47 転生者の末裔
資料に目を走らせながら、ぎりりと歯を食いしばるリヴィゼに、追い打ちをかけるようにグラシア様は続ける。
「ところで、側近であったはずのウェーラス殿の姿がありませんが」
その話題か。確か、ウェーラスは魔族軍のナンバーツーで、反乱をもくろんでるとか。
つまりこの交渉の場にリヴィゼが生きて出てきているという事は、それは失敗したという事で。
「ウェーラス? ああ、あの裏切者。あんな奴は処刑したわ」
「我々が三日前に手紙で送った告発の通りに、ですか? つまり我々の情報が正しいと認めたも同然のように思いますが」
「……違う。おまえたちに言われるずっと前から、あいつには目をつけてたの。ずっと泳がせてたのを、最近目に余る行動をしたから処刑したってだけ」
リヴィゼの眼に動揺の色が見える。
自身でさえ把握していない情報を掴まれていた、という事実は流石に堪えたんだろう。
「とにかく、あなた方も薄々分かっているはずです。情報がこのように筒抜けの状態で戦争を続ければ、あなた方とて相当な被害を受けるでしょう。現に、兵站の補給船を妨害されて、相当困窮しているはずです」
「……そう思うんなら、停戦なんかしないで戦えば? こーんな命乞いの場を、自分から設けてる事が全ての答えじゃない」
ぐ。そこを突かれると弱いな。
反論はできるが、向こうの認識を覆すほどの主張は難しそうだ。
「……こちらはあくまでも、双方の利益を強調します。停戦という選択肢は、双方の目的と利益に沿ったもののはずです」
「それにしたって条件が弱すぎるわ。少なくとも……そうね。魔族全軍の食料の供給、港の完全な使用権、ゲティアの上陸許可、居住宅地の提供、ゲティアの持つ船の半分の譲渡……」
言いながら、リヴィゼは両足をぞんざいに組み直す。
一言一言が進むたびに、ゲティア側の顔色が悪くなっていくのが見て取れた。
「それに、あんたがたはゼヘタとか言う邪神を崇めるのを辞めてもらうわ。そして唯一神であるところのローナ神を崇めなさい。もちろん、改宗を拒む者は全員――死んでもらう」
空気が凍り付く。
流石に……それはマズいだろう。
ゲティア側の重役の視線が、リヴィゼに突き刺さる。
「おまえたちが足を舐めるつもりで命乞いをするってんなら考える。けど、おまえたちのような非魔族が、我々魔族と対等に話し合いが出来るって勘違いしてるなら、さっさと帰って遺書でも書いていた方が有意義だわ」
吐き捨てるようなリヴィゼの言葉に、グラシアは黙り込む。
教皇の次の一言を待つ静寂を破るように、テーブルがドンと叩かれる。
「だ、黙っていればいい気になりおって……!」
震える声と共に立ち上がったのは、ドルエズだった。
マズい、と直感的に思うも、ドルエズはそのまま――
「ふざけた事ばかり言いおって……コケにするのも大概にしろ! 始めから飲ませる気のない条件をぺらぺらと、卑しい小鬼ごときが、人間様に対して……!」
ドルエズの怒号に、誰もが一瞬、体を張り詰めさせ。
「…………がッ⁉」
次の瞬間には、その場の全員が動き出していた。
魔物兵たちが刃を抜き、ドルエズに切りかかってくる。
一方でゲティア兵たちは、その刃を受け止める。
……クソっ! 何かが起こることは分かっていたのに……!
金属音が鳴り響き、辺りは騒然となる。
こうなったらもう、どうやったって修復は不可能だ。
残数がもったいないが、ここは一度遡行するしか……
と、咄嗟に能力を使おうとして気付く。
ここじゃあ、遡行が出来ない……!
船の上で少しでも時を戻そうもんなら、海に落ちてしまう……!
「お、おい……! 早くわしを守れ……! わしを、わしを、殺す気かあ……!」
震え声で醜く叫ぶドルエズ。
魔物兵たちは皆、他の重役たちには目もくれず、ドルエズただ一人を狙って切りかかる。
兵士が必死の防戦を見せるも、一点に集中した攻撃を防ぎきることは出来ずに――
「魔族に『卑しい』と言ったわね? 今ならその発言を取り消すことを、余が許す」
首元に剣を突き付けられたドルエズは、リヴィゼの冷たい声を受け――――唾を吐く。
馬鹿、何をやって……!
「小鬼如きが偉そうな口を利くな、虫唾が走る! 貴様ら小鬼は、生まれつきの奴隷身分がお似合いだ……!」
「…………ッ! 皆のもの、そのものの首を……!」
最悪だ。今日は本当に何もかもうまくいかない。
どうして、どうしてこうなった?
こんな状況、どうすれば防げたってんだ?
遡行が使えないなら、ここからどうすればいい?
……いやだめだ、何をしようにも、もう力がほとんど残ってない。
奇跡を使うどころか、体を動かすので精いっぱいで……
このままじゃ、すべてが終わるってのに……
――と。
「そのものの、首、を…………」
見れば、リヴィゼが口に手を当てながら、苦しそうにしている。
「く、首……を……」
命令を下す、それだけのはずなのに。
なぜか言葉が出てこないかのように、目を見開いて顔を歪める。
それからリヴィゼは、喉の奥から絞り出すようにして、信じられない命令を下した。
「そのものの、首を…………は、は、離しな、さい……」
予想だにしなかった言葉がリヴィゼの口から飛び出して、辺りは騒然となる。
傍に控えるドロドロの魔物兵が心配そうに。
「……は? リ、リヴィゼ様? ご、ご命令をもう一度……」
「はやく、離して……。刃物は、安全、の、反対、だから……」
……は?
独特の喋り方に、俺はあっけにとられる。
「お、おい、何か変だぞ。リヴィゼ様まさか、魔術か何かで操られて……」
魔術で、操る。
この世界で、誰かが、魔族を、操る………………。
まさか……いや、まさかな。
そんなわけがない。
確かにこの世界は、テイムの能力を与えた世界だけども。
それは百年前の話だ。
偶然だ。そんなわけない。
そんな考えを消し去るように、今まで頭の片隅にあった違和感が次々と浮かんでくる。
ぐ、偶然だ。
シャノンさんが人間族だというのに珍しい黒髪だというのも。
イグナート爺さんが、やたらに目立とうとしないのも。
先ほどの『誰かに服従してるの?』という質問だってそうだ。
テイムの制約として、他者に服従している動物に能力を行使することはできない。
つまりこの場で唯一誰かに服従していないのが女王様で、テイムの対象に選べるってのも偶然……
そう言えばだが……薬屋で初めてシャノンさんにあったとき。
本当に人間かどうか疑われたし、『魔族だったらすぐに分かる』とかなんとか言ってたような。
先週牛小屋にいたときも、イグナート先生が『動物の事はシャノンに任せるに限る』とかなんとか言ってたし……
と、ぐるぐると思考を巡らせていると。
一人の兵士が目を丸くしてこちらの方を見つめていることに気づく。
こいつ、シャノンさんの能力に気づいて――⁉
と、一瞬冷や汗をかくも。
「お、おい……! 教皇様の隣……!」
信じられないようなものを見る目でゲティア兵士は叫ぶ。
すると部屋中の視線が……俺へと集まる。
……なに? なんで俺のことをそんな……
「ゼ、ゼヘタ様……⁉ どうしてここに……⁉」
……ゼヘタ様?
言われて自分の体を見下ろすと。
あ。いつのまに変身が解けて……
「い、いつの間にいらっしゃったんだ……⁉」
「これはもしかして、主の御姿を見て態度を急変させたのでは……?」
「しかし手を握っている女は誰だ……?」
なるほど、それで混乱を生んでいたのか。
安心する俺に、その場で声を上げたのはグラシア様だった。
「皆さま、落ち着いてください。リヴィゼが刃を収める判断をしたのなら、こちらも敬意を示しましょう」
グラシア様が命ずると、ゲティア兵たちはゆっくりと臨戦態勢を解く。
色々なことが一気に起こったせいで、双方が混乱している様子だったが。
グラシア様は再び毅然と声をあげ、自ら席についた。
「剣を収め、再び交渉を続けましょう。我々はあなた方と戦うことを望んでいません。どうか、もう一度理性的な判断を」




