64 殺人者の偏愛
……まずいな。
面識のない二人はともかく、俺の姿だけは見られたくない。
『透明化』……は、力が足りない。
ならせめて『変身』で――
「……あ、客人がいらっしゃっていたのですかっ! これは失礼いたしました!」
部屋に飛び込んでくると、俺たちの姿を認めて慌てて頭を下げた。
俺は咄嗟に髪の毛を伸ばして目元を隠し、女性の修道女を装う。
いつもは用心して髪の毛の色も変えているのだが……急すぎてそうしている暇もなかった。
まぁ、先ほどイザヤの前で見せた姿とは違うから大丈夫だろう。
「え⁉ え⁉ なんで、いまおにーちゃん、髪がにゅって――うぷっ!」
「イザヤか。彼女らはもうお帰りだ。送ってやってくれ」
「はいっ! ただその前に少しだけ……お伺いしたいことがございますっ!」
ディアロは眉間にしわを寄せて、『これのことか?』とこちらを見やる。
俺は小さく頷くと、ディアロは眉を吊り上げた。
頼む。ここは話を合わせてくれ。
「その、魔族軍との取引の件で! あれは、ディアロ様もご存じのことなのですね? 教会に伺った際、リヴィゼ王女の姿を見て驚いたのですが!」
俺たちの前だからか、イザヤは言葉を濁している。
ディアロの方は一瞬ためらいを見せたが。
「そうだ。何も問題はない。全ては計画通り動いている」
「そ、それは失礼いたしましたっ! 危うく、台無しにするところで……。ではお三方、イザヤがお見送りいたしますっ!」
心底安心したような笑顔でイザヤはそう言うが。
お見送りは勘弁してほしいのだけど。
「その……我々は自分で帰れますから、お手を煩わせるわけには……」
「何を言いますかっ! 女性と幼い子供をこんな遅くにお返しするわけにはいきませんよ! ほらほら!」
屈託のない笑顔で、イザヤはぐいぐいと押し出してくる。
……マズいな。
俺はもうすぐタイムリミットがあるし、この二人に関しては闇市の路地裏に住んでるらしいし……
―――――――――――――――
東区貴族街の大きなお屋敷の前。
イザヤは腰をかがめて、アビスとゼタ様の二人に手を振る。
「――はい、ここで良いのですね? それではお二人とも、お気をつけて!」
「ありがとね、おねーちゃん! おにーちゃんも! ばいばい!」
二人は今夜、この家の食べ残しを漁るつもりらしい。
アビスはともかく、ゼタ様にそんなものを食わせないで欲しい。
「それにしてもすごい豪邸でしたね……! ご種族は違うようですが、貴族のお子様なのでしょうか!」
……そうだったら良かったんだけど。
イザヤは興奮した様子だが、真実を知ったらどう思うんだろうか。
二人の姿を見送ってから、俺はイザヤと二人で夜道を歩く。
「あなたはそのっ、ゲティアの地に来てから長いのですかっ?」
沈黙の気まずさを感じる暇もなく。
夜の闇に負けない明るさで、イザヤはこちらを見上げて来る。
「えーと……一応私は、生まれた時からゲティアに居ます……ね」
「そうなのですねっ。どうりで、何か罪を犯してこの地に来たようには見受けられませんでしたから!」
「は、はは……そうですか……」
闇に紛れるのをいいことに、ぎこちない愛想笑いをする。
過去の話を掘り下げるのはボロが出そうで怖いな。
さっさと話題を逸らした方が良さそうだ。
「え、えっと……それを言うなら、イザヤさんもですよね。なんというか、正義を貫いて、正直に、まっすぐ生きているような……そんな印象を受けますよ」
「いえっ! そんなことはありません! イザヤは、大罪を負ってこの地に来ましたから!」
……大罪?
明るい口調を変えずに、イザヤはそんなことを言う。
薄暗い中では、その表情までは見えない。
が、何と答えれば良いかと考えているうちに。
「イザヤは……人を、殺したのです」
「えっ」
人を……殺した?
急な爆弾発言に思考が吹っ飛ぶ。
そんなこと、初対面の人に言ってしまっていいのか。
そう思ったのがイザヤにも何となく伝わったのか。
「隠すつもりは有りません! イザヤは、その償いのためにも、人生をかけて世界を良くしようとしているのですからっ」
……償うにしても殺人は無理だろ。
そう思うものの、一応は口に出さずに。
「そ、そうですか……。ゲティアに来る前はやはり、エンデに?」
「はいっ。王国で奴隷として。子供頃に、小鬼族の潜む群島で、家族ごと攫われて、売りに出されたのです」
「……酷い話ですね」
人権もへったくれもない時代は、これが怖い。
意思のある人間を何だと思っているのか。
「奴隷として働く毎日は……やっぱりお辛かったですか」
「どうでしょう……それが当たり前だったので、今思うほど苦しいものではなかったと思いますっ! ただある日、まだ年端もいかないイザヤを、当時のご主人様が売り飛ばそうとして」
「それは……ご両親も一緒に?」
「いえ、自分だけです。その売り先は、少女の小鬼族を好んで買い取ることで有名な貴族で……。あ、あまり貴女のような淑女の前でいうことではありませんが!」
……本当に酷いな。
過去の話のように言っているが、ほんの十年以内の話のはずだ。
今もエンデではこういう事が横行していると思うと……胸糞が悪い。
「私が売られてしまうと知って、それまでずーっと従順だった両親が、その時初めて抵抗をしたのです。しかし抗議の余地なく、そのまま二人は捕らえられてしまいました」
何と相槌を打てばいいやら。
愛する子供がどこの誰かも知らない男に売られる……
両親の胸の内を思うと心が痛い。
「捕らえられた両親は目の前で見せしめとばかりに棒で叩かれました。そのとき……死にそうになっている二人を見て、頭がどうにかなりそうになったんです。泣いて、叫んで、それでも止めてくれなくて」
イザヤの声音は暗い。
一度言葉を切って、しばらく歩いたのちに。
「気づいたときには……周りが血の海になっていました」
そう、切り出した。
「両親を罰していた同族の小鬼と、両親と、その近くにいた者はみんな、死んでいました。ご主人様はあっけに取られていましたが、これほどの惨状を見せつけられて手出しは出来なかったのか……私が逃げるときに追手は来ませんでした」
死んだのは、憎き人間じゃないのか。
よりにもよって、愛する両親をその手で。
「……そこで何があったんですか? やはり魔法が……?」
「はい。王国では魔法の仕様も教育も禁じられていますから、今もその方法は分かりません。が、おそらく、あまりの恐怖と怒りと、色々な感情がぐちゃぐちゃになった結果、魔力が暴走してしまったのだと思います」
気がつけば、イザヤの表情は全くうかがえないほどの暗闇になっていた。
そのせいか、イザヤの声も沈んで聞こえる。
また、新たな罪の形だ。
彼女は意図せずに、愛する両親と、その周りにいた無実の小鬼を殺した。
なのに、死ぬほど憎い人は殺せずにいる。
「それで……ゲティアに逃げてきたのですか。でも、その状況でどうやって、生きていって……?」
「いのちからがらでゲティア行きの船に潜り込み、私はほとんど死んでいました。それを助けてくれたのが……まさしく、ディアロ様だったのですよっ!」
おお、急に声が明るく。
「命の恩人、というやつですね。出会いはそのときだったんですか」
「はいっ! そうなんですっ! 巷では、あのお方は悪魔だなんだと色々囁かれているようですが……ディアロ様の事は、イザヤ自身が良く知っています! あのお方は、悪人などではありませんっ!」
熱のこもった様子で顔を近づけて来るイザヤ。
近い近い。いくらなんでも興奮しすぎ。
「憎き王国からの独立を果たし、こうしてゲティアが存続できているのは、ディアロ様のお陰なのですっ! それが今、危機に瀕しているわけですが……なんとしてでも勝たなければならないのは、イザヤの経験が証明している通りなのですっ!」
急に政治色強い話に代わって来たな。
確かに王国からの宣戦布告は近い。
支配を受け入れるという意味は、小鬼族と他種族では話が変わってくるのだろう。
文字通りの死活問題。
王国の支配を受け入れるということは、奴隷への逆戻りを意味するわけで。
「このままではゲティアの敗北は必至です。だからこそ、イザヤはディアロ様の眼となり足となる必要があるのですが……っ!」
ディアロ様の話をし始めてから、イザヤは流れるように語り続けている。
一方で俺の方はそろそろ、体の限界を感じ始めている。
目の前で消えるのは流石にまずいだろうな。
ここは何とか会話を切り上げて……
「ほ、本当にディアロさんのことがお好きなんですね。何となく分かっていましたが……」
「そ、そんなことは、おこがましくてとても。ディアロ様は、ディアロ様おひとりで完成された、完璧な存在です。そんな所に、奴隷の分際で隣に立とうなどとは思っていません!」
「はぁ……物凄い愛ですね。ところで」
「もちろんです! あのお方の慈悲深さ、あのお方のお美しい所作、安心させられる声! 目標へ向かって努力すること以外の何にも興味を持たない実直さ……合理性を突き詰めたような冷淡さもまた良くて……そして時折見せるやさしさに、イザヤは……」
だめだコレは。完全に目を輝かせてしまっている。
むしろここまで熱中されると逆に好都合かもしれない。
好きなだけ喋らせて、その隙に……
「――――分かりますか、あのお方の完璧さがっ! しかしですね、完璧であるがゆえに民衆に誤解されてしまうというのもまた、ディアロ様の魅力の一つであり、これが理解されづらい魅力なのですが……。……あ、あれ? さっきまでそこに居のに……ど、どちらに行ってしまわれたのですかっ? お、おーい! どこに消えて……⁉」
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