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60 偽の情報

「海上封鎖をしろ? なんでまた急に……てか大丈夫? すっごい息上がってるけど」


 羽ペンを置き、怪訝そうにこちらを見上げるグラシア様。

 俺は息を整える暇もなく、息も絶え絶えに。


「り、理由は、後、です。そ、それからとある船を捜索して、文書を取り上げて来てほしいんです」

「文書って……停戦協定の? ――もしかして見つかったの⁉」

 

 ……近い近い。

 俺の言葉にグラシア様は目を見開き、机から身を乗り出してくる。

 それを両手で抑えながら、俺は首を振る。


「い、いえ、違います。取り上げて欲しいのは本物の文書じゃなくてですね。ニーアさんに書いてもらった、偽物の方です」

「……どゆこと?」

「説明している暇は有りません、今すぐにしなければ、ゲティアは滅びます」

 

――――――――――――――


 グラシア様はよく分からない様子だったが、すぐに頼んだ通りの命令を教皇の名において下してあくれた。

 俺も横から口を出して、さっきの船の特徴と、その隠し場所について付け加えて。


「――本当に理由も聞かずにやってくれるんですね」


 急かしておいてなんだけど、こんなにスムーズにいくとは。

 命令を下した部下が出ていくと同時に、俺が漏らすと。


「は、はぁ? あんたがすぐやれって言うから……」

「もちろん、俺としては助かりますよ。でもいつの間に俺をそんなに信用してくれるようになったのかなー……って。だってグラシア様からしたら俺って、ただゼヘタ神を騙る出自も知れないヤバい奴だったじゃないですか」

「そ、それは……今はどうでもいいじゃない。いいから、さっさと理由を教えてくれる? 協定書が盗まれたとき、最初は海上封鎖はしちゃダメだって言ってたじゃない」


 ごまかすように早口でまくし立てて、ふんと鼻を鳴らすグラシア様。

 確かに俺はそう言って、公的な海上封鎖ではなく海賊が出たという噂を流すだけにとどめた。


「俺がそれを止めたのは、海上封鎖をすることで文書を取り戻そうとしてしまったら、『文書の内容が重要で、かつ真実だ』と認めるようなものだからです。今度の場合はそれがむしろ、良い方に働くんですよ」


 首を傾げるグラシア様に、俺はなんと説明したものかと頭を捻る。


「俺は今、停戦協定の文書を盗んだ奴とは別の王国のスパイに、ニーアさんの書いた偽の協定文書を盗らせました。この時点で、王国側は二つの矛盾する文書を手に入れたことになります」

「なんでそんなこと……? まぁそこはいいわ。でも……矛盾する文書が二つあったって、どっちを信じるかは向こうが決めるんじゃないの?」

「そうです。だから、向こうにどちらの情報が正しいのか、その判断材料をくれてやればいいんです。その材料ってのが――海上封鎖によって、必死に文書を取り返そうとする姿、なんですよ」

「あっ……!」


 グラシア様は目を丸くする。

 そして合点がいったように大きく頷いた。

 

「そういう……こと! 魔族との共同防衛の項目が入ってる(・・・・)文書はなぜかすんなりと王国まで届けられたのに……相反する、共同防衛の項目が入ってない(・・・・・)文書は躍起になって捜索され、しかも取り返された。そうなれば前者の信頼度が落ちるってこと……?」


 ……理解が早い。やっぱりこの人、実は頭良いんじゃないか?

 俺も最初アビスから聞かされた時はちょっと理解に時間がかかったんだけど。


「はい。もともと王国の目線で考えてみれば、ゲティアにとって『魔族軍と手を組んだ』ことを見せかける(・・・・・)メリットは大きいんですよ。だって、本当はただ降参しただけなのに、王国側がびびって攻めてこなくなるんですから」

「考えてみればそうね。役人に文書を取り上げられたスパイは、なんとしてでももう一つの文書の方がフェイクだと王国に伝えるでしょうから……本物の文書は信用を失う。そうすれば王国は、ゲティアと魔族軍は手を組んでないと判断してくれるわけだから――」


 そこまで言って、ドンドン、と教皇室の扉が叩かれる。

 ……なんだ?

 外から息せき切って駆け込んできたのは、背丈の高い衛兵だった。


「教皇様! いましがた、港で謎の爆発が……!」


―――――――――――――

 

 爆発したのは王国からの商船との事だったが……やはり、例の船だった。

 幸い死者は確認されていないが、船に乗り込んだゲティアの役人二名が軽度の火傷を負った。


 目的は確実に証拠隠滅だろう。

 あの船には協定文書以外にも色々と乗せてあったのかもしれない。

 くまなく探せばもっといろいろ見つかったかもしれないだけに惜しい。

 

 が、もちろん良い知らせもある。

 

 連合国によってゲティアが侵攻される、その未来が変わったのだ。


 王国は協定書の真偽を保留することにし、同時に他国へ働きかける材料を失った。


 とりあえずは、アビスの策略のお陰で大成果を得ることが出来たのだが……


 しかし、人々の詰めかける協議室の緊張感を見るに、危機はまだ去っていない。

 ゲティア重役の面々を前にグラシア様は立ち上がり、緊張の面持ちで報告を始める。


「エンデでの諜報活動の結果、『国際的な批判を避けるための開戦事由に関する文書』が見つかりました。そのうちの一つに、ゲティア領内でエンデ王国民に何かしらの被害を受けさせ、そのこと喧伝する方法が検討されていた――と」

「そ、それは、先週の爆破事件の事を言っているのですかっ! しかし! 今回の事件は我々の攻撃によるものではありません! 王国の豚どもが、勝手に自爆をしただけですっ!」


 すーごい。豚とまで言うか。

 グラシア教皇が報告書を読み上げると辺りはざわつき、イザヤは憤慨して立ち上がる。

 諜報活動の結果、なんて言葉を濁してはいるが、実際には暗号解読の結果だ。


「そんなことは関係ない、これはいわゆる偽旗作戦だ。『よくも善良な我が国民を傷つけてくれたな、これは我々に対する宣戦布告に等しい』と事件を拡大解釈することなど、歴史上何度も繰り返されてきたことだろう」

 

 冷ややかに皮肉を言うドルエズに、イザヤはぎりっと歯を食いしばる。

 どうもイザヤは理想主義者過ぎるし、ドルエズは現実主義者過ぎる。


「とにかく、こうして開戦事由を与えてしまった以上……宣戦布告を妨げるものはありません。非常事態を宣言し、海域の防衛を強化すべきでしょうな」

「ユグノ殿はまだ戦うつもりでいるのか。総大将のくせに、現状を理解していないのか?」


 ドルエズの言葉に、辺りは静まり返る。

 人々の注目を受けて、ドルエズはやれやれと首を振ると。


「兵力もなければ金も武器も兵糧もないゲティアと、大陸一の軍事力を持つエンデ王国の戦争だぞ? 文字通り、万に一つも勝機は無い。我々貴族はこんな負け戦に金を出すつもりは毛頭無いからな」

「……ッ! ゲティアの存続がかかってるのですよ⁉ これは投機ではありませんっ! この地がエンデ王国の手に落ちれば――」

「落ちればなんだ? お前ら権威が責任を取らされて処刑されるのが嫌か? そんな事は我々には関係ない。支配者に取り入れるだけの資産があるからなぁ」


 ……明らかな挑発だな。

 それを察したのかグラシア様は、イザヤの反論を待たずに横から口を挟む。


「彼女は自己保身のために戦おうとしているわけではありません。王国侵攻に屈し領土支配を明け渡せば、民の負担が増えることが目に見えているからこそ、抗おうとしているのです」

「民の負担が増えるというのは疑問だろう。王国の目的は、魔族軍の侵攻を食い止める事だ。積極的にこの地を明け渡し、魔族に占拠された島の半分を攻め落として貰えば……土地を奪われた民は喜ぶのではないか?」

「バカなことを! 抗いもせずに明け渡せば、魔族との戦争にかかる経費だと言って搾取されるに決まっていますっ! 勝利することは叶わなくとも――」


 叫ぶイザヤに、ドルエズはニヤリとする。

 かかった、とでも言いたそうな不気味な笑顔。


「……聞いたか? イザヤ殿は、勝利のためではなく、王国との交渉をほんのすこしだけ有利にするために、人々に戦場へ向かえと仰ってるぞ?」

「そんな、ことは……っ!」

「そうだ、民衆は権力者の命乞いの材料として死ねばいい! 権力者のために敵兵に剣で心臓を突き刺して貰うことこそが、正しい生き方なのだ!」


 一瞬の沈黙の後、人々の怒号がその場を満たした。

 民衆が湧きたつその中で、ドルエズは愉快そうに笑い声を上げた。

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