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74 沈みゆく船

 メタノールはその不安定な性質から、少しの火の気でも燃え上がってしまう。

 これが引火すれば、倉庫は粉々になり俺たちは確実に、一人残らず死ぬ。


 いくら時間が無いからって、そんな激ヤバ薬品に俺達の命、ひいてはこの国の運命を預けるのは流石に――


くれぐれも(・・・・・)、火気は厳禁ですからね! はいはい、まず獣人の皆さんは服を脱ぐところからです!」

「は、はぁ? なんでだよ、こんなさみーのに……」

「黙って脱ぐ! ほら、服の繊維が混入すると、火薬の質が下がりますから」

「服の繊維って、俺らはそんなのよりも抜け毛の方が問題だと思うけどな。それとお前らだって服着てんじゃねーか」

「俺はともかく、女の子に服を脱げって言うんですか。いいからとにかく脱いでください!」

 

 鬼軍曹になった俺は、獣人たちの尻を叩いて服を脱がせる。

 やると決めたらやり遂げる。絶対に死なせはしない。


 火薬の質云々の所でオニキスは眉を潜めていたが、口を挟んではこなかった。

 静電気と獣人たちのモフモフの毛の相性が最悪なんだけど、電気の話はもう百年くらい科学が進まないと理解してもらえないから……


「や、やっぱ寒みーぜ。火でも焚かねーと――」

「だ、駄目ですよ⁉ 火気厳禁だって言いましたよね⁉」

 

 大声でズーを叱りつけると、海賊たちから笑い声が上がる。


「もう忘れたのかよズー! 寒いなら自分で体あっためれば良いだろ!」

「あなたも! 寒いのは分かりますけど、あんまり体をこすって温めようとしないでください! 静電気が……!」

「コレ酒みてェな匂いすんなァ。ちょっと舐めても……」

「ヴィストさんも! メタノールは猛毒です! おちょこ一杯で失明、目が見えなくなって、もう一杯で致死量、天国を見ることになりますからね! 絶対に口にしないこと! ああそこ、素手で触るのもダメです! 触れるときはこの手袋で!」


 くそ、馬鹿ばっかじゃねぇかこの海賊ども!


 最後に倉庫についていた大きな鉄の錠前を皆に触らせる。

 万が一静電気が溜まってもこれで放電できるはず。


「これに、十五分に一度は触るようにしてください。むやみに体をこするのも、毛づくろいも禁止です! ここにいる皆の命がかかってるんですからね! ほらそこ、葉巻なんか吸って良いわけ……!」

 

 こうして幼稚園の先生になったような六時間を過ごした後――――


 断続的な轟音と共に、沈んでいく王国軍の船。

 先頭の船は既に、マストの残骸だけが港に揺蕩っている。

 王国船は無防備にも東翼にがっつり近づいてきて、格好の的になってくれた。


 ウルグガルグ経由の火薬を魔族軍が使って二十四隻を撃沈し、そしてこの打ち合いで十九隻を沈めた。

 六十隻の軍艦を持つエンデは、そのうちの四十三隻を沈められた計算になる。


 残った船も無傷ではなく、その殆どが大打撃を受けているわけで。

 ここまでのダメージを受けた王国軍はこれ以上の戦闘は勝算が薄いとみて、撤退していった。

 つまりこれで――


 最強とされるエンデ王国に、勝利してしまった。


 下界に降りて来て、初めての勝利だ。

 魔族軍の手を借りるという、邪道な方法を使ってはいるが。

 それでも、この世界のバランスを変えてやるという本来の目的に向かって一歩を踏み出せた。


 ……いや、一歩どころか、最強の敵を倒してしまったのだからゲームクリアに近い。

 遡行回数を三回残して、難所を切り抜けた。


 これで()もゲティアの存在を無視できなくなったはずだ。


 このままゲティアの成長を放っておけば、破滅指数の大幅な変動によって天界の目に止まる。

 そうなれば、必ず奴は何かしらの妨害をして来るはず。


 俺はこのゲティアで胡坐をかいて、そこから糸口を見つければいいだけ……


「快勝も快勝じゃねーかオイ! 飲むぞ飲むぞ! おいロナ、なに隅っこでぼーっとしてんだよ!」

「……勘弁してください! みんな頭おかしいんじゃないですか⁉ 教皇室は酒場じゃないんですよ!」


 目の前の意味不明な現実から逃げるように考え込んでいたところで、ズーに絡まれる。


「知らねーよ! 良いだろこういうときぐらいよぉ、だって俺たちのお陰でエンデの奴らに勝ったんだぜ? ほらほら、飲めって!」

「酒くっさ! ぐ、グラシア様もなんで許可したんですか全く……」

「……ここまで酷いことになるとは聞いてなかったのよ。ちょっとだけこの部屋を使って良いか、としか聞かれなかったし……。ああ、あんまりカーペットを汚さないで欲しいんだけど……」


 おいたわしや教皇様。おろおろと周りの馬鹿どもの奇行を見守っている。

 今日の勝利は彼らのおかげだと、なまじ理解できているからこそ、強く言いづらいのだろう。


「えへえ……へんたいだあ……」


 と、千鳥足でシャノンさんが近づいてきたかと思うと、そのまま胸に飛び込んでくる。


「シャ、シャノンさん? 酔ってしまったんですか? せ、先生も居ないのに、帰りはどうするんですか……!」


 ぐでんぐでんになったシャノンさんの体をどうにか起こそうと格闘することになる。

 教皇の傍で控えているニーアさんはあまり酒盛りには興味が無さそうだが、先ほどから俺の様子だけはちらちらと伺ってくる。

 人前で流血沙汰だけはやめてくれよ……?

 

 応接机のほうでは、かたくなに酒を断るオニキスと、対照的にがばがば飲むアビスがゼタ様に杯を傾けて……

 

「こ、こら、ゼタ様にお酒なんか飲ませていいわけないでしょ……!」


 シャノンさんをソファに寝かせ、アビスの手から酒瓶を取り上げると。


「なんだよお、別に良いでしょ? ゼタは一万年を生きた存在なんだからお酒くらい……てかおにーちゃん! 変身! 変身がまだなんだけど!」

「えっと……変身? な、何の話ですか?」

「とぼけないで! こないだのウルグガルグの使節団! あそこで頑張ったら、おっぱいおっきくしてくれるって言ってたよね!」


 あー……。その話か。

 あれはニーアさんが勝手に言ったことだし、奇跡の使えるエレミアさんが今どこにいるのかもわからないし……


「そ、その……向こうで美味しいもの、沢山食べてきたんですよね? どうにか、それで満足していただくわけには……」

「やだ! おっぱい! おっきいおっぱい! あと、眼の中に紋章を入れるってやつも!」


 あまりみんなの前でおっぱいだのなんだの連呼するな。

 ほら、周りがこっち見て……


「めちゃめちゃ大変だったんだよ? ね、ゼタも言ってよ! 獣人たちはみんなゼタの事見えないのに、こっちは皆ゼタが居る前提で動くから、何回も変な空気になってさ!」

「それはそうでしょうけど……」

「それに! こっちの方の一番偉い人も見えてなかったし! ずーっと気を使わなきゃいけなかったんだから、ご褒美をさあ……」


 ……ん?

 ぽこぽこと殴って来るアビス様のその言葉に、俺は引っかかる。


「ちょ、ちょっと待ってください、一番偉い人ってのはどなたの事ですか? もしかしてユグノ……?」

「あー、そんな名前だったかも。白髪の、おじいちゃん」


 ユグノが……ゼタ様のことを見ることが出来ない?

 ゲティアに住んでるのに? この教皇領の、軍のトップなのに?


「……グラシア様グラシア様、ユグノって、普通に信者の方ですよね?」


 ズーがこぼした酒を這いつくばって必死にふき取るグラシア様に、俺は尋ねる。


「あーもう! なに当たり前のこと言ってんのよ! 今忙しいの、見て分かんない⁉」

 

 教皇の演技をする余裕もないのか、グラシア様は普通に怒鳴りつけて来る。

 

 当たり前の事……か。

 ユグノは、表向きはゼヘタ神を信仰している。

 にもかかわらず、ゼタ様の事が見えていないという事は……


「ねえ、はやくおっきくして! おっぱい! おっぱい!」


 騒ぐアビスを横目に、俺は嫌な予感を覚え始めていた。

第六章を最後までお読みいただき、本当に本当に本当に本当に本当に本当にありがとうございます!


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