115 戦争と平和
「……なによ。宣戦布告ならしたはずだけど」
深夜のゲティア港、かすかに揺れる魔族軍の船上。
魔族軍代表のリヴィゼと、ゲティア軍代表のディアロが向かい合う。
「ていうかさっきからどうしたのよ? 珍しくふらふらしちゃって……」
「気にするな。少し面倒事があったのだ」
「……そう? ていうか、今は戦争状態だって分かってるわけ? こんな場所に教皇様が直々に出て来ちゃって……殺されても文句言えないわよ?」
急な宣戦布告が異例なら、宣戦布告直後に一国の長が直接敵船に乗り込むのも異例のこと。
その上で、ディアロは魔族の王女と対峙している。
「知っている。宣戦布告は受理した。ゲティアは正式に宣戦布告を受ける。そして――――今ここに、降伏を宣言する」
そう淡々と宣言するディアロに、魔族の王女様はぽかんとし。
「……なんて?」
「ゲティアは降伏をすると言った。占拠でも支配でも、何でもするが良い」
――それと同時刻、ウルグガルグの王城で。
ヘロシュからの宣戦布告を受け、軍の作戦会議が深夜まで続いていた。
そんな中、側近に呼び出された新王は、その報告に目を丸くする。
「ボ、ボス……? 本当に、今すぐヘロシュに降伏をしろって……?」
「ボスって呼ぶなウルグ王、本当だ。ただァ……明日にはそれを取り消して良いらしい」
「な、何言ってんだ……? それをロナの野郎が言ったってのか……?」
「あぁ、目的は分からねェが……奴にもそれなりに考えがあるんだろうよ」
どっしりと構えるヴィストに、ズーの方は困惑を隠せない様子で。
「で、でも……こんな話、どうやって他の奴らに通せば……」
「てめェは王なんだ、どんな手でも使え。今すぐにだ」
そんな会話の交わされた数十分後には、オーブ通信によって正式にヘロシュへ降伏が通達された。
―――――――――――――
「ふ、ふざけるな……! どういうことだ、これは……!」
数時間後、全てが変わっていた。
ゆったりと時計を眺めていたはずのヨクトは、冷や汗を浮かべて怒鳴ってくる。
「見て分かりませんか。四か国間の戦争を、終わらせたんですよ」
「き、貴様、馬鹿じゃないのか? 即刻降伏をする事で、戦争がない状態を作るだと? そんなの、ただの言葉遊びだろうが!」
「戦争も平和も、全ては国家間の言葉遊びです。国家元首を動かすことさえ出来れば、平和は簡単に作れるんですよ」
残念だったな。全部手のひらの上だ。
土壇場で無理やりにでも戦争を起こして、世界の平和を崩す。
この方法が一番効率の良いやりかただってのは分かっているんだよ。
だからこそ、ヴィストにはあらかじめその可能性を伝えていた。
そのときは一時的でも良いから降伏することを頼むかもしれないと。
と、俺の言葉を聞いたゼタ様は、興奮した様子でこちらを見上げる。
「こ、これで……世界は、平和に……? ま、間に合ったのですね……⁉」
「ま、そういうことですね。懐中時計を見ればお分かりの通り、あと十分で日付が変わります。この世界はいたって平和。となれば……監査が入るのは確実です」
「ふざけるなっ……! こ、こんな、ことが……っ!」
怒り狂うヨクトに、俺は首をふる。
「一度監査が入れば、何者もそこから逃げることはできません。俺の勝ちです。潔く諦める事……ですね」
敢えてさっきと同じセリフで、そう言い放つ。
戦争も、暦も、国家の序列も、平和も、全て操っての勝利だ。
そして何より……
「皮肉なものですね。最後の最後で、あなたは魔族に無理な戦争をさせて自らの保身に走った。誰よりも魔族に肩入れをしているあなたが、です」
皮肉交じりに俺がそう言うと、ヨクトは目を見開く。
しかし隣のゼタ様は首を傾げ。
「……どういうことですか? ヨクトが、魔族に肩入れを……?」
「天界崩壊の原因、ですよ。ヨクトには目的があったんです」
ゼタ様がピンと来ていない。
けど、それも無理はないか。
「百年前から今に至るまで、ヨクトは数多の世界を崩壊させました。その共通点は、既に知られていますよね」
「共通点……。えっと、確か言われてたのは……色んな世界に魔物を操る、魔王と呼ばれる存在が生まれていたということでしょうか」
そういうことだ。
魔王が居て、魔族が居て、そして彼らが人々と戦う構図。
世界は無数にあるというのに、どの世界にも画一的な同じ『悪役』が存在する。
「……そこに、意図があるのです。保安課では既に、ヨクトの意図は共通認識とされています。にもかかわらず、他の神たちはそれを知らない。何故なら……」
「貴様らが、偽善者だからだ」
ヨクトは低く呟く。
ゼタ様はびくりと肩をこわばらせ、警戒するように俺の腕を掴んできた。
「神は世界を”平和”にするために、『救済』などとバカげたことをする。しかし、貴様らはきまっていつも、人間の方に力を与える。魔族も人間も、どちらも互いを殺し合っているというのにだ」
「それは違います。魔族は、人間よりもより野蛮です。無暗に命を奪い、そして放っておけば世界を支配しようと……」
「馬鹿を言うな……ッ! 人間がどれだけの多種族の命を奪い、そして世界を支配しようとして来たか……。それを棚に上げて、なにが『魔族は野蛮』だ」
……なるほどな。
徐々に声を荒げ始めたヨクトに、ゼタ様は戸惑っている。
「し、しかし……人間はより信仰に厚く、そして道徳心もあるため……」
「あぁそうだ。人間は信仰をし、そしてほとんどの生物は信仰をしない。したとしても、知能を持つ一部の魔族だけだ。貴様らにとって魔物どもは、さぞ信仰を集めるのに効率の悪い生物に映るだろうな。貴様らは、生物をただの信仰の糧としか見ていない……ッ!」
……そう。これが、問題なんだ。
ヨクトの意図が、隠され続けた理由。
それは、彼の主張に反論ができないからに他ならない。
「神は公正でいつも正義の側に立つ、そんなイメージで自らを騙し……ほとんどの神はその欺瞞に気づきすらしない。結局は、貴様らも生きるために生物を殺しているだけだ……ッ!」
「そ、それは……!」
ヨクトは怒り任せに机を蹴り飛ばす。
血走った目で叫ぶヨクトに、ゼタ様が口ごもる。
「貴様らは世界の均衡など求めていない! 自らにとって都合の良い生物を『正義』と定義し、都合の悪い生物を『悪』として殺す! かわいそうな魔族と、なに一つやっていることが変わらない……! それどころか、自らの手を汚さずに、安全圏から眺めているだけの、ただの卑怯者だ……ッ!」
叫ぶヨクトは、横の壁を殴りつけながらこちらを睨みつけ。
「だから、負けを認めるわけには……ッ!」
……なんだ?
ヨクトは懐中時計を握りつぶさんばかりに力を籠め、不穏なことを叫ぶ。
ここまで来たら、何をしたって……
「な、何をするつもりですか。もう、時間は……」
日付が変わるまで、五分もない。
だというのに、警戒するゼタ様を前にして、ヨクトは勝ち誇ったように笑う。
「馬鹿共が……! この体を乗っ取ったのは、魔族の王女に命令を下すためだけだとでも? この世界が一度滅びかけた、その理由を知らないのか……⁉」
「滅び……⁉ それは……っ!」
「この力で、百年前の災害をもう一度……!」
――――――――――――――
海に、陸に、地底に眠る巨大な魔物たち。
ヨクトの合図とともに、それらはさび付いた体を起こして地を揺らす。
百年前の大災害で転移者が操った化け物ども。
ひと泳ぎで港町を沈め。
身じろぎで城を潰し。
一歩で国を亡ぼすことのできる者どもが、再び目を覚ました。
地響きが空気を揺らす。
それを受けて、ただ一人ヨクトだけは笑みを浮かべていた。
「て、テイムの能力を……⁉ そんなことしたら、逆に破滅指数が上がって……!」
「どれだけの大災害でも、五分程度ではそこまで被害は出ない。せいぜい数百万人規模で収まる。それならば介入はされないだろう」
「だからって、こんな方法……ッ!」
「ゼ、ゼタ様! 教会が崩れ始めています! 今は逃げないと……!」
地響きにかき消されないようにと、俺は声を張り上げる。
世界のこと以前に、今まさに命が脅かされているんだ。
でも、世界中で同じことが起きているとなればこれはもう……!
「くっ……!」
「ロ、ロナ君……っ⁉」
あまりの地響きに割れ始めた地面から逃げるように、俺は足を踏み出そうとして……体が崩れる。
クソ……ッ、信仰がもう……!
「だ、大丈夫ですかロナ君⁉ い、今はつかまってください……っ!」
「あ、ありがとう、ございます……っ」
クソッ……! こうなることは分かってたのに……!
魔族軍に降伏するなんて方法は、一種の劇薬だ。
こんなバカげた方法が民衆に知り渡れば、彼らの信仰は一瞬で失われる。
それでも何とか、日付をまたぐまでは…………っ!
重い体に鞭を打ち、どうにか崩れ行く教会から外に出て――
「……っ⁉ な、なんですか、これは……っ⁉」
北区にある教会は、港からは遠い。
だというのに、見上げる俺の視界は青に満ちていた。
空を覆いつくすような、巨大な壁のような波。
オルロ山の倍は有ろうかという高さの波が、今にもゲティアを飲みこもうと迫っていた。




