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70 ウルグガルグとの交渉

「(あーあー。聞こえてますか? 聞こえてたら声は出さずに――)」

「うわあああああああああああああ⁉ な、なに⁉ おにーちゃん⁉ どっから声が……⁉」


 バカ、声を出すな。

 使節団の人がびっくりしてんじゃねーか。


「(静かにしてください、念話で連絡することは伝えましたよね? もう忘れたんですか?)」

「い、いやだって、こんなの慣れないし……」

「(返事も声を出さなくていいです。そちらも念じれば声は届きますから。それに、そちらの状況はこちらにも見えてるのでわざわざ説明しなくて良いですよ)」

「(えー? じゃあさっき船の中で大人の男の人と優雅な会話をしてたのも見られてたの? 困っちゃうなぁ)」

「(好きな貴族の残飯ランキングの話が、優雅ですか……?)」

 

 教皇室にはグラシア様とニーアさん、そして俺とエレミアの四人が奇跡を介して現地を見ている。


 本来ならば使節にくっついていくのが最善なのだろうが、往復の時間で一日を優に越してしまうのでその選択肢は取れなかった。


「じゃあこの景色も見えてるの? これすごくない⁉ この銀色の城!」

「(こ、声に出さないでください! 頼みますから……!)」


 あっ、とアビスは口をふさぎ、周りの人に怪訝な目で見られている。


 獣人の国、ウルグガルグ。


 豊富な鉄資源がある国家であり、景色は一面銀に染まっている。


 かねてより争いの絶えない国家であったが、ウルグガルグ内戦によりヴリム族が力を失い、サピア族が政治の主導権を握るようになってから、内政が安定して来たとかなんとか。

 サピア政権下では国際秩序への意識は高く、残念ながらエンデ王国と関係は悪くない。

 そういう意味でも、今回の使節は厳しい見通しがなされている。


 使節団は巨大な鋼鉄城へと向かう。

 途中、ゼタ様の事が見える使節団と、見えないウルグガルグ兵の間で齟齬が生じた事もあったが……何とかごまかして。

 

「(すごいなぁ……。国の使節ってなると、こんなにすごい扱いを受けるもんなんだねぇ……。びっくりしちゃった、さっきのでっかいお肉見た?)」

「(……アビス様、協議が始まってます)」

「(いやー……さっきの骨付き肉から滴る肉汁がすんごくてさぁ……そうだ、さっきすんごい高そうなお酒飲んだんだよねぇ! 流石にゼタに飲ませるのはよくないからぁ~、アビスが二人分飲んでぇ~)」


 アビスの思考がふわふわとして来ている。

 もうお酒が回り始めて来たのか……?


「(あー……だんだん眠くなってきたや。この椅子ふかふかで……)」

「(バカバカバカ! 起きてください! 起きててもらわないと、何か起きても干渉する方法が無くなるんですよ!)」


 本当に頼む。こんなんじゃわざわざアビスを忍び込ませた意味が……!

 

 この時間軸に来るために、俺は一度未来を経由している。

 そのときは、予想通り使節は取引を失敗していた。

 つまり、これから起きる何かを変えなきゃいけない。


 アビスの居眠りなんかで、残り四回しかない遡行をまた使う羽目になるのだけは……!

 と、眠りそうになっているアビスを何とかたたき起こそうと騒いでいると。


「申し訳ないが、我々はゲティアに協力できない」


 と、ウルグガルグ側の代表が切り出した。

 世継ぎの居ないウルグガルグで、次期の王候補とも目されるウルグガルグの宰相――ベイル。

 

 その否定的な一言目に、ゲティアの使者たちに緊張が走る。

 ……つまり正史では、これをひっくり返せなかったわけだ。

 

「王国は正当な開戦事由を持って戦争をしている。対してゲティアに正当性は見られない。明らかに正義に反する方を支援したとあらば、周りからの誹りは免れない。それも、今回のような取引に応じるのは……」


 なるほどな、正当な開戦事由……か。

 目を瞑るベイルに、ユグノが背を正す。


「正統な開戦事由と仰いますがな、ベイル殿。あんなのは王国のでっち上げた適当なものですぞ。我々は敗戦直後であり、それに付け込むのは騎士道精神に反する。結局は支配権を取り戻したいだけだというのは透けて見えるでしょう」

「しかし王国は古文書を根拠に、正式な支配権を主張している。それも三百年前のものだという、正当な文書だ。対してゲティアはそれを覆すすべを持たないだろう」


 ……古文書?

 部下の獣人が文書を取り出して、それをユグノ翁の手元へと置いた。


 ……エンデは本当に手回しが早いな。

 正当性を主張し、暗にゲティアには協力するなと根回しをしているのだろう。

 確かに物証を出されては苦しいな。


「確かにいまさら三百年前の文書の正当性を覆す、というのは土台無理な話です。しかし……条件次第、というわけには行かないのですかな。もし利害の一致があれば、こちらも協力をするつもりですが」

「我々ウルグガルグの国民は何よりも正義を重んじる。目の前の利益のため、不正義のためにわざわざ大国エンデからの恨みを買うような真似は……」


「(アビス様、もう少しお近づきになれますか)」


 耳元で声がして、少しびっくりする。

 傍で傍観していたはずのニーアさんが、突如ずいと身を乗り出してきていた。

 ……なんだ? 急に……


「(ああああん? いま眠いんだよぉ……。なんかひっくい声でずっと話してるし、なんかもー全部どうでもいいって言うか……)」

「(お願いいたします。ほんの少しだけで構いません。ユグノの手元の古文書が見えるように……)」

「(えー? 見たところでどーすんのさぁ……あー、きもちぃなぁ……)」

「(ここで頑張っていただければ、お好きなようにお胸を大きくしてくださるようですよ。それに、格好いい紋章を手の甲にお付けすると)」


 なこと言ってねえよ。

 てかアビスも、そんなんで釣られるような馬鹿じゃ……


「(……ほんと?)」


 あ、顔を上げた。

 手ごたえを感じて嬉しかったのか、ニーアさんは耳をぴょこんと立てて続ける。


「(はい、勿論でございます。翼は赤と黒のグラデーションでかっこよく、更に力めば目を紅く光らせる事も出来るとか……)」

「(じゃあやる)」

「(……では、テーブルの上の文書が良く見えるようにお願いいたします)」

「(はぁいはい、約束忘れないでよぉ? ほら、んー)」


 なんか変な約束をしてるけど……要望通り、アビスは身を乗り出す。


 じょじょに映像がはっきりしてきて、机の上の文書が良く見えるようになった。


 三百年前の文書という割にはぱりっとしていて綺麗だ。

 流石に原本を渡してきたわけじゃ無いんだろう。

 もし原本なら、古び方とかでその信憑性とかにケチをつけることは出来ただろうけど……


 ニーアさんは耳をピンと立てながら、集中している様子で文書を睨みつけ……しばらくの後に耳がへなっと戻る。

 

「(……なるほど。では、代表の方にお伝えください。『この文書は偽書だ』と)」

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