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71 偽書の看破

 ……は?

 この情報だけで……あれを偽書だと断定した……?


「(そのままいえば良いのぉ? えーっとお、じゃあいうね?)」


 ニーアさんの言葉を受けて、アビスがふらふらと立ち上がる。

 ……まずい。この感じ、いやな予感が……


「その文書はぁあ、偽物だぁあああああ!」


 アビスはバンと机を叩き、指をびしりと立てて。


 静かな取引の雰囲気をぶっ壊すように、酔っ払い特有の大声でそう言い放った。


 静まり返る部屋。誰もがアビスの方を、信じられないものを見るような目で見つめていた。


 思わず目を覆う。

 共感性周知が凄い。

 本当に見てられない。


「(え? え? なんでこんなに睨まれてるの? やばっ、なんかすーっとしてきた。やばいやばいやばい、なんか変なこと言っちゃった……?)」


 青ざめてがくがくと震えだすアビスに対し、奥に座るベイルは低い声で。


「……今の発言はなんだ。ユグノ殿、彼女は?」

「え、えー、彼女は、教皇様が連れていくように指示したものなのですが……」


 いかなる時も冷静なユグノ翁が、とんでもなく焦っている。

 そりゃそうだ。

 こんな大事な取引の場面でこんなこと……


「(あーやばい。なんか急に覚めた。もしかしてこのまま処刑される? やばいやばいやばい、どうにかしてよおにーちゃん!)」


 どうにかしろって言われても、とニーアさんを伺うと。

 慌てるのが馬鹿らしくなるほどに、ニーアさんは完全に落ち着いていた。


「(今から、私が言う事だけを繰り返して彼らにお伝えください。そうすれば、必ず上手くいきます)」

「(ほ、ほんとに……? めっちゃやばそうだけど……ほんとだね! 信じるからね! おっぱいのでかい獣人のおねーちゃん!)」


 この状況で、どこからその自信が……?

 ニーアはその映像を凝視しながら、ゆっくりと口を開く。


「え、えっと……ご、ご挨拶が遅れました、わたくし、こ、こもんじょ? のけんきゅーをおこなっている、あ、アビスと申すものです。わたくしはその知見を持って……えっと……その文書のしんぎ? を判断するようにと、教皇より命を受けて……お、おります」


 ……全然だめじゃねーか。

 なんだその、音読する小学生みたいな喋り方は。

 ニーアさんもニーアさんで、アビスの語彙に合わせて喋ってやれよ。


「……文書の真偽を? ならば先の発言は、根拠のあるものなのか?」


 ほとんど睨みつけるような顔のベイル。

 怯まないように、アビスはゼタの手をぎゅっと握る。


「ま、まず、このぶんしょは、写しのようですね。えっと……この文章は本物と、いちじいっく? 同じだと考えて、いいのですね?」

「そうだろう。このような文書で間違いがあるとすれば、それこそ問題だ」

「な、ならば……この文書は偽書だと……。だ、断言できます……っ!」


 ……なに?

 文章を読んだだけで、偽書だと分かる……?


「……どういうことだ」

「お、王国はこれを、三百年前に書かれた古文書だと主張したのでしょう? しかし、それは、あり得ません!」


 部屋中が再び騒がしくなる。

 たどたどしい喋り方だろうが何だろうが、これは大問題だ。

 ベイルは緊張感をもって腕を組みなおす。


「この偽書は、全体的によくできて、います。おそらく……古代エンデ語で書かれた、聖典を参考にしたのでしょう。しかし……三百年前ではまだ存在しないはずの、ここ百年で用いられるようになった単語や……そもそも現代のつづりを誤って使ってしまっている場所も見受けられます」


 そういう……ことか……!

 アビスから放たれる言葉は、徐々に流暢なモノへと変わっていく。

 一介の修道女の言葉のはずなのに、どこか迫力を帯びてきている。


「……その時代であればあり得ない文章だと?」

「はい、その通りです。分かりやすいところでも複数の誤りが見られますし、専門的な視点で見ればよりボロが出ます。古代エンデ語は文脈によって名詞が変形する言語ですが、所々に文脈に沿わない変形をする名詞があったり文法を誤っていたりと……読めば読むほどこれは、粗末な偽書と断定せざるを得ません」


 そう言い切ると、アビスはいつの間にか自信満々な表情になっていた。

 獣人はしばらく真偽を見定めるように、アビスの赤らんだ顔を見つめると。


「……これが出まかせであれば、すぐに分かる。時間稼ぎにもならんぞ」

「はい、勿論です。どうぞお調べください」

「……そうか。では一度退出を。学者を呼ばせる。この真偽が分からなければ、これ以上の交渉は出来ないだろう」


 ベイルが言って立ち上がる、その遠い遠いゲティアの地で。

 アビスを操っていたニーアが、ほうと小さくため息を吐いた。


 ……なんて知識量だ。

 途中で口を挟むことすらできないほど、その場を圧倒していた。

 もしこれが本当なら、この人は文書を一見しただけで、国を動かしたってことに……


――――――――――――――――――


「い、今だに軽い検討しかできておりませんが……少なくとも、指摘された点は全て、学術的に裏付けのあるもののようです。これが単なるミスなのか、それとも偽造した証拠であるかの断定は避けますが……」

「そうか。しかしそれだけ間違いのある文書を根拠に戦争をしようというのは無責任な行動だと言わざるを得まい。エンデに使者を送れ」

「はっ……!」


 これは……!

 使者が出て行き、それを見届けたユグノが口を開く。


「ならば……返答は期待して良いのですな?」

「この件には検討が必要だ。が、もしエンデが不正直な小細工を弄してまで、敗戦国に侵攻しようとしているとなれば……正義はエンデを見限る(・・・・・・・・・・)かもしれぬな」


 ベイルはそう言い、不敵に笑みを浮かべた。


 ……勝った。勝ってしまった。

 一国の工作が、たった一人の聖書オタクによって崩された。

 これでゲティアが火薬を手に入れられるようになれば……全てが変わる。


 当の本人は、当たり前だと言わんばかりに澄ましているけど。


「えっと……じゃあ、これで終わりだよね? 念話、切るよ?」

「え、えぇ。お願いします」


 念話を切る直前、ウルグガルグから最後に聞こえてきたのは――


「アビス様? その、会談は終わりましたので……ね、寝てる……?」

「ん…………おかあさ……おとお…………生きて……た…………」


 アビスのふやけきった寝顔と、その寝言だった。

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