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56 闇のシゴト

 ……暗い。昼間とは思えない暗さだ。


 南区の路地裏から入り、西区に差し掛かったところ。

 人々の目が届かない道を抜けると、そこに闇市が広がっている。


 商業許可を持たず、税金も納めていない非合法の市場。

 世情が荒れて人々が苦しむと、表の市場よりもレートの安いこの場が盛り上がる傾向にある。

 その分値段も品質もピンキリで、闇市で流通している質の悪い穀物を口にして体を壊した、という報告も多く上がっている。


 規制強化すべきなのだろうが、しかしこれが無ければ餓死者は文字通り倍増する事にもなる。

 手を出そうにも出せない、そんなジレンマを抱えた闇の深い場所だ。


 そして……売られているのは、何も食品だけじゃない。

 中には、その特殊な技能(・・)を売り買いしている人もいる。


「こちら、紹介いたしますロナさんです。緊急の依頼をお願いしたいとの事で」


 路地に佇む男に、オニキスはそう声をかけた。


「……出せる報酬の額と用件だ。さっさと言え」


 こちらを品定めするような目で睨みつけてくる、かすれた声の男。

 擦れた鈍色のフードから、ちらりと長い角が覗いている。


 恐らく小鬼族なんだろうが、それにしてはかなりの長身だな。

 目に光は無く、相対しているとどこか威圧感がある。

 

「金貨十枚の前払い、成功報酬で三十枚です。王国に送られる最中の、ある文書を盗って来てほしい」


 俺があらかじめオニキスに教えてもらった台詞と相場をそのまま言うと。

 じっとこちらを見透かすように見つめられる。


「……オニキスの紹介だから一度受けてやるが、二度は受けねえからな。今なら……そうだな、バビロの手が空いてる。回れ右、闇市でシゴトしてるから、てめぇで探しな」

「バビロ……さんですか。特徴は?」

 

 金貨を手渡しながら訊ねると、小鬼は嫌そうに目を細めた。


「ちっとばかり目立つ――痛い奴だ。騒ぎが起きてたら、そこに首を突っ込めば会える」

 

――――――――――――――――――――――――


 ……さて。

 オニキスには感謝を伝えた後、その場で分かれた。

 最後までびくびくされてたのは心外だけど。


 気を取り直して、バビロとやらを探すことにする。

 けど、辺りを見回しても目立った騒ぎは起きていない。


 てかなんだよ、騒ぎが起きたら首を突っ込めって。

 ふつうに担がれたんじゃないだろうな? 前金で金貨十枚も払っちゃったし……


 不安になりながら辺りを見渡す。

 闇市では、個人があちこちでござを広げて、その上に粗末な品が並べている。

 ふらふら歩きながら物色する者、周りは見ずに目的地へと歩いて行くものなど沢山の人が――。


「……あっ」


 あれは……!


 バビロ、じゃなくて……いつか見た、ゼタ様によく似た少女。


 真っ白な髪に、雪のような細い眉。

 ただ背が本物よりかなり低いだけで、蒼色の眼も、その立ち方も、何もかもが似ている。


 声を掛けようとして、少女が一点を見つめているのに気付いた。


 視線の先は……小鬼族の少年?

 ゼタ様(仮)に対して頭一つ分だけ背が高いくらいの、小さな男の子だ。


 つられてみていると、その少年はたたたと人の間を走り、一人に近づいたかと思うと……

 そのまま流れるように相手の懐に手を入れ、するりと布袋を抜き取る。


 ……おっと。


 少年は歩く速度を落とさずに、次々と財布を袖の中に入れていく。

 背の高い樹命族の男や、太った人間。

 体格の差をものともせずに、財布のありかを透視しているかのように的確に抜いていく。

 そして獣人族の女性に手を伸ばしたところで――

 

「――ダメだよ」


 手を掴まれた。


 あ、これは……

 スリの少年が見上げると、そこには長身の樹命族の若い男が。

 眼を見開いて手を振りほどこうとする少年に対して、男は腰をかがめ。


「だめだよ、全部見ていたからね。人間族の男性二人に、樹命族の男性一人。それに今、獣人族のレディ一人から財布を抜き取った。見事な腕だけどね、残念だ」


 男は優雅な口調で諭すように少年を見つめ、人々の注目を集めるように声を上げる。


「特別な加工の服なのかな? 袖に滑り込ませると服の裏側に入るようになってるみたいだね。硬貨の音がしないように加工もされてある。――ほら」


 周りの目が集まったところで男は、流れるような手つきで少年の腕から財布を抜き取り、人々の前でそれを掲げた。

 なかなかに芝居掛かっている。


「ちょ、ちょっと! それ、返して……!」

「元から君のだと言いたいのかな? なら、ずいぶんたくさんの財布を普段から持ち歩いてるみたいだね。それも色んな種類の」


 少年の反論むなしく、鮮やかな手つきでどんどん財布を出していく。

 今しがた盗まれたらしい獣人族の女性が駆け寄り、それを受け取ってぺこぺこと頭を下げる。


「いや、お礼は結構。レディの悲しむ顔を見たくなくてね」

 

 ちょっと目立つ、痛いやつで……騒ぎが起きたらそこにいる、か。

 盗まれた被害者の一人が男の子を突き飛ばすも、今度はそれを妨げるように手を引いた。

 

「あまり彼を責めないでやってくれ。そうでもしないと生きていけない世の中なんだ。ほら、銀貨を一枚やろう。これで今日は食いしのいで。主に感謝して、頑張って職を見つけるんだよ、ボク」

 

 地面にへたり込む少年に笑顔を見せてから、男は去っていく。

 少年の方は人々の目が薄れていくなかで顔を落とし、袖で目元を拭う。

 地面を拳で殴ったと思うと、ゆっくりと立ち上がりトボトボと歩き出した。


 なんだかかわいそうな気もするけど、悪いのはあの少年だしな。

 今は彼の背中を追おう。


 半泣きになった少年はこちらの方へ歩いて来て、すれ違う。

 

「ボクって……ボクって言われた……。そ、そんなにアビス、男の子みたいに見えるかなぁ……」


 少年は虚ろな目で白髪の少女に泣きつきながら、そんなことを……


 ……ん? アビスって言ったか?

 俺は思わず足を止める。


 それから、アビスは腕についた土を払い落としながら。


「で、でもいいもんね。ほらこれ。ああいう正義感の強い奴は良いもん持ってるの。お金持ちは他の人に構う余裕があるからさ」


 ……は?

 懐から綺麗な財布を取り出すのを見て、俺は度肝を抜かれる。

 樹命族の男が銀貨を渡すときに取り出した、立派な意匠のこらされたものだ。


 こいつ、そこまで計算の上でわざと……?


「うーわ、すっごい入ってる! ほら、すごいでしょ! おねーちゃんはすごい、でしょ?」


 少女が覗き込む中で、アビスはふんすと鼻を鳴らして財布を広げる。


「そこらの財布十個盗むより、金持ちひとりの財布を盗むのが一番効率良いの! いつもいってるでしょ? だからたいしておいしくもない財布をまきえに――――ん? な、なに、なんか用?」


 自慢げに手口を話していたアビスはようやく俺の存在に気づき、怪訝そうにこちらを見上げた。

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