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59 ゼタ様の異能

 ここまではスムーズに行った。

 けど、からは直接的な接触が必須になって来る。


 人間族のみが乗る船かつ、書類でチェックされていない船。

 それらの条件を満たす船のどこかに書類がある可能性は高いが……紙の一枚なんて、どこにだって隠せる。

 荷物の隙間、鍵付きの箱、秘密の隠し場所があるかもしれないし、もっと言えば服の中に隠すことだって簡単だろう。

 つまりもし仮に船を好き勝手捜査できるとしても、見つける事はかなり厳しい。

 そこで。


「ねぇおじさんたち、これ――落とさなかった? 大事なものじゃないの?」

「あ? なんだそりゃ。『停戦協定議定書』……? おいこりゃ……お上の大事な文書だぜ。おいボウズ、それはあそこにいる役人とかに渡してこい」


 ニーアさんに偽造してもらった、『共同防衛』の項目がない停戦協定書。

 これを、アビスに無垢な子供を装ってそれぞれの船に届けてもらった。


 精緻に作られたものだから、もし心当たりがあれば気づかないうちに落としてしまったのかも、と思わせられるだろう。

 しかも、内容は本物と矛盾している。

 偽物を受け取った後、本物をしまっておいたはずの場所を確認するだろうし……その後の行動を観察しておけば隠し場所を割り出すことができる。


「ま、またボウズって呼ばれた……な、なんで……」

「まぁまぁ、誰も演技を疑ってなかったですし。良いじゃないですか、無垢な男の子を演じるのが上手いなら」

「なんで男の子なのさ! アビスは女の子なの!」

 

 アビスの演技をイジったり、キレられたりしながら該当の船をまわり。


「……全部、外れましたけど」


 同じ手をすべての船でやってきたが、どれも不審な反応は得られなかった。

 ついでにほとんど全員に男の子だと思われていた。


「お、おかしいな。紙質も特殊だし、教皇の書名も入ってるし……ちょっとでも見覚えがあれば動揺すると思ったんだけど……」

「うーん……。あとは、たまたま船に協定書の事を知ってる人が乗ってなかったって可能性もありますけど――」


「そこの二人――。あぁ、さっきの坊や、だよね?」

 

 ……びっくりした。

 突如声をかけられて、驚いて振り向くと。

 そこにはにこやかに腰を落として喋る男が。


「いやぁ、その文書……私が教皇様に運んでいく仕事を請け負ってたんだけど……落としちゃって困ってたんだよ。拾ってくれて、本当にありがとう」


 ……来た。見た目は完全に人間族。

 バレバレの嘘までついて……完全に、こいつだ。


「そうなんだ、よかったぁ! じゃあ、はい!」

 

 無邪気な笑顔でアビスが文書を手渡すと、男はもう一度感謝の言葉を述べて、そのまま去っていく。


「また坊やって呼ばれてましたね」

「~~~~っ! うるさい! ……ほらゼタ、仕事!」


 アビスはぷりぷりしながら、ゼタ様の手を離す。


 男は案の定、船の方へと歩いて行く。

 ゼタ様はとことことその後をついて行き……

 男の後ろから、そのまま船に乗り込んでしまった。


「……え? そんな堂々と……」


 どういう……ことだ?


 知らないはずの少女が船に乗り込んできても、誰一人見向きもしない。

 どころか、件の男が他の人となにやら話しているのを、目の前で(・・・・)突っ立ってじっと聞いているのも見える。

 思わずアビスの顔を伺うと。

 

「言ったでしょ、ゼタはただの人じゃないって。なんでか知らないけどゼタは、見える人と、見えない人がいるみたいでさ」


 ……なんだそれは。


「見える人もいるってことは――ゼタ様が『透明化』を使ってるわけじゃないんですか?」

「……透明化? 何言ってんの? 魔族でもないのに、ゼタが魔法を使えるわけないでしょ」

「いえ、魔法じゃなくて奇跡の話ですよ。……悪魔なのに、奇跡をご存じないんですか?」


 俺が尋ねると、何故かアビスはおどおどとしだす。


「バッ……! 馬鹿言わないで! キセキぐらい知ってるし、アビスだって使える! お、おにーちゃんがあんまりにも的外れなこと言うから、一瞬出てこなかっただけだし!」

「え? 悪魔なのに、奇跡を使えるんですか? そんなの聞いた事無いんですけど」

「そ、そんなルール知らないし! アビスはただの悪魔じゃなくて、大悪魔だから例外で使えんの!」


 なんかわからんが、ぷりぷりしている。

 でも凄いな、悪魔の身でありながら神の奇跡を使えるのか。


 と、やり取りの中で一つ先ほどの違和感を思い出す。

 見える人と、見えない人がいるって――

 そうか、そういうことか。

 

「さっきの男が俺たちに声をかけたとき――『そこの二人(・・)』って言ってたのがちょっとひっかかってたんですよ。それってもしかして……」

「うん。あの人にはアビスとおにーちゃんの二人だけが喋ってるように見えたんでしょ。この島の外の人間はゼタのことが見えないことが多いっぽいし、あの人もその一人だったんだと思う」


 そういうことか。

 考えてみると、違和感はもう一つあった。


「それにさっき歩いてた時――『ゼタの事見えないでぶつかる人も多いんだから』って言って手を引っ張ってましたね。あの時はゼタ様が小さいから見えない、って意味だと勝手に解釈しましたけど……」

「小さくても見えてればぶつからないでしょ? アビスが言ってたのは、文字通り『見えない』って意味」


 そう……だったのか。


 思えば同じ神であるゼヘタさまも、グラシア様とかニーアさんには見えてなかった。

 人に信じられることで存在できる神だからこそ、それを信じない人にとっては存在しないことになる……のかもしれない。


 島の外の人は、ゼヘタ神を信仰していないから――ゼタ様を知覚できないとか?

 いや、そうなるとなんでニーアさんはゼヘタ様を知覚できてないんだ?

 グラシア様に至っては教皇だってのに……


――――――――――――――


 帰って来たゼタ様の手には、一枚の文書が。

 そのままアビスに渡し、耳元に口を近づけて、何やらこしょこしょ囁く。

 と、アビスの顔色がみるみる青くなり。

 ばっ、と文書を開くと。


「――共同防衛の項目が無いですね。元の偽造文書を持って帰って来た……? 本物は見つからなかったんですか?」

「え、えーっと……。ゼタが話を盗み聞きした感じ……あいつらは、間違いなく王国のスパイだったっぽい」

「ならどうして……」

「ただ、探してるやつとは別だったの。協定文書を奪うという命令は受けてないけど、重要そうな文書だから手に入れておいた……みたいな感じ、であってるよね?」


 アビスが尋ねると、ゼタ様はこくこくと頷く。

 なら……文書は取り返せなかった……? 全部の船をあたったのに……

 不安になって港を振り返ると、それに追い打ちをかけるような光景が。

 

「――あ。船がどんどん……!」

「動き出してるじゃん! うわさが嘘ってバレたんだ……!」


 港の出口に近い方から、船が徐々に出港し始めている。

 もう、タイムリミットは来てしまった。なら今から時間を戻す……


 いや、遡行したとして、何が出来るんだ?

 該当する船は全てチェックした、けれども何も見つからなかった。

 なら、今更戻ったところで。


 まずい、どころか。

 もう、どうしようも――。


「依頼は、文書をすり替えること、だったよね」

「……はい。でももう……」


 水平線へと向かっていく船を遠めに眺める。

 悔しそうにつぶやくアビスの手を、ゼタ様はきゅっと握り締めた。


「依頼は失敗した、けど――おにーちゃんの目的は達成できる、かもしれない」

「……え?」

「だから……成功したら、後金の半分だけでももらえないかな」


 どういう……ことだ? この状況から、どうにかなるって……?

 思わずアビスを見つめるも、その目は本気だった。


「そうでもしなきゃ、この子がお腹すかせちゃう。お金が無くてアビスだけが飢え死にするなら仕方ないけど、この子だけは……!」


 切羽詰まったような声で、そう訴えるアビス。

 恥も外聞もかなぐり捨てた、必死な頼みだ。


「おねがい、絶対にやり遂げるから! もう一回だけチャンスをください!」


 深々と頭を下げ、アビスはそう懇願する。

 その手を握るゼタ様は状況を理解していないようで、ぽかんと口を開けてこちらを見上げている。


 ……そうだよな。

 この年で、両親もいない中で、血も繋がってない小さな女の子を養う。

 それがどれだけ辛いことか、考えてもいなかった。


 幼いながら、一人で生きていくだけでも必死だろうに。

 自分よりもか弱い存在を守るために体を張って生きる事が、どれだけ大変で苦しく、尊いことか。

 スリなんて、善とは程遠い行為を毎日しているとはいえ、これは神として……


「ほ、本当に目標が達成できるなら……半分と言わず、報酬金はちゃんと出します。だから、頭を下げないでください」


 俺が言うと、アビスはばっと顔を上げ。


「……! ありがとう、本当にありがとう! これで今日もなんとか……! そしたらゼタ、もう一回、この偽造文書をさっきの……元の場所に戻しておいて来て。これで多分、すべてうまくいくはずだから!」

 

 文書を……戻す?

 決めるようにそう言い放つアビスに、俺は今更ながらに思い出す――


 飢えて死ぬだのなんだの、深刻そうに言ってたけど。

 そういやコイツ今日、大層な財布スッてきたばかりじゃねーか。

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