53 暴かれた秘密
機密文書の暗号解読。
これによって、今の状況は良くなる……と、思っていたんだけど。
「え、エンデ王国が宣戦布告を……⁉ ふ、ふざけるな、なぜそんなことが……⁉」
ニーアさんの言葉が終わるや否や、ドルエズが思わず立ち上がり聞き返す。
周りの人々も信じられないと言った風にニーアを見つめる。
「エンデ内部の機密文章を解読した結果です。他数種の文書を解読した結果も、これに矛盾致しません。王国は正式にゲティアに宣戦布告をしようとしていると言って、差支えないと判断致しました」
あくまで冷静に答えるニーアに、今度はユグノ翁が隣から手を上げて。
「しかしですな……敗戦したばかりの国家に宣戦布告など、あってはならない事ですよ。そんなことをすれば王国とて、他国からの信用を失うはずですがな」
俺もグラシア様からそう聞いたばっかりだ。
その言葉を受けて、今度はグラシア様がニーアを座らせた。
「王国は、かなり前の時点で先の敗戦が表向きのものではないかと疑っているようでした。そして……既に、魔族軍と結んだ秘密の協定書が盗まれていることが確認されました」
……は?
静まり返る作戦室。静寂を破るのはやはり、小太りの貴族だ。
ドルエズは顔を青ざめさせ、震えながら叫ぶ。
「ど、どういうことだっ! 協定書が、盗まれて……っ⁉」
「調査をしたところ、先週の礼拝の後、ユギルという名の見張りの兵士が五分だけ席を外したという証言が得られました。本人は否定しましたが、恐らく金を握らされていたものだと思います」
本当にこのゲティアという国は……
……まぁ、流刑地の住人にそういうモラルを求めるだけ無駄なのだろう。
「エンデはこれを他国と共有し……ゲティアは魔族軍と手を組んだ逆賊だという認識を固めました。現在は、連合軍としてゲティア本島へ侵攻する計画が進んでいるようです」
れ、連合軍として……侵攻する……⁉
またしてもどよめきが広がる。
これは、今までのものとは比べ物にならない。
「今の我々に出来る事は……その文書は王国によって偽造されたものだと主張する事だけでしょう。戦うという選択肢は取れないと考えます」
「あ、当たり前だっ! このような状況で勝ち馬に刃を向けるなどあり得ん……!」
グラシア様の言葉に対し、ドルエズは憤慨する。
消極的な意見だが、いつもは血気盛んな開戦派から何の反論も上がらない。
……そりゃそうだ。
エンデ王国との戦争すら、万に一つも勝ち目は無いと言われてるのに。
それに他の国も加わるとなれば、可能性は完全にゼロだろう。
「しかしですな、協定文書には教皇印がしっかり押されているはずです。言い逃れは難しいはずですが」
「……はい。これもまた、教皇印が盗まれてしまったという事にする手は有りますが……どれだけ効果があるか怪しいものです」
だろうな。この時点で、ほぼこの国は詰みだ。
沈み込む作戦室に、またもドルエズが空気を読まずに口を開く。
「しかし……先ほど教皇の言った、『王国は敗戦が表向きのものだと知っていた』という部分が気になる。これではまるで……」
「その通りです。彼らは裏の協定文書があることを疑い、これを盗ませています。この中に、内通者が居る事は否定できないでしょう」
……勘弁してくれよ。
一つ問題が解決したら、今度はもっと大きな問題が起きて。
暗号解読で状況が好転するかと思えば、更に悪くなるとは思わなかった。
――とはいえ、解読によってこの危機を事前に察知できたのも事実だ。
遡行の残数はまだ、八回ある。
盗まれた日時が分かってるなら、遡行で簡単に防げるだろう。
協定書さえ盗まれなければ、連合国軍が作られることもない。
エンデ一国を相手にするのであれば、暗号解読を駆使して何とか耐えきることも可能だろう。
そうだな、確か盗まれたのは先週の礼拝の後だから……
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「……おい」
機密文書のしまわれている資料室の前には、既に見張りの姿が無い。
あのユギルとか言う兵士、五分だけって嘘つきやがったな。
五分どころか、余裕をもって三十分前に来たってのに……。
いらいらしながら部屋に入り、資料を探ると。
「……しかも盗られてんじゃねーか!」
協定文書のしまわれる金庫の鍵が壊されている。
これに一週間も気づかなかったの、流石に管理がずさん過ぎるだろ。
あの野郎、本当にふざけるな。
仕方ない、もう少し先に遡行して……と。
考えなしに遡行をしようとして気付く。
今は……先週の、礼拝の時間の直後なんだ。
まさに記憶に新しい、ニーアさんに殺されそうになって格闘していた……その直後の時間。
つまり…………これ以上は、戻れない……?
「くそ……っ!」
あのユギルとか言うバカのせいで……!
思わず頭を抱える。
考えろ考えろ……!
どうすればあの最悪の未来を変えられる……?
協定文書が盗まれた事実は変えられない。なら……
取り返す。
これしかない。
恐らくだが、まだ協定文は盗まれて間もないはず。
となれば、盗まれた文書を取り戻すチャンスはまだ、残っているかもしれない。
というか、それにかけるしかない。
しかし問題は、どうやって取り戻すかだが……




