79 オニキスの取引
「……いつの間にズーは、あんなに賢くなってしまったんですか」
オーブに夢中になってしまったリヴィゼとアニマくんを置いて船を降り、桟橋を歩きながらオニキスに話しかける。
「しょ、正直なところ、あたまの動きはお世辞にも速いとは言えないんですけど……最近はもうずっと、数学漬けの生活を送っているので……たまに、教えていない事を平気で思いついたりするんですよね……」
おどおどしてるくせに、普通に手厳しいことを言う。
「数学漬けというと……本業の方はやってないんですか?」
「や、やっていないわけじゃ無いですけど……で、でも、最近はあまり重たい商品は運ばなくなってきましたし、暇が出来てるみたいで……」
「なんですかそれ、ズーのやつ、いっちょまえに仕事サボってんですか?」
「ち、違いますぅ……! えっと、そういう意味じゃなくって……最近は証文とかを運ぶことの方が多いので……」
……証文?
たしかに重たい商品ではないけど……なんで?
「え、えっと、最近の貿易バブルで、貿易商が物凄く増えやがった……ってのは知ってますよね。そのせいで貿易でぼったくるのが難しくなってしまって……。だから、そいつらをカモに、じゃなくて、彼らと商売をしよう、と考えたんですぅ……」
「なんか嫌な言葉が聞こえましたけど……貿易商を相手にするって事ですか?」
「は、はい……。貿易商が増えると同時に海賊もまた増えたので……。お金を運んでいるところを狙われるケースが増えたんですぅ……。そこで、ゲティアで証文を買って、ヘロシュにいる私たちの会社でその証文を渡せば、お金を渡す……そういうビジネスをしていて……」
それってもう、貿易会社じゃなくて金融会社じゃないのか。
ずいぶん儲かってそうだったが、金融が出来るほどの資金力まで成長していたとは。
「エ、エンデ王国では、既に同じようなことが行われてて、それをパクったんですけど……今のところ、かなり楽に稼げてますぅ……」
「……言い方がずっと露悪的ですね。そう言えば、エンデじゃあその証文が出回りすぎて、紙幣みたいに使われてるとか読んだ気がしますけど」
「そ、そうですね……。ただ、噂では、その偽物を作って取引をしようとしている人もいるとか……。世にはすぐ人を騙そうとする人がいるんですよね……ううぅ……」
お前が言うかそれを。
物自体に価値のある硬貨と違ってただの紙なんだから、偽造品が出回るのは当然のことだろう。
「そ、そうでした。わたし、お願いがあったんです。教会って確か、会社の立ち上げと倒産手続きに関する資料を持ってますよね……?」
「え? まぁ、税の取り立てに必要ですから、そういうのはちゃんと管理してるんじゃないんですか」
「そ、そこら辺の情報を……見せてもらう事って出来ませんかぁ……?」
上目遣いで、おずおずとオニキスはそう頼んでくるが。
「……何を企んでるんですか」
「い、いやぁ、企むなんてぇ……。ううう……怖いですぅ……。ちょっと、これで一儲けできないかと考えただけですよ……」
やっぱり企んでんじゃねーか。
渋い顔をすると、オニキスは弁明するように補足をする。
「さ、最近の貿易バブルに乗じて、出資を募って分け前を渡す、株式という形で貿易会社を立ち上げる人が増えて来て……その株が、貴族の間でブームになりつつあるんですぅ……。この文化も元はエンデ王国から入って来たものらしいんですけどぉ……」
「……株ですか。そのために情報を?」
「は、はい。倒産した会社と今も続いている会社、それらがどういう形態で商売をし、どういう海のルートを通ったのか、目的地は何か……そういう統計を見て、事故などの起きる確率から株式の良しあしを判断したくてぇ……」
この人だけ随分と未来の手法を使って金を儲けようとしている。
というかさっきも思ったが、エンデ王国って随分と文明が進んでいるんだな。
「分かりましたけど、そう言う情報は国家で扱うものですから、そうやすやすとは見せてもらえないかと……」
「そ、その代わり、ですね。先ほどの崖際にあった建物、覚えてますか?」
「それは……はい」
「あれはアニマが考えた、空気の加熱と冷却による自動ポンプ装置なんです。いま、地下水の排水問題で石炭が高騰していて、政府は困っているのですよね?」
相変わらずどこから情報を仕入れているのか。
オニキスの口調が徐々にはきはきとしたものに変わり始める。
商談となると急に丸まった背がピンと張って、まるで別人に変わったように……
「ですから、この機械を割安で提供しましょう。そうすれば、あなた方も大量の補助金を石炭採掘にまわさなくて済むのではないですか?」
「……なるほど? そんなことして、あなた方の利益はどうするんですか」
「いえ、他の会社に技術をマネされる前に稼ぎきって、次に行きます。今は、従来水力や風力で行っていた粉ひきなどの作業を代替できないかと、色々と進めている所ですので」
……ん? 自動ポンプ装置が、粉ひきを……?
あれ? 空気の加熱と冷却による、自動ポンプ装置って……
「ちょ、ちょっと待ってください? 今さらっと、蒸気機関を発明したって言いませんでした⁉」
思わず話に割り込むと、オニキスはきょとんとした顔をする。
「じょ、蒸気機関ですかぁ……? よ、よく分かりませんけど、確かに、蒸気の力では動いてるとは思いますけど……」
「そ、それって要は、自動で動く機械ってことですよね⁉ なんでアニマくんはそんなもの……⁉」
「これは本来、船の動力に使えないかというアイデアでアニマが考えていたものだったのですけどぉ……より単純に、水のくみ上げという形で試作機を作らせてみたのですぅ……。効率はかなり悪いですが、それでも人力で行うのとは比べ物になりませんし、休まずに動きますし……なによりお金になりそうだったのでぇ……」
悪びれもせずにオニキスはそう言うが。
いかに天才が大きなアイデアを持っていても、それに金をつぎ込まないと実現はしないもの。
そういう意味では、金の亡者と純粋な天才の入り混じるゲティアならではの光景というか……
しかしこれ……完全に蒸気機関じゃねーか。
この調子で技術革新が起こりまくれば、十年後には機関車が走ってても何も驚かないぞ……?




