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65 開戦

第六章

「――み、見えました! 王国軍旗を掲げた船が、こちらに!」


 兵士の報告に船上がどよめく。

 緊張感漂う海上で、海兵たちは唾をのんでマストを見上げた。


「船の総数は六十ほど! 海路は通商船のものと同様、方角は南南西! ……どちらも情報通り!」


 その報告に、船上は再び沸き立った。

 船の出向日時も、規模も、ルートも。

 その全てが、こちらの情報通りだ。


「……しかし驚きましたな。こんな遠くから本当に、水平線にいる船の旗まで見えてしまうとは」


 ユグノ翁は呟き、船のマストを見上げる。

 マスト上に立つ兵は、片手に望遠鏡を握りそれを覗き込んでいた。

 

「出航時間から逆算すると……平均速度は4.5ノットほど。港へは……あと二時間ですか」


 将校のなぞる海図は、以前見たような簡易的なものではない。

 縮尺は正確で、重要な海路には水深まで記されている。


「しかし――正確無比な海図といい、光学鏡といい――オニキス殿には頭が上がりませぬな。その上戦費の融資まで行って頂いているというのだから……」


 エンデとの戦闘にあたり、その準備は万端にしている。

 ニーアさんの行った暗号解読によって進軍計画は完全に把握し……

 アニマくんの持っていた知識と道具を、オニキスの手を介して売り込む。


 オニキスはここで教会に恩を売っておくことで後から色々商業特権を得ようと画策しているらしい。

 いかなる時も商魂たくましい。

 流石はオブシディア家を興しただけはある。


「信号を各所に送れ! 撤退し、観測に徹する――!」


―――――――――――――――


 宣戦布告がされたのは、俺が寝ている間だったらしい。


 王国の使節がわざわざゲティアまで足を運んで来て。

 『魔族軍に屈し、大陸の平和を脅かす存在となった貴国に正義の鉄槌を下す――』

 『罪なき我が王国民を傷つけたのは、貴国が魔族に与した明白な証拠である――』

 ――云々。


 言いがかりにもほどがある。

 正直に『魔族軍を倒すために丁度いい足掛かりだから』とか『通商に向いた土地だから奪いたい』とか言ってくれればいいのに。

 

 だけど、宣戦布告の日が予想通りだったのもあって、暗号解読により一層の熱が込められるようになった。


 文書上でしか予想できなかったルートの解析も、アニマ版海図のお陰で詳細なところまで判明して、船の速度、作戦の開始時刻等から、殆どのことを割り出せるようになって。


 あとは、魔族たちがこれをどう利用するか。

 ゲティアに海上での戦力はほぼ皆無なので、すべてはリヴィゼ達に掛かっている。


 ――と。

 せわしなく動き続ける甲板の上から、突如声が響く。


「閣下! ゲティア東部の岸壁側面に――ま、魔族軍の船が多数! あれは……?」

「魔族軍なら問題は無い。視界に捕らえながら、撤退を続けなさい」


 ユグノ翁の言葉に空気が揺れた。

 兵士達ですら、魔族軍に戦ってもらうことは知らされていない。

 こんな危険なタイミングで船を出す魔族軍、それを忠告しないユグノ翁の意図に疑念が生まれたようだ。


「し、しかし……このままでは、進行方向の王国軍と衝突することが考えられます! 敵とはいえ、停戦中の国の船には何か信号を送るべきでは……」

「先ほどの王国船の信号は、彼らの船も読み取っています。それが分かったうえでの行動となれば、我々がとやかく言うことではないでしょう」


 通商船が使う海路の中で、陸の近くを通るポイント。

 かつ、進行方向からは見えない岸壁、船を待機させる場所が存在する場所だ。

 情報が漏れないように夜のうちに移動させておき、待ち伏せる。

 

 計画通り。魔族軍の十五隻のうち十隻には大砲と大砲がほぼ満量積んである。

 不意打ちのアドバンテージを活かすため、最終的に火薬は七割をこの海の上で使い果たす計画となった。


 ……もうすぐだ。

 双方の距離は一キロ足らずになり、大砲の有効射程に入る。

 大丈夫。船には十分量の火薬と大砲が積んである。

 一方的な砲撃、それになすすべなく王国軍は沈む。


「ま、魔族軍が動き出しました!」


 船上の誰もがその衝突に釘付けになる。

 王国海軍がまとまって進む、その死角から魔族軍の船団が姿を現し。


 そして――砲が一斉に火を噴いた。


 遠く離れたはずの船にも、空気がびりびりと震えるような音が断続的に聞こえてくる。


 反動で揺れる船が、一切の手加減なしに次々と鉄の砲弾を放つ。


 鉄の塊が船を食い破っていき、みるみるうちに先頭の船は沈み始めた。


「なるほど、カノンは海上でこそ真価を発揮する――。これならば敗けるはずもないな」


 感心したようなユグノ翁の声に、兵士はみな唖然としている。


「あ、あれは……⁉ どうして魔族軍が王国軍と⁉」

「さぁ? だが我々には僥倖だな。魔族軍が我々の代わりに王国軍と戦ってくれているのだから」


 砲音の轟く中、ユグノは顎髭を触る。

 船団の距離は五百メートルほどか。

 近づくまでに、まだまだ――


「――ッ⁉」


 空気が、震えた。


 沈みかけていた王国軍の先頭が、巨大な火柱を上げて爆発する。

 ただの鉄の球に、爆発する作用なんてない。


 なのにこうして爆破が起きたということは。

 王国船の積み荷に可燃性の何かが――?


「――まさか」


 ユグノ翁の顔が青く染まり、額に汗がにじむ。


 沈んだ船の後ろから姿を現した王国の軍艦。

 甲板には、黒光りする鉄の筒が並んでいる。


 そのうちの一つが、轟音と共に火を噴く。

 一方的だったはずの戦場は、砲音と鉄弾の飛び交う地獄と化していた。

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