81 ゲティアを救った計算
「そ、そんなに大したことはしてないんですよ。弾道計算の式なんかは、魔族の皆さんが頑張って研究したものですし……計算だって、先輩の作ったあの表を見れば、誰だってあのぐらい……」
「誰にもできないから、わざわざ戦場に駆り出されたんですよ。じゃなきゃ、関係ない国の人に命を預けるような仕事を任せませんって」
おどおどと謙遜するアニマくんだが、この子が居なかった世界を俺は知ってる。
魔族軍は手も足も出ずに、ゲティアまでが陥落するはずだったんだから。
「僕のやっていた事は、各船からオーブで伝わってくるマストの仰角を計算して、大砲の角度と装薬の量を計算して返すだけなので……最初は、それぞれの船でやった方が早いんじゃないかって言ったんですけど……」
「ですからつまり……数十の船で分担して計算するより、アニマくんが一人で計算した方が早い、と判断されたってことですよね?」
「そ、そうなんでしょうか……」
……ヤバすぎる。
対数計算というのは、掛け算や割り算を単純な足し算や引き算にしてしまう事だ。
数十隻からの要請を次々に答えなきゃいけない状況下では、相当効果を発揮しただろう。
この結果は彼自身の力は勿論、ズーの発明のお陰でもあるけど。
「というか、今後ずっと戦争に駆り出されるんですか?」
「い、いえ、違いますよ! 最初の海戦は、いわば弾道計算の試験代わりにやったものですから……。いちいち計算をしなくて良いように、簡易的な早見表を作ったので、今後はそれを参照することになるはずです……!」
……試しでやってみたら、そのまま大勝してしまったってことか?
失敗したら相当な資源を無駄にしただろうに……よくやろうと思ったな、リヴィゼも。
「でも、やはり精度が問題だというのを実感しました……。早見表も粗いものですし、早く、より精度の高い計算表を完成させないと……」
今は四桁の対数表を作っている最中らしいが……
目的となる五桁が出来るのはいつになることやら。
「ところでアニマくんは……どうしてそんなに頭が良いんですか?」
「……え? い、いえ、僕なんかはその……」
俺の疑問に、委縮してしまうアニマくん。
言い方が悪かったな、これは。
「少なくとも、高等な数学の教育を受けているはずですよね。初めから海賊の中で育った、という訳じゃ無いんですか?」
「え、えっと……はい。僕が海賊の皆さんと暮らすようになったのは三年前で……それ以前はウルグガルグに居たので」
「やっぱりそう……あ、あれ? その頃は陸の上で暮らせてたんですか」
そう聞くと、アニマくんは少し黙り込み。
「は、はい。最近になるまで船に乗ったことさえなくて……ずっと海に出ることにあこがれていました」
「そうだったんですか。それがどうして……」
「三年前、母と一緒に港町へお出かけした時に、初めて乗ることになって……それが初めての海だったんです」
すごく悲しい過去みたいに。
なんでそう暗い表情で話すんだ?
「へぇ、良い思い出じゃないですか。あこがれの海に、お母様と出られたわけですか」
「……船に乗ったのは、体を縛られて、です。港を歩いていた僕たちは、武装した集団に襲われて……抵抗した母は殺されました」
………は? 縛られ……殺され……?
なんと答えれば良いのか迷っているうちに、アニマは続ける。
「彼らは父の政敵に雇われ、僕を人質に取って強請ろうとしてたんです。彼らの言葉からするに、母を死なせてしまったのは手違いだったらしいのですが」
「……お父様は、そういう立場の方だったんですか」
「はい。いまにして思えば、そうだったんだと思います。父はヴリムの社会的立場を守る派閥を先導していましたから……サピア至上主義の派閥から恨みを買うことが多くて」
またウルグガルグ内戦の話か。
内戦自体は相当前に終結したはずだが、未だにその因縁は続いているらしい。
「それから船に乗せられてどこかへ運ばれていき……安全な場所で彼らは監禁をするつもりだったのだと思います。しかしその途中で、たまたま海賊がその船を襲ったんです」
「それがヴィストさんたちだった、と。……でも、なんであいつらは解放してくれなかったんですか。何が目的で、かわいそうな子供を海賊なんかに?」
「良心で僕をウルグガルグに帰そうとしても、誘拐犯と勘違いされて処刑されてしまう可能性もありますから……。その危険は冒せなかったんだと思います。それで一時的に、海賊の皆さんと生活することになって」
そうか、それは確かに。
海賊なんて、いかにも身代金目当てに誘拐とかしそうだもんな。
「それで……どうして今もここに? 帰りたいとは思わないんですか?」
「それが……あの日から、陸地に上がろうとすると吐き気がして、足の震えが止まらなくなるようになったんです。陸の上に立つと、どうもあの日のこと、特に母の死が鮮明に思い出されて……」
トラウマ、か。
言いながら、アニマは口元を抑える。
その手が小さく震えていて痛ましい。
「辛い思いをしたんですね」
「……はい。でも……海の上の生活にずっとあこがれを抱いていたのは事実です。ですから、今の暮らしも楽しいんです。それに、僕の興味で得た知識が、皆の役に立っているという事をオニキスさんに教えていただきましたし……」
それもそうだ。
彼の知識のお陰で、ひいては彼が海賊に居てくれたおかげで、このゲティアは存続できている。
王国は魔族の応戦に必死で、こちらに攻めて来る余裕なんてない。
これでゲティアはしばらく安泰だろう。
この余裕を活かして、経済的にも技術的にも成長すれば、いずれ四大国にも負けないくらいの力を得られる。
というか、何もこの世界のバランスを崩すのはゲティアじゃ無くたって良い。
破滅指数を上げるためなら、それは魔族軍でも良いわけで。
魔族たちが世界を支配してくれれば、俺の本来の目的は達成され――
「でも……僕のせいで、エンデ王国の方々がたくさん死んだんですよね。逆にだからこそ、ゲティアに住む僕たちは生きていられているんですけど……」
苦悶の表情を見せるアニマ。
いつの間にか魔王みたいな思考になっていた俺は、その言葉で冷や水を浴びせられる。
いつの間にか、罪もない人々を殺して喜んで。
神様が、聞いて呆れる。
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