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62 魔族軍との交渉

「……なによこれ。ほんとに全部書いてあるじゃない」 


 手にした書類から顔を上げ、目をしばたたかせるリヴィゼ様。

 資料には、開戦間近の王国軍の情報が、本当に『全て』書いてあった。

 暗号解読の方法が判明してから、そう時間は経ってないはずなんだが……

 

「ニーアが休みなしにずっと解読し続けてるお陰です。あの子、聖書研究で文字を数える作業をずっとしていたせいか……他の諜報部の人とは比較にならない速度で解読ができるみたいで」


 財政担当のはずなんだけど、それ以上に暗号解読が大事なんだろう。

 お茶くみだのお片付けだの、財政だの……夜伽だの。

 その上俺を殺すという謎任務もあるんだから忙しい人だ。


「でも、思ったより兵力は少なく済ませるつもりみたいね。おまえたちがザコだから舐められてるのかしら」

「は、はぁ⁉ 誰が……!」

「動員する大型船は六十とありますが……これでも少ないと?」


 憤慨するイザヤを押さえて、グラシアは冷静に尋ねる。


「ばーか、エンデの軍事力なめてんの? 考えて見なさいって、二百人乗せられる大型船が六十隻ってことは……だいたい一万ちょいでしょ? おまえたちを叩き潰すには十分すぎる数字だけど、王国は十万の兵を持ってのよ?」


 ……確かに。十分の一しか使ってないのか。

 そう考えてみると、舐められてると言わざるを得ないな。


「ま、今回に限ってはおまえたちがザコで助かったわ。ただ……一つ気になることがあるのよね」

「なんですか! これだけの情報をタダで盗み見て、ケチをつけるつもりですか!」

「進軍計画が具体的に書いてあるのは良いんだけど、文字の情報だけじゃルートを絞れないのよ。もっと正確な海図はないわけ?」


 テーブルに広げられた地図は、エンデとゲティアの位置関係を示した簡易的なものだ。


「……えぇ。そのことはユグノも懸念しておりました。しかし今から測量をする時間もありませんし……」

「それの何が問題なのですか! 海の上に限っては、奇襲などは通用しないことなど分かり切っているはずですっ!」


 いちいち噛みつくな、イザヤは。

 確かに、海上での奇襲は通用しないとはよく言われるけど。


 海の上は何の障害物もないので、身を隠すことができない。

 つまり姿を現すのは水平線、遠く五キロ先にいるだけで相手には丸見え。

 急襲する側がどれだけ急ごうとも、防衛側はそこから体制を立て直すことが十分出来てしまう。

 ……が。


「それはおまえたち未開人の常識でしょ。海賊みたいに乗り込んでいって剣を猿みたいに振り回す、それ以外の選択肢があんのよ」

「それ以外の選択肢? それって……」

「おまえたちも戦いの中で何度か見たと思うけど、余の軍は大砲(キャノン)を持ってるの」


 ……その名前がここで来るか。

 火薬兵器、この時代にしては明らかなオーバーテクノロジーだ。


「カノン……遠くに鉄の球を飛ばせる魔法のことですかっ! あのズルっこ魔法を、海の上で⁉」

「ズルっこって……とにかくあれがあれば、向こうの準備が整う前に、一方的な攻撃ができるのよ。これを最大限利用するには、向こうの正確な侵攻ルートが必要になるわけ」

「一方的に……ですか。そんなことが出来るなら適当に布陣を引いたとしても、敗けるはずが無いように思えるのですが」


 ……確かに。

 こちらだけが火薬武器を使えるとか、そんなのどうやったって敗けようがない。

 兵力差も、情報不足も関係ない。

 今まで何を必死こいてやってきたんだって話に……


「万全な状態ならね。問題は、ウチが旧世界から持って来た火薬が尽きかけてるってこと」

 

 ……は?

 肘枕をつきながら、むすっとした表情でリヴィゼはそう言い放った。


「か、火薬が付きかけてる……? なら、残りはどれほど……?」

「船一隻に六門乗せて、それを三時間打ち続けられる量を一隻分とすると……せいぜい十隻分が限界ね」


 リヴィゼは腕を組み、天井を見つめながら答える。

 対してグラシアは首を傾げると。


「進軍ルートを外したら、それだけで敗北しかねないということですか。なら、それらを最初から最終目的地の南港に集中させればいい話では……?」

「あさはかね。南港が最終目的地ってのが途中で変更されたら、これこそ致命的でしょ。無防備の場所に上陸されたら、大砲の恩恵は受けられない。それよりも前の地点で待ち構える方が取り返しがつきやすいの。でしょ?」


 テーブル上の簡易海図、その王国の周辺の内海を指でなぞりながらリヴィゼは言う。

 ふむ、よく考えている。だてに魔族軍を取り仕切っていない。


「それは……確かに。外したら逆に、後ろから挟み撃ちにすることも可能ですね。しかし……リスク分散のために、港にも大砲を設置しておくのは? 船を多少打ち漏らす可能性も考えられますし、多少の大砲と火薬はこちらに分けても」

「な、なにを馬鹿なことを言ってるのですかっ! 魔族軍は停戦協定を結んだだけの敵ですよ⁉ どうして兵器を我が国家に上陸させることを許すと思っているのですか!」

「何ばかなこと言ってんのよ。なんでおまえたちに大砲も火薬もあげなきゃいけないわけ?」


 二人とも意見が割れてるようで、言ってる事は同じだな。


「……大砲の提供は、情報だけでは不足だと仰るのですか?」

「当然。火薬も大砲も重要な戦略資源なんだから。それともまだカードがあんの?」

「あります。交渉材料なら」


 ……マジか。

 リヴィゼの言う通り、大砲を貸してもらえるってのは相当な利点だ。

 それを動かすほどのモノを用意してるってのか。


「ふーん。なによ、聞いてあげるわ」

「それは……その。とっておきのやつで……」


 グラシア様は何やら口ごもる。

 ……あれ。


「とっておき? 貴重な武器を明け渡すんだから、相応のものなんでしょうねえ?」

「ですから、それはもう……えっと……ほら……」


 ……おい。

 ちらちらとこっちを見るな。

 自信ありげにしといて、なんで俺がグラシア様の尻ぬぐいをしなきゃなんねーんだ。


「そ、その……ですから……」


 ……まぁ、かわいそうだし、重要な場面だから仕方ないか。

 ため息を吐いて、教皇を睨むリヴィゼに声をかける。


「魔族軍は今、深刻な木材不足に悩まされている。そうですよね?」

「……あ? なによ急に」


 リヴィゼが不機嫌そうにこちらを見やる。

 その目つきに怯みそうになるも、なんとか自分を鼓舞する。

 大丈夫、俺の推測は合ってるはずだ。


「ゲティアの冬は氷点下を割ります。あなた方の言う旧世界は、ゲティアよりも緯度が低く……温暖な気候ですよね。こちらの厳しい冬に耐えられるような構造をしていない魔物は多いはずです」


 リヴィゼはぴくりと眉を上げる。

 なぜ、それを知っているのかと言いたげだ。


 魔族たちの肌の色は白くないものが大半を占める。

 ゴブリンだのオークだの、メジャーどころは大抵色が濃い。


 これは進化の過程でメラニン色素の多い個体が生き残りやすい選択圧があった可能性を示している。

 メラニン色素は紫外線によるDNA損傷を防ぐ役割があるため、日光の強い赤道近くの国の人種に多く見られる性質がある。

 また体毛が薄く、黒目がちであるというのも彼らには共通している。

 つまり……彼らは特に、寒さに慣れていない種族なのだ。


「この冬を、寒さに弱いあなた方が耐え抜くには、薪が必要不可欠のはずです。しかし同時に木材の需要は高い。それに頼みの綱の森林は、噴火の影響で大半がダメになってしまった。この状況、既に凍えて命を落としそうな者が多くいるのでは?」


 イザヤはわずかに眉を吊り上げる。

 よかった。全くの的外れじゃなさそうだ。


「(ちょ、ちょっと? 木材の不足はウチも同じなんだけど……?)」


 耳打ちしてくるグラシア様を一旦無視して、俺は続ける。


「船の建造にはもちろん、鉄の加工にも高温の炉が必要なはずです。ゲティアに鉄資源は豊富にありますが、大砲や砲弾への加工のために、それを一度溶かす必要が出てくる。それらの問題を――木材の代替燃料である石炭が、全て解決してくれるのです」


 耳慣れない単語だったのか、リヴィゼは眉を上げる。


「……石炭って?」

「燃える石です。薪の代わりにその石を燃やして暖を取ることは勿論、高度な金属加工に耐え得るほどの温度を出せる優れものです」


 そう。ゲティアには良質な炭鉱が存在する。

 昔はよく取れていたのだが……掘りすぎて地下水が出るようになってからは、採算が取れずに生産が止まっていたらしい。

 それが噴火による木材不足で、一か月ほど前から石炭にまた注目が集まり……

 既に今は地下水を人力でかきだして採掘を行っている。

 

「彼ら兵士が木材不足で凍え死ぬのは大問題でしょう。このままでは木材不足でマズいことになるのは分かり切っています。そこで……ほら、グラシア様」


 あとは頼みますよ。

 俺が振ると、グラシア様は一瞬びくっと体をこわばらせる。


 が、すぐに意図は伝わったらしい。

 一度咳ばらいをすると、動揺を取り繕って言葉を続ける。


「あなた方が王国に侵攻し、領土を手に入れるまで……魔族軍に売る分の石炭を確保しましょう。この条件、無視は出来ないはずです」

「ただ売るだけ? そんなの、交渉材料に――」

「もちろん、提供するときは割安で」

「そんなもの……」


 ……まずいか? もう少し条件を付け足した方が……

 眉を潜めて口を開こうとしたリヴィゼより先に、イザヤがずいと前に出てくる。


「バカなことを言わないでくださいっ! 今でさえ補助金で赤字を垂れ流して流通させている石炭を、これ以上安く売ろうなど……!」

「し、しかしこうでもしなければ、魔族軍の協力を得る事は出来ません」

「そんな事よりも自国の経済の方が重要ですっ! 貴族による融資が切れた以上、余裕は殆どなくてですね……!」


 せっかくいい感じに話を運べたのに、二人は言い争いを始めてしまった。


 しかしリヴィゼは、二人のの諍いをじっくりと観察している様子で。


 やいのやいのと言い争う二人の前で魔族の王女は腕を組み。

 しばらく目を瞑って考え込んだのちに、ゆっくりと口を開いた。


「……ふん。しょぼい条件だけど、いいわ。飲んであげる。これも借りだと思いなさいよ」

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