50 あの日の真相
神様を講堂にぶち込んでから。
約束の時間になるまで、俺は教皇室に籠って提議書を書くことにした。
麻痺したゲティアの行政も、やりようによっては動かせるはず。
ずっと考えていたことを、グラシア様あてに置手紙代わりにしたためる。
同時に世界情勢を調べたので、割と情報も手に入った。
ウルグガルグ内戦のことや、百年前の災厄、その後の世界の歴史。
あと、世界経済の情勢を見ていると、オブシディア家という名前が出てきた。
これって確か……偽物の船を使ってヴィストたちを騙した、ユゴルアの豪商の名前だったような。
それから俺の興味はオブシディア家の方に移り、その成り立ちや当主の処刑についての話にどっぷりはまり込み……
「……おっと」
そんなことをしてたら、約束の時間になってしまった。
まぁ、やれることはやっただろう。
あとは御所に入って、ニーアさんを待つとしよう。
筆を置いて伸びをしながら、御所へ繋がる扉を開き、足を踏み入れる。
と同時に、違和感を覚える。
「…………?」
辺りを見回して、その違和感の正体に気づく。
部屋が……片付いてる? なんでだ?
さっきまでは間違いなく、いつもの汚部屋だったはずなのに……
「……ッ!」
なんだ……っ⁉
首元に刺すような風を感じると同時に、咄嗟に体が動く。
そのまま体制を崩し、扉の方を見上げると。
「――ニーアさん⁉ なにをして……⁉」
入口を塞ぐように立っていたのは、銀に輝く短剣を持ったニーア。
暗がりの中で、腰を低くしたニーアの猫の眼が不気味に光っていた。
無表情のままに降りかかって来る二撃目に、俺は反射的に手を突き出していた。
「ま、待って下さ……しょ、『衝 撃 波』……!」
刃が届く寸前に、襲い掛かってくるニーアさんの体が吹っ飛んだ。
良かった、なんとか信仰が残ってて……
と、安心する間もなくニーアさんは体制を立て直すと。
警戒するようにこちらの突き出す手を睨みつけて来る。
「……動かないでください、俺には神の奇跡が――」
「神を騙るな! この愚物が……ッ!」
……は?
俺が言い切る前に、ニーアは弾かれたように立ち上がり。
静止する前に刃を突き立ててくる。
短剣の一撃は避けたものの、そのままベッドへともつれ込み。
「……死ね、死ね……ッ!」
胸元に短剣を突き立て、殺意に満ちた目で力を籠める。
ち、力が強すぎる……!
ニーアさんの瞳孔は開ききり、耳も緊張でピンと立っている。
よく見るとニーアさんは煽情的な服装に身を包んでいる。
いつもの修道服とは違って、柔らかい色で露出度が高い。
殺した後に、第一発見者として矛盾の無いようにするつもりだった……
そう考えると、明らかに計画的な殺人のはず……!
「も、目的は何なんですか。なぜ俺を殺そうと…………。もしかして、ディアロの手先…………?」
短剣が皮膚にめり込む。興奮状態にあるせいか、痛みに耐える事は出来るが……
くそっ、こんなことになるなら神様のいう事なんて聞くんじゃなかった……!
いや、違うのか?
あの人はこれを分かっていて、ヒントを出してくれていた……?
徐々に胸元に朱が広がっていく。
遡行、しないと死ぬ……?
い、いや違う。
タイムリミットは晩の礼拝が終わるまで、つまりそこまで耐えれば、逃げ切れる。
ここは、なんとか時間を稼ぐのが先決……!
「で、でもどうして? ニーアさんは熱心な信者なんじゃ……どうして俺を殺そうと……?」
「騙るなッ――! ただの人間がゼヘタ様の名をッ――!」
力が一層強くなる。殺気立った眼は血走り、獣のような息が顔にかかる。
神を騙る俺が、許せなかった?
だから俺を殺そうと……
もしかしてニーアさんは、最初から……?
「……そういう、ことだったんですね。あの、毒殺未遂は……!」
毒殺、と聞いただけでニーアさんの瞳孔が開く。
突然のことに一瞬力が緩んだところで刃物を奪い取り、もつれ込んだところに遠くに投げ飛ばす。
ニーアさんは逡巡するも、馬乗りになったまま、今度は首を絞めにかかる。
前にも同じことがあったが、俺は首を絞められてもオチない……!
「お、思い返せばあのとき、俺のカップは中身が残ったまま下げられて……事件が起きたのはその後だったはずです。あのカップには毒を入れていた。けど、俺が口をつけても全く反応が無かったわけですね。神に、毒なんかが効くはずもないのに」
「黙れ……ッ!」
挑発するように告げると、首にかかる力がぐっと強くなる。
ギリっと歯を食いしばると、獣人特有の尖った歯がむき出しになった。
「いつの日か医者の老人が言っていたのですが……神経毒の一種には口に含んで味を確かめるものもあるとか。毒が全く効いてないことを不審に思ってあなたはカップを下げ、致死量にならない程度に口に含み――」
「黙れ、黙れ黙れ……‼」
「その時に急にグラシア様に声をかけられて――本当は吐き出すつもりが、見られている状態ではそうもいかずに呑み込むしかなかった。致死量じゃないのは分かっていたから、最悪大丈夫だろうと……!」
実際、一日二日休んだだけで中毒症状は引いた。
あそこで倒れるのは、ニーアさんにとって許容範囲だったはずだ。
「ではなぜ、ニーアさんは俺を殺したがったのか。あの日降臨して来た俺には、殺されるような恨みを買う時間がありません。つまりその当時、俺を殺すメリットがある存在は絞られるんです」
ここまでの推理が正しければ、ニーアさんの裏にいる者の正体は。
「そう、グラシア様に対抗する派閥の、ディアロしか」
と、その結論を口に出そうとしたところで。
「ねー、ニーア? 机の上にある法案の提議書って、あいつが……」
緊張感のないセリフが部屋に響く。
今しがた御所に入って来たグラシア様は、俺たち二人の姿を見て言葉を失った。
俺の上にまたがって首を絞める、煽情的な服装のニーアを交互に見て、何故かさっと顔を赤らめると。
「ご、ごごごごごめんなさい! お邪魔しました!」
……ごめんなさい?
なにをそんな恥ずかしそうに……
「にしても、首絞めはちょっと……は、ハードすぎるわ……」
なにやらもちょもちょと呟きながら、グラシア様は御所を出ていってしまった。
「な――グ、グラシア様っ⁉ ご、誤解ですっ――!」
頬を赤らめて出ていくグラシア様に、ニーアは慌てている。
……あれ? というか、教皇であるグラシア様が帰って来たってことは。
「は? は――? 貴様、な、なぜ消えて……⁉」
そうだ。
晩の礼拝が終わった……つまり、タイムリミットが来たってことだ。
俺はニーアに馬乗りにされたまま、意識が遠のいていくのを感じる。
なんとかギリギリ耐え抜いた……と言って良いだろう。
「ふざけるなっ、どこへ行く……ッ⁉」
なんとか遡行を一度節約できたのは良い収穫だ。
しかしこれ、次起きた時にどうなってる事やら……
第四章を最後までお読みいただき、本当に本当に本当に本当にありがとうございます!
もし少しでも「続きが気になる!」「面白い!」と思っていただけましたら、
ブックマーク登録と、
ページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、めちゃくちゃ嬉しいです!
皆様からのブックマークと星評価が、毎日の更新のモチベーションになっています!
どうか、応援よろしくお願いいたします!




