73 爆発の原因
どんだけ問題が起きれば気がすむんだよ……!
白煙がもうもうと立ち上る倉庫が見えると同時に、俺はこの世界を諦めて『遡行』を念じる。
この世界で原因の特定をしている暇はない。
ウルグガルグとの交渉の件でほとんど力は使い果たしてて、頭がくらくらしてきている。
これでもう、遡行の残数は三回に……!
「おいロナじゃねーか! なぁにぼさっとしてんだよ、来たならこれ手伝えよ!」
……痛っ!
問題の倉庫の前で膝に手をつきながら息を整えていると、急に後ろからどつかれる。
見れば、真っ黒な木炭を肩に担ぐズーがにやにやとこちらを見下ろしていた。
このバカ、俺が今から命を助けてやるってのに……
「ず、ズーさん……作業は進んでるんですか? かなりスケジュールが押してるって聞いたんですが……」
「あぁそうだな。ショーセキを作んのも火薬を作んのも時間かかるからな、一週間でギリギリって感じみてーだな。しっかし……こんな楽な時に来やがって、三日前までこの倉庫、息もできねーくらい臭かったんだぜ?」
……だろうな。
硝石を生成するのに最初にすることが、ゲティア全土から硝華入りの汚物を集めて来る事だもんな。
そりゃあ臭い。
それから集めた大量の硝華入りの汚物を桶に入れ、お湯を注いで付けおき。
そこから上澄み液を濾過し、不純物を取り除いて草木灰をぶち込む。
しばらく待ってから煮詰めて凝縮し、最後に冷やせば硝石が結晶化する。
簡単に言うとこうだけど、大量に作るとなると時間は数日単位でめちゃめちゃにかかる。
秘密を守らなきゃいけない以上、人手に頼れないから大変だっただろうな。
「あ。へんたいだ」
「……人前で語弊のある呼び方は辞めてくださいシャノンさん」
「あー、変態ってお前のことだったのかよ。こいつ毎日変態はいないのかって聞いて来るからよ、意味わかんなかったんだが……」
「……毎日? 何か用でもあったんですか、シャノンさん」
俺が尋ねるも、シャノンさんは答えてくれない。
硝石の生成手順はシャノンさんが完全に一から考えたものらしいから、相談でもしたかったんだろうか。
「おい、ズー! 今日の作業の説明だ! ちんたらしてねェでさっさと中に入れ!」
倉庫の奥からヴィストの声がする。
慌ててズーは炭を担ぎ直すと、倉庫の奥へと消えていった。
この倉庫が、数時間後には爆発してしまう……?
見たところ、見張りの獣人も傍に立っているし、外からの襲撃があったとは考えにくい。
となると、何があってあんなことになったんだ……?
――――――――――――――
「こうしてできた硝石に、木炭と硫黄を混ぜれば火薬になります。硝石75%、木炭15%、硫黄10%の割合で混合し……」
倉庫に集まる獣人たちの前で説明をしているのは、オニキスだ。
硝石から火薬を作る方法は、オニキスが完全に把握しているらしい。
誰も疑問に思わないみたいだけど、普通に考えておかしい。
「パーセント! でた! パーセント、百分率っスよ! ボス、知ってます⁉」
「いんや知らねェ。ズーは分かんのか」
「習った、って事だけは覚えてるっす」
「……具体的な割合は後でもう一度教えます。これらを混ぜ合わせたものに水を加えて練り合わせる事で粒状に加工し、これを乾燥させれば完成します。作業時間は十時間で、これは王国軍の侵攻前に間に合う計算になっていますが……。どうかしましたか?」
オニキスの言葉に、俺は思わず目を覆う。
なるほどな、一つ目の問題はコレだったのか。
『王国が作戦実行を早めている』という未来の情報を、彼らに教える。
ちょうど七時間後というやけに具体的な時間まで教えてしまったが、あまり不自然だとは思われなかったらしく。
「じゃ、じゃあ、やべーじゃねーか! 作るだけで十時間かかるって言ってんのに、このままじゃあ王国軍の到着に間に合わねーって事か⁉」
「急ぐったってなァ……聞いてた話じゃ、こっから材料を細かく砕いて、混ぜたもんを練り合わせて、乾燥させるんだろ? 省けるもんもねェし、急いだってしょうがねェ工程ばっかじゃねェか」
「飲まず食わずで作業したとしても、どんなに急いでも九時間以上はかかるかと思います。ただ……最も時間のかかる工程は乾燥ですから、これを省けば間に合うと思いますが」
乾燥を省く……か。
オニキスの提案は、砕いて混ぜた粉状の火薬を使うというものらしい。
確かに、手間は大幅に省けるけど。
「でも……練って作った粒状の火薬と粉状の火薬じゃ燃え方は全然違いますよね? 分量を誤れば大砲が圧力に耐えられず爆発、なんて事にも……」
「試せばいいのですよ。何個か大砲をぶっ壊して。どうせアレは我々のものではないのですし」
なんてこと言うんだ。
せっかく借りれた大砲をぶっ壊したら、一生貸してくれなくなるだろ。
「……とはいいましたが、練る方式と違って不均一になるので……不発になったり、暴発してしまったりと、かなりのリスクがあります。これだけでは、打ち合いになった時に敗けるのは目に見えています」
「王国軍と戦って勝てる代物じゃねェってことだな。ならァ……やるとしても、完全に間に合わない時の、時間稼ぎとして使用するべきだな」
とはいえ、他に方法は……
「乾燥がいちばん時間かかんだろ? それを早めるのは無理なのか? 風送ったり、焚き木の前で乾かすとか……」
「風はともかく火はマズいだろうが。頭を使えズー」
ヴィストがまともで助かった。
……まさか爆発の原因ってコイツじゃないだろうな?
「乾燥を早める……なるほど。練るときに使う液体を、揮発性の高いものにする、という手も考えられますね。水の代わりにアルコール、お酒を使えば……」
「そうすると乾燥時間の短縮でどれくらいになるんですか?」
「八時間くらいまで短縮されると思いますが……それでは足りませんね」
「あー……なるほど、そうですか」
良さそうな案だと思ったんだがな。
しかし、王国軍が港にたどり着くまではちょうど七時間。
これは確定している事実だ。
「粉状火薬のこけおどしで、一時間くらい足止め出来ねーのか? そうすりゃあ八時間ひく一時間で七時間だろ? これでまにあうじゃねーか」
「そんなもんで一時間も稼げるかァ? そりゃあ敵を甘く見すぎだな」
ならったばかりのクソ簡単な算数を自慢げに披露してくるズーは置いとくとして。
足止めという考えは悪くないが、あまりに条件がきつい。
他に方法は……
頭を抱え込んでいると、くいくいと袖が引かれる。
「もっとかわきやすい液体……メタノールは?」
「……というと?」
「メタノールなら、分量を押さえさえすればたぶんもっとはやい。ただ……」
シャノンさんは言葉をきり、両手の指をあわせてそれを見つめる。
いやな予感がしたのも束の間、シャノンさんはさらに続ける。
「すっごく安全……の、反対。すっごく火がつきやすい。火がついたら火薬も爆発して……だいさんじ。あと、メタノールは吸い込んでも触っても毒。意識を失って倒れるし――最悪死ぬ」
……なるほど。
倉庫の爆発の原因は、これだったらしい。




