77 天才航海士
海を目指して歩いていたはずが、港近くの崖で足が止まる。
「……なんだあれ」
巨大な石造りの塔から、金属の配管が覗いている。
金属の部品が埋め込まれたような謎の建物の周りで、沢山の人が汗水を垂らして部品を運びこんでいるのが見えた。
傍には馬車が十数台止まっていて、止まることなく人々が動き続けている。
「ろ、ロナ……さん? ど、どうかされましたか……?」
振り向くと、そこにはおどおどとこちらを見上げる――
「……あれ、オニキスじゃないですか。あなたもあの建物に用事が?」
「へ? あ、あぁ、それは勿論、わたしが作らせてるものですから……」
オニキスが作らせてる?
何のために?
という疑問が顔に出ていたのか、オニキスは上目遣いで言葉を続けた。
「あ、あれはですね……えっと、あ、アニマくんの考えたものの、試作品で……それが、物凄ーくお金になりそうだったので……」
「はぁ……試作品であの大きさですか、それは凄い……。というかあそこって崖ですよね? あんなでっかい建物、なんかあったら危ないんじゃ」
「で、でも、他の炭鉱はどれも町から遠いですから……。コストを抑えるために仕方なくて……」
炭鉱? なんで今炭鉱の話が?
よく分からんが、それで金が儲かるのだろうか。
「そうだ、アニマくんって今、ゲティアに居ますか? ちょっとお話をしたいんですけど」
「えーと……た、確か。王国軍の船の残骸を調べてたので、今も居ると思いますけどぉ……」
「……船の残骸?」
「は、はい。き、昨日からずっと、ご飯も食べずに調べてて……王国の高い技術で作られた船は、精密でとても面白いみたいですぅ……。け、今朝もマストの高さが全て完全に同じだと騒いでましたし……」
……その道のオタクというのは分からない。
あの子、一生陸に上がれなくても全く困らないんだろうな。
「なら邪魔するようで悪いですけど、ちょっと魔族軍との事で相談したいので……」
「しょ、商談ですかっ……⁉」
……食いついてくるな。
急に眼を光らせて迫って来るオニキスを、俺は押し返しながら。
「あ、あんまりことを大きくしたくないんですけど……まぁそうですね。もしかしたらオニキスさんも居た方が良いかもしれません。彼らの交渉は期待できませんし」
「軍相手の交渉ですね? 任せてくださいっ! そうと分かれば行きますよ!」
急に商人モードに切り替わったオニキスは、鼻息荒く背中を押してきた。
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「さっき言ってた解決策って……こいつらの事じゃないわよね」
言いながらリヴィゼは、船の上の海賊たちを胡乱な目で見つめる。
お気に召さないだろうなとは思っていたけど、やっぱりか。
リヴィゼはシャノンさんと仲睦まじく手を繋いでいる。
シャノンさんの方はリヴィゼの体を触り飽きたのか、いつも持っている透明なオーブをいじくりまわしているようだった。
と、傍に控えていたオニキスがリヴィゼに一礼すると。
「我々はゲティアで最大の貿易会社です。外洋を通っての運送を依頼したいと伺っているのですが?」
「別に依頼したいわけじゃないから。貿易会社って言っても、内海をちょろちょろしてるだけなんでしょ? そんな奴らにウチの大事な物資を任せらんないわ」
「えぇ! しかしそれは、彼らの航海術を知らないからそう仰るのですよ」
「……何よそれ。未開人どもが技術で張り合おうっての?」
未開人て。
相変わらずの言い草に、商人モードのオニキスは眉一つ動かさない。
「もちろん、条件次第では技術をお教えすることもできます。ただ……こちらとしても、ただ運送だけを担うというのはあまり面白くないのですよね」
「……何が言いたいのよ」
「そこで通商の許可を頂きたいのです。そうすれば、こちらの世界のものをあなた方の国にもたらすことが出来、その逆も出来て皆が幸せになるはずです」
「勝手に話を進めて……そんなの、その技術とやら次第でしょ。適当なこと言ってるだけの詐欺師ってこともあり得るんだし」
うーん。正解。
疑う姿勢を崩さないリヴィゼだが、それで話が終わっちゃ困る。
「口を挟むようで悪いんですが……仮に詐欺で船が一隻もつかないなら、通商許可も意味をなさないのでは?」
俺のツッコみにリヴィゼは、じっと睨みつけて来る。
すんません。黙ってます。
「安心してください、技術の伝授と一緒に、私どもの誇る第一級の航海師をお付けいたしますから。ほら、丁度そこにいる……」
そう言ってオニキスは、アホ面で鼻をほじるズー……の、隣で一生懸命メモを書いているアニマくんを指さした。
――――――――――――――
航海室の机の上には、所狭しと紙と文字が転がっている。
その上を、アニマの小さな手が自信無さげに滑っていく。
「え、えっと……こうやって、月と恒星の位置から経度を導くんです。そうすれば航路がズレることなく最短距離で、座礁も遭難の心配もなく……」
「……あーもう! それくらいのことを魔族サマが知らないと思ったわけ⁉ これだから未開人どもは! こんな古臭い方法、いまじゃだーれも使ってないわよ!」
イライラした様子で机を叩くリヴィゼに、アニマくんは縮こまってしまった。
航海術における基本、緯度と経度の計算の話だ。
ここには航海の分かる人しかいないので緯度の話はすっ飛ばしているが、こちらは太陽の角度だけで簡単に分かるので、議論にも上がらない。
つまり、経度さえ正確に分かれば、今船が地球上のどこに居るのか、ピンポイントで分かるのだけど。
「あんまイライラすんなよーガキんちょ。話はこっからなんだからよぉ」
呆れたように口を挟むズーに、リヴィゼは目を見開いて振り返る。
あ、これはマズい……
「お、おまえ、余の事をガキって言った⁉ 余が誰かを分かって……⁉」
「お、落ち着いてください! こいつはただのバカなので、ちょっと、魔法を使うのだけはご勘弁を!」
髪の毛を逆立てて何やらどす黒い光を手のひらに集中させるリヴィゼに、俺は死ぬ気で掴みかかる。
この色はヤバい。
いつの日か、ドルエズが魔族を侮辱した時と同じ色だ。
「あぶないのは、だめ」
事態に気づいたシャノンさんがリヴィゼの手をぎゅっと握ると光は収まる。
……危なかった。やっぱりリヴィゼ様と話すときは、シャノンさんが居ないとどうしようもない。
「いやぁ……わ、わりぃわりぃ。この人がそう言う身分だってこと知らなくてよ、な? 許してくれよ」
「な、なによその態度は……! まるで反省してないじゃない……!」
バカに噛みつくリヴィゼは不満げだが、そこでオニキスが話を戻す。
「この方法は古臭くて使えない、というのは事実です。ですが、これを解決したのですよね?」
「は、はい……。こ、この月距法は、球面三角法、三角関数の変換、視差や半径補正などの多くの計算を必要としていて……物凄く時間がかかるのが難点でした」
「そうよ、五時間かけて位置を特定したとして、その間も船も動き続けてんだから……その場所からはとっくに離れてるでしょ。それにバカみたいな量の計算をしないといけないから、必ずどっかで計算ミスが起きんの。だからこの方法は参考程度にしか使ってないわ」
……なるほど。そういう事だったのか。
この方法を知ってるのになんで座礁とか遭難とかが起きるのかと不思議だったのだが。
長い航海の間で何万回と計算が行われ、それが一つミスると船が座礁し全滅するリスクがある。
そうでなくとも、少し航路をミスるだけで余分な時間を数日使うことになり……結果的に食料が不足して餓死したり、栄養失調や病気で船員が倒れるリスクが増えるわけだ。
それらが重なった結果が、八隻中二隻しか届かない、という現象に繋がるのだろう。
「とまぁ、月距法はその膨大な計算がネックだったわけですが……この問題を解決する発明を、ここにいる天才一級航海士がしてしまったのですよね」
と、そこでオニキスが自慢げに叩いたのは、ズーの肩だった。
……いや、お前が⁉




