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55 オブシディアの過去

「う、ううぅ……。せっかくの商談だったのに……どうして……」


 ……かわいそうに。

 オニキスはしょぼしょぼと肩を落として歩く。

 ズーは傍に居ない。

 海賊の皆に、オニキスが見つかったことを伝えに行ってくれている。


「本当に申し訳ないんですけど……本当に急を要するもので。そういうわけで、文書をスパイから取り返さないとヤバいんですよ」

「だ、だとして、どうしてその流れで私に会いに来るのですかぁ……ううぅ……酷いです……」

「いや、なんというか……こういう時に頼れそうなのはオニキスさんかなと」

「し、心外ですぅ……わたし、そんなに悪人に見えますかぁ……?」


 悪人が何か言ってるわ。


 辺りは暗くなり始めている。

 何かを探すにはあまり適していない時間帯だ。


「いまさっき詐欺してたのに今更……。もしかして、無駄足でしたか」


「い、いえ……心当たりはありますけど……」

「ほ、本当ですか!」

「当然、非合法ですよ……?」

「ほ、本当ですか……」


 夕日の反射する港には、所狭しといっぱいに船が満ちている。

 最近の貿易バブルを鑑みても異常な量だ。


 良かった。

 事前に『王国方面の海に海賊が出た』という偽の噂を流させていたのだが、効果はちゃんとあったらしい。

 これで盗まれた協定書がすぐにゲティアから出ていってしまうのは防げるはず。


「そ、そんなことより、オブシディアの名前を出して脅すなんて……や、やっぱり最初から、わたしの命を狙ってたんですね……?」

「いえ、前から疑問だったんですよ。この短期間で巨大な資本を手に出来るほどの才覚が、なぜ三週間前まで道端でイカサマなんかしていたのかと。それでちょっと調べてみたんです」

「そ、そんなバレバレの嘘を……。わ、わたし、最初から分かってたんですよ……あなたが、ユゴルア本国の手先だって……」


 眉毛をハの字に曲げて怯えるオニキス。

 最初の出会いからして、どうもこの子には怯えられている。

 

「いや、誤解ですよ。俺はオニキスさんの才能に驚いて、つい出自が気になっただけで」

「だ、だって……私に接触してきた時も身分を隠して……性別まで偽ってたじゃないですか……! そんなの、普通ありえません……!」


 ……確かに。

 それは痛いところを突かれた。


「えぇまぁ……それはそうですけど、あれは理由があって……」

「それに、海賊さんたちが言ってましたけど、本当は修道女なんかじゃなくて他国との貿易をする商人さんなんですよね……? それをわたしの前では隠してたってことは……ユゴルアとの繋がりがあるって事じゃないですかぁ……」


 あー……それは……。

 確かに、ヴィスト達には商人ってことで話を通してたけどさ。


「い、いかにも無害な修道女を装って接触して、その正体が他国とつながりのある貿易商人だなんて……ど、どう考えてもわたしを連れ戻そうとしてるか、殺そうと……!」

「してませんって。本当です。殺そうとするなら、こんな話をするより暗がりに連れ込んで一息に……」

「ほ、ほら! 発想が野蛮ですぅ! ううぅ……死にたくないです……!」


 違うんだけどなぁ……。

 オニキスは完全に警戒モードに入ってしまった。


「その……俺がオブシディア家の話を聞いたのって、海賊たちが船を襲ったからなんですよ。それ以前は全然聞いたこともありませんでしたし……あれって三週間前のことなんですよ。その頃には既に、オニキスはユゴルアから逃げて来てたんですよね?」

「そ、それはそうですけどぉ……」

「……あれ。というか、トップが処刑されても、オブシディア家自体は残ってるんですね。解体とかはされなかったんですか」


 急に別のことが気になってしまった。

 俺の質問にオニキスは目を見開くも、しばらく歩きながら地面を見つめ。

 やがてため息を吐くと、肩を落として口を開く。


「そ、それはたぶん……。兵器輸出の罪がわたし一人の責任になって……私だけが処刑されたから、だと思います……」

「つまり……仲間たちに尻尾切りをされたと?」

「ひ、人聞きが悪いですぅ……! あいつらがゴミカスなのは否定しませんけどぉ……!」


 そこまでは言ってないし、そっちのが人聞きが悪い。


 しかし……金の匂いを嗅ぎつけた汚い大人たちに才能をタダ乗りされて。

 挙句の果てには罪を擦り付けられて処刑か。なんとも後味の悪い。


「だ、だから、今のオブシディア家にはもう……オブシディアという名の人物はいないんです。変な話なんですけど……」

「そうなんですか? 親族の方とかは……」


 口に出してから後悔する。

 幼いながらに成り上がったという事は、そう言う事に決まっているのに。


「い、いえ……大丈夫ですぅ……。母はもういませんが、父はまだ生きていますからぁ……」


 それはフォローになってんのか?


 俺は謝罪するも、オニキスは気にも留めていないようで。


「そ、それに、幼少期は幸せな家庭でした……よ。両親はとても正直なことで有名な商人で……本当に幸せでしたから……。クソ詐欺師に騙されて多額の債務を作るまではぁ……」

「詐欺師……ですか」


 なんというか、星の巡りを感じる話だな。

 詐欺師に平穏を崩された少女が、今ここで詐欺師をやっている。


「しかし……お父さんは生きてらっしゃるんですよね? 心配されてるんじゃないですか?」

「わ、分かりません……。い、今、父はユゴルアの牢獄に居るので……」

「そう、でしたか。なにか、犯罪を……」

「い、いえぇ……。とあるゴミ貴族が、父に提案をしたんですぅ……。借金の肩代わりをするから、息子が犯した罪を被って、牢獄に入れと……。父は、わたしに借金を残すまいと、この提案を受けてしまって……」


 ……ひっどいな。金をやるから罪のもみ消しに協力しろ、か。


 しかしなるほど。

 貴族を騙す詐欺師、その原点のようなものが見えた気がする。

 若くして残酷な世界に放り出されたからこそ手に入れた技術を、今こうしてその元凶にぶつけている……って事なんだろうか。


「そ、それからは生き残るためにお金を稼いでぇ……そして父を解放することだけを考えて事業を広げたんです……。その当時は精いっぱいやって、組織も大きくなったんですが……最終的には全てを失いました。で、でも……命は、まだあるので……」

「……ん? でも、七大豪商と呼ばれるだけの資産を築いたんですよね? なら、債務を肩代わりすることくらい簡単なんじゃ……」

「い、いえ……ユゴルアの法では、一度執行された罰を金で覆すことはできないので……」


 そうなのか。

 確かに、金で解決できるなら貴族もわざわざ身代りなんか作らないよな。


「ならどうやってお父さんを解放するつもりだったんですか……?」

「い、色々と試したんですが、最終的には法を変えるのが一番手っ取り早くかったですね……」

「……は?」


 ほ、法そのものを……変えた?


「う、裏金を流したり、政治を行うジジイどもの弱点を探ったりして、法律を採択させて……ようやく、正式に父を釈放できると思ったんですが……」

「そんなことまでして、ダメだったんですか」


 オニキスは肩を落としながら頷く。


「そ、その直前で兵器輸出がバレてしまって……父は未だに牢獄の中なんです……。だ、だから、なんとしてでもお金が必要なんです……」

「そうはいっても、ユゴルアじゃ大罪人なんですよね? いくらお金があってもどうしようもないような気しますけど」

「は、はい……。で、ですから、ゲティアでお金を稼いで稼いで……ユゴルアを買収してしまおうかと……」


 ……はい?

 おどおどとそう口にするオニキス。


「……国を買収する? さすがに冗談ですよね?」

「えっと………その………」


 俺の質問に、元豪商は困ったように眉を寄せ。

 結局、その答えを聞くことは出来なかった。


 どんな大ボラも、この人が言うと現実味を帯びていて恐ろしい。

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