48 操られた敵国王女
……マジか。
教会を埋め尽くしていた傷病者たちは、一人も見当たらない。
本当に、全てが変わってしまった。
一方で、人々の表情は暗い。
戦争には敗北した、と表向きではそうなっているからだろう。
ただ、法外な賠償金や土地所有権の譲渡といった降伏条件は実際には実行されず。
大陸侵攻に役立つ軍事情報の共有、ゲティア港の使用権の一時的な貸与、その他もろもろの条件で合意が取れた。
あの会議に出席していた重役は皆、首をかしげている事だろう。
なぜリヴィゼは、あれだけの強硬な態度を急に変えてしまったのかと。
それもこれも全て……
「あぁぁぁもぉおおおおおお、鬱陶しいわねさっきから! 触るのをやめてって言ってるじゃないのよ!」
教皇室のソファの上で、大声を上げるリヴィゼ。
しかし言葉とは裏腹に、背筋を伸ばしたまま両手を膝の上において座っている。
その後ろには、興味津々で角をいじくり回すシャノンさんの姿があった。
「ね、ねえ、あの子は誰なの? 完全にリヴィゼが手なづけられてるんですけど」
「ただの薬屋の娘さんのはずなんですが……。なんなんですかねえ……」
本当になんなんだろう。
敵国の王女をペットか何かのように扱うシャノンさんに、グラシア様と俺は冷や汗をかいていた。
ゲティア存続の危機が、チート能力によって一瞬で解決してしまった。
それ故に事態は複雑になっている。
「あーもー! おいそこの教皇! こいつを何とかして! 一国の長なんだから、さっさと不敬罪で打ち首にしなさいよ!」
「……教皇にはそういった権限はありません。魔族の世界ではどうか知りませんが」
「ならそっちの邪神! こいつを雷か何かで焼き殺してよ!」
……邪神ってのは俺のことか?
ぎゃいぎゃいと騒ぐリヴィゼに、グラシア様は歩み寄る。
「交渉の場から一週間が経ちましたが……魔族軍内では、リヴィゼ様の態度急変はどう思われているのですか?」
「なに急に? そりゃ不審がられてるけど、コイツが他の人に言うなっていうから何も喋れなくて……こ、こら、羽を触るな……! んうぅ……!」
くにくにと羽のつけねを弄り出したシャノンさんに、リヴィゼはぴんと姿勢を正したままに声を荒げる。
「……そこまでの強制力があるのですか。なら、それこそもっとこちらに有利な条件を押し付けても、飲むように強制できたということ……?」
「できた、とおもうけど」
考え込むグラシア様に、シャノンさんが横から口を挟む。
が、話はそんな単純じゃない。
「……そんなことしたら第二のウェーラスが出てきて、体制が転覆されるだけですよ。今回の協議は、そうならないギリギリを責める戦いだったんです」
「なるほど、それである程度の譲歩をしたわけね……」
俺の補足に、グラシア様は納得が行ったように頷く。
好き勝手出来るようで、以外にやれることは少ないのだ。
「なぁーにが譲歩よ! 敗戦国が賠償金も土地の支配もナシで許されるなんて、聞いたこと無いわ! これで大陸侵攻への支援がしょぼかったら、おまえたち全員、ぶっふぉろふふぁらね!」
「……はぁ。頬を引っ張られながら脅されても、あまり怖くないですね」
「くそ……っ! くそくそくそ……っ!」
リヴィゼはべたべたとシャノンさんに顔を弄られて、涙目になっている。
ゲティアへの侮辱は酷かったものの、そろそろかわいそうになって来た。
「ただグラシア様……一つ気になった事があるんですよね。あの時、リヴィゼが態度を変えた時、魔族の発言です」
「発言?」
「あのとき、『魔術で操られてるのでは?』って声がまっさきに上がったんですよ。ってことは……彼らの知る魔術に、そう言う術があるってことになりませんか」
俺が言うと、グラシア様はしばし考えこむ。
「そう……考える事もできる、かも。現に、そこの子がそういう能力を使ってるわけだし。やりようによっては、わたしを操って、そのままこの国を崩壊させることも……」
なにそれ怖い。
けど、同じようなことを魔族に対してやっているんだ。
そうなる可能性は捨てきれない。
……そう言えば、『解呪の奇跡』みたいなの、あったよな。
その対象にかけられた魔術や呪いを解除する、たしか――
「あ」
ミスった。軽い気持ちで解呪の奇跡を念じてしまった。
今の今まで信仰が枯渇してたせいで、発動するとは思わず……
そうか、リヴィゼの態度急変はゼヘタ神のお陰だ――みたいな噂のせいで信仰が強まってるんだ。
貴重な信仰を無駄遣いしてしまっ……
「……グ、グラシア様?」
目の前にいたグラシア様が、遠くの景色を見るように目をしぱしぱとさせている。
そのまま自分の顔を、ゆっくりと確かめるように触り。
「ど、どうされたんですか、もしかして本当に魔術が……?」
俺が重ねて尋ねると、グラシア様はようやく気付いたように目の焦点が戻る。
「……え? いや、大丈夫で……大丈夫。大丈夫……」
なんだ? 今口調が……
「ご、ごめんなさい、ちょっと具合が悪いみたい。席を外させてもらうわ」
グラシア様はふらふらとした足取りで扉を開け、ぱたぱたと教皇室から出ていく。
……何だろう。反応からして、明らかに何かがあったはず。
なら、そう言ってくれればいいのに。
「ちょ……⁉ ちょっとまちなさいよグラシア! 余をここに呼んだのっておまえでしょ⁉ そのために時間を作ってここに来たのに……!」
なにやらリヴィゼがうるさいが、俺には知ったことではないので放っておく。
御所を出ようとして、出口に近い隅の小さなテーブルに、見覚えのある紙が置いてあるのに気付く。
これって確か……
『ゼヘタ様。ご機嫌いかがでしょうか。グラシアです』
やっぱりあれだ。グラシア様の筆跡の、謎の手紙。
『先週はお忙しかったのでしょうか。溜まっているのならニーアを抱いてくださいと申し上げたはずですが。覚悟を決めた乙女を辱めるようなことはなさらないでください――』
……だからなんなんだよこれは。
勝手に夜伽をするだの言って、無視したら辱めるようなことはするな?
先週も思ったが、ゼヘタ神は性豪の言い伝えでもあるのか?
『いきなり、というのがご不快に思われたのでしたらお詫び申し上げます。ですがニーアの方には気を使わなくてよろしゅうございます。宜しければ今夜、夜のお伽をさせて頂きたく思い――』
「なに、よんでるの」
「ひっ……⁉」
気付くと、いつのまにかシャノンさんが肩越しにこちらを覗き込んでいた。
慌てて体を縮こまらせ、手紙をたたむと。
「…………なにか、つごうが悪い?」
「あっ――か、返してください、そもそもシャノンさん、文字読めないじゃないですか」
「……そんなこと無い。ほら、『これを読んで』」
シャノンさんはソファの方を振り向くと、リヴィゼに命令を下す。
王女様に向かって、なんて適当な。
「ふざっ……! なんで余がそんなことしなきゃいけないのよ……!」
「……いいから。はいこれ、よんで」
「あっあっ、それは内容的にマズ……!」
手紙を手渡されたリヴィゼはイライラとしながら、しばらく目を走らせていたが。
次第にその内容に顔を赤らめるようになり、遂には――
「お、おまえたち、余をコケにするのもいい加減にしなさいよ……! 適当に扱うのに飽き足らず、こ、こんな破廉恥なモノを……!」
あーあー、まずいだろこれは。
リヴィゼは、ぷるぷると肩を震わせながら赤い顔でこちらを睨みつけて来た。
が、横できょとんとした顔のシャノンさんが首をかしげる。
「……はれんち? なんて書いてたの?」
「何なのよこの文は! 教皇ともあろうものが、立場を使って女の子を斡旋するなんて……!」
「おんなのこを? どうしたの?」
未だピンと来ていない様子のシャノンさんに、リヴィゼはたじろいだ様子を見せる。
「だ、だから、そ、その、夜の伽の相手というか……ほら、わかるでしょ!」
「……? わからない。ね、どういう意味なの?」
「い、いや……俺も分かりませんね。意味なら言った本人に聞けばいいんじゃないですか? 俺はちょっとこれから用事があるので……」
「おい邪神! 知らないふりして逃げないで! 余だって忙しいのに……!」
「おしえてくれたら帰っていいから。『ちゃんと、わかるように、説明して』」
最後にシャノンさんがテイムで直接命令を下したらしい。
逃げ道を完全にふさがれたリヴィゼ様は。
「あぁああああああああ! もぉおおおおおおおお!」
これからシャノンさんが理解できるまで、じっくりと夜伽とは何かを説明することになるのだろうか。
おいたわしや、魔族の王女様。




