんな。港を抑えられた王国が、あなた方を無視してこちらに攻めて来るなどあり得ませんから」
「な、舐めた態度を……! ……決めたわ、ウチはゲティアを撤退する。お前たちが恩を仇で返すなら、後悔しても遅いから……っ!」
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薄暗い朝日が港を照らす。
常に人であふれている港も、この早朝には人影が少ない。
「計画は成功いたしました。ゲティアの元老を買収することで議論を誘導し、二国は分離。魔族軍は、鉄鋼と石炭の供給を絶たれた状態にございます」
抑揚のない口調で報告をしているのは、尾の長い獣人の女性。
獣人は一度目を上げ、隣を歩く相手を見やるも、口を挟まれる様子のないことを確認してそのまま続ける。
「魔族軍の次なる目標はエンデ南西部、港近くのハギア砦でしたが、これを受けて機を焦った魔族軍は、奇襲をかける事を決定。資源の枯渇する前に決着をつけることが狙いだったと存じますが、ユグノのもたらした通信オーブとコードブックにより、魔族軍の作戦は傍受されております」
「……それでは奇襲にならぬな」
「はい。事前に防衛の計画を練り、戦力がエンデ港を出た瞬間に、背後からハギア砦に配置した戦力と挟み撃ちの形で戦闘が行われております。結果、奇襲部隊は壊滅。残った部隊が港に残ってはいるものの、これ以上の侵攻は厳しいかと」
腰の前で組んだ手をピクリとも動かさずにゆっくりと歩く獣人に対し、相手は首をひねる。
「しかし……この圧倒的な戦力差を持って、いまだ港は取り戻されていないのか?」
「オーブによる通信技術の差と、弾道計算による大砲の精度の違いがございますゆえ。通信技術は現在普及中であり、未だ傍受にのみ使用されております。また、防衛戦において射程の長さは勝敗に直結いたします」
「そうか……。ならば、火薬兵器についても工作を検討するべきか……」
「ただし、アニマと呼ばれる計算士が陸地に上がれない以上、大陸侵攻における脅威はないと思われます。これ以上の侵攻を懸念しているのであれば、心配は無用かと」
獣人の言葉に、ふむ、と頬を撫でて考え込み。
「しかし……それを受けて魔族軍は対数表の完成を急がせていると聞いたが?」
「はい。魔族軍は数学の素養のある者を集め、四桁精度までの完成を目指しているそうでございます。が、これも数か月かかるようで……完成を待たずして港は陥落するだろうと思われます」
吟味するように腕を組み、荷物を積み込む商人たちを眺める。
海鳥の声だけが響く、しばらくの沈黙の後。
「これでようやく、戦場をゲティアに戻せるだろう。一刻も早くゲティアを潰さなければ。奴の暗殺の方は進んでいないのだろう?」
「……はい。行動が神出鬼没なうえ、不可思議な力で攻撃が避けられ……その上毒が効かないとなると、打てる手がございません」
「そうなればやはり、大元を絶つより他はあるまい。暗殺には期待せず、ゲティアそのものを潰し、力を奪い去るしか……」
凛と張り詰めたような冬空の下で、飛び交う鳥に目をやる。
獣人は横目でちらりとその表情を伺う。
「この戦争、どう見ている」
「これ以上魔族軍は戦えないでしょう。またゲティアは実質的に、魔族軍に依存しております。この戦で魔族軍が落ちれば、ゲティアは落ちたも同然かと」
「……そうか。なら……ゲティアの経済、偽証書による経済停滞の方はどうだ?」
「これは我々の引き起こしたものではないので、客観的なものになりますが……首班グループは既に特定され、処刑もされております。しかし経済に与えた影響は甚大で、数か月かけても立て直すことは困難でしょう」
「対してエンデは揺るがない経済基盤を持ち、資源も潤沢……」
南区の大通りに目をやるも、その両側の店はほとんど開いていない。
「戦争は資源です。エンデと彼らの間には、もっとも覆しようのない国力そのものがございます。これは百年の歴史を重ねて変わっていくものであり、今すぐにあの砦が落ちる事はあり得……」
そこまで言ったところで、ぐわんと景色が揺れた。
大通りまで歩いて来ていたはずが、何故か港の桟橋近くへ戻っている。
……またか。
痛む頭を押さえながら、気分を整えようと息を吸う。
「……どうかいたしましたか。報告を始めても、宜しいでしょうか?」
隣に立つニーアが、こちらを不思議そうな目で見つめる。
また、この感覚だ。
これを感じたという事は、また何かが変わったという事……
「いや、問題ない。報告を始めてくれ」
「……はい。では初めに、魔族軍による王国侵攻状況について」
顔が歪むのを必死で抑えながら、ニーアの次の言葉を待つ。
「エンデ南西部、ハギア砦が、陥落いたしました」




