51 新法案と潜む者
第五章
目を覚ますと、グラシア様が部屋の中に居た。
何やら床の上に座り込み、せっせとぐちゃぐちゃになった服をたたんでいるようだけど。
「……おはようございます。お片づけしてるんですか……?」
思わず声をかけると、顔を上げたグラシア様がばつの悪そうな顔をする。
「なによ、そんなに珍しい?」
「珍しいですよ、だって……。……てかなんですかそのたたみ方。チューリップでも折るんですか」
「……わっかんないの。やったことないんだから」
ならなんで今になって急に。
ふてくされながらグラシア様は服をたたむのに苦戦している。
つくづく不器用なんだなこの人。
まぁかくいう俺も、服の畳み方はよく知らない。
天界じゃそんなことはやってこなかったし。
……というか。
ニーアさんの姿が無いな。
てっきり起きた瞬間に喉元をかっきられるものだと不安に思っていたのだが。
「……お暇なんですか? 教皇様。この一週間のうちには、本当に何も……?」
「ひ、ヒマじゃないし。魔族たちとの戦闘が無くなったのは確かだけど、エンデ王国の動きが怪しいのは変わりないんだから」
「それって……王国が攻めてくるかもしれないってことですか?」
「敗戦直後の国に戦争を仕掛けるのは国際的にタブー視されてる事だから、流石に無いと思うけど。でも、何かをきっかけに攻めて来る可能性はあるわ」
なるほど、表向き敗戦という形をとったのが、ここに活きるのか。
国家というのはつくづく功利だけで動けないものだ。
「なにより情報が足りないのよね。諜報部は頑張ってるけど、いくら機密文書を盗み見ても暗号が突破できなきゃいつまでたっても確証は得られないわけだし」
その話は何回か聞いたな。
暗号技術に差があるせいで、王国の動向が掴めないとかなんとか。
多種族国家であるゲティアは、他国へのスパイを送り込みやすいらしい。
例えば樹命族しかいないヘロシュが人間しかいないエンデにスパイを送るのは難しいだろう。
その点ゲティアは諜報に強いらしいが……いくらがんばっても、暗号の壁にぶつかるわけか。
「そうだ、あんたが先週置いてった法案はちゃんと通ったわ」
「え? ほ、ほんとですか? この一週間で?」
二つの法案というのは、『利子の徴収を公に認める』と言うものと、『暦を世界基準に揃える』と言うものだ。
どちらも簡単には受け入れられないだろうと思っていたのだが……
「利子を認めた方が良いんじゃないかって声はベシウスが破産した時からあったし、経済活動の健全化のために必要だってのは周知されてたの。その空気が無きゃ通ってなかったわ」
「にしても……反対の声もあったはずですよね?」
「例によって原理主義のディアロ派が貴族を抱き込んで反対して来たわ。まぁ、聖典にはっきり利子を取るなって書いてるんだから仕方ないんだけど」
「それって……既得権益が利益を守るために、宗教を理由にしてるように見えますけど」
グラシア様は肩をすくめて、しわだらけの服を広げる。
ディアロ派は原理主義、つまり強くなりすぎた教会や教皇などの権力に対して、聖典に立ち返るように主張する派閥だ。
つまり少しでも聖典を無視するような提案をすると、すぐにつつかれてしまう。
「ただ……こっちにはニーアが居るから。何か反論できないか……って相談してみたら、申命記23章20節には『同胞からの利子取り立てを認めないだけで、よそ者からはとって良い』と書かれてるって教えてもらって」
急にニーアさんの名前が出てきて身構える。
確か彼女は、聖典を全て暗記するほど詳しいのだとか言っていたな。
「ゲティアは異種族の集まりじゃない? それにゼヘタを信仰しないものも多くいる。それを認めているのに、全ての人を同胞とくくるのはおかしいでしょ」
「まぁ……聖典にそう書かれているのなら、確かに」
「ディアロ派は十対一くらいの感じで反対してくるんだけど、結局議会じゃだーれもニーアの知識に勝てなくて。たしか……四、五時間ぶっ通しで議論してたけど、一向にニーアの知識が崩れないから、仕方なしに条件付きで通ったって感じね」
……なんだそれは。
ニーアさんってそこまでのバケモンだったのか?
「け、結構すごいことしてますけど……そのニーアさんが居て、なんで今まで法案とかを通せなかったんですか」
「今回は論点が『聖典に準拠するか否か』に絞れたからだとは思うけど……そう言えばニーアって、今までそこまで政治に口出ししてこなかったのよね。なんか先週から、人が変わったように協力的になって」
……なんで?
俺を殺そうとしてきたかと思えば、急にグラシア様の味方になって。
ディアロ派閥であることを隠そうと、味方ムーブをしているのか?
「もう一つの法案……暦に関しては、ずっと前から苦情の声が多かったのよね。貿易が活発になるにつれて、国際的に暦が統一されてないと取引とか金の貸し借りとかの日付取りが不便だって」
「やっぱりそうですよね? 調べた感じでは、祭事の時期と季節が合わなくなってるとも言われてましたけど」
原始的な暦は、その星の公転周期とのずれを吸収できないものも多い。
何百年もすれば、夏と冬が逆転してしまうことだってある。
「そうね。ニーアが聖典の中の暦との季節がズレてるってのを、何十もの例を挙げて指摘してたわ。もういいから黙ってくれって、ディアロ派の幹部が涙目になってたし」
「……そこまでやれとは言ってないですけど」
「それに何より……新しく採用する暦が、王国を除くユゴルア、ウルグガルグ、ヘロシュの三大国で採用されてるものだってのが議会ウケが良かったわ」
そこは意識した所だ。
王国に敵意を持つディアロ派にとって、王国をのけ者にするような形になる暦は都合が良い。
経済活動を円滑にしつつ、反対派に却下されないような法案を出したつもりだ。
「施行日はもう少し先になるけど……税金の取り立てとか、その切り替えの手続きは大変そう。考えるだけで萎えるけど……やるしかないわね」
大変なのは確かにそうだろうが……メリットも大きいはずだ。
利子の取り立てを許可することで、ただ持っているだけの金が他事業への投資へと繋がる。
他国との取引の壁になっていた暦の問題も解決して、これで経済を大きくしていけると良いが。
「あーむり、やっぱやってらんない」
グラシア様はぐちゃっと手元の服を持ち上げる。
畳むのは諦めたらしい。
立ち上がってそれを傍のクローゼットに押し込もうとして、扉を開けると。
「……え?」
思わずグラシア様は声を漏らす。
クローゼットの中にはニーアさんが、体を縮こませて入っていた。




