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114 暗殺者の魔術

 夜の闇の深まる、ゲティアの教会。

 廊下を歩くアビスの心臓は、動悸にはち切れんばかりだった。

 

 四年前、王国のある屋敷でお父さんとお母さんを殺した仇。

 イザヤおねーちゃんの語った過去は、自分の記憶と完全に一致する。

 

 目の前で飛んだ鮮血、優しかった両親。

 その仇を殺すことだけを考えて、この日まで生きてきた。


 泥をすすって、残飯を漁って、人に蹴られて殴られて。

 死にたくなるような苦痛に耐えて、それでも立ち上がって生きてきたのは、目標があったからだ。


 階段を上ると、教皇室の扉が遠くに見える。

 あの向こうに、大好きだった両親を殺した奴がいる。


「……はぁ」


 ずっと昔から、お姉ちゃんが欲しかった。


 自分一人で生きるのも精いっぱいだったのに、ゼタというか弱い命を守り続ける事の重責は、一人じゃどうやったって背負いきれなかった。

 それが、おねーちゃんに会ってからは、本当のお姉ちゃん以上に面倒を見てくれるようになって。

 ほんとうに、ほんとうに大好きで。


 その顔を思い浮かべようとすると、目の前で血まみれになった両親の姿が重なる。

 そしていつの間にか、優しかったおねーちゃんの顔までも血でぬれて……


「……ごめんね、ゼタ」

 

 ゼタは置いて来た。

 とても心配そうにしていたけど、それでも。やらなくてはいけない。


 なけなしの金で買った、錆ついたナイフを汗ばむ手で握る。

 空腹で死にそうになりながら、このゲティアでパンより先に買ったもの。

 その顔を見つけたとき、すぐに殺せないと後悔するから。


「お姉ちゃんは、人殺しにならないと……」


 言いながら、長い長い廊下を歩き切る。


 教皇室の扉のノブに手をかけて。

 一度息を止めて、ぐっと力を……


 ……鍵がかかってる。

 一度手を離し、手にかいた汗をぬぐう。

 中で何かをしているらしい。

 耳を扉にくっつけても、何も聞こえてこない。


 ……神が、止めろと言っている?


 そんな考えがよぎったけど、すぐに首を振る。

 これじゃあ大好きだったふたりに、顔向けできない。


 教皇室の手前の部屋に入ると、そこは無人だった。

 明かりの灯った廊下から一歩踏み入れると、そこは真っ暗闇になる。


 アビスは深呼吸をすると、部屋の奥にある窓へと手をかける。

 何の抵抗もなく窓は開き、身を乗り出した。


 こういうことは慣れている。

 夜の冷たい空気に身を縮めながら、壁伝いに教皇室へと這っていく。


 ……教皇室の窓だ。中からは、ぼんやりとろうそくの明かりが漏れている。

 一度窓際に体を預け、少しだけ体を出して中を覗――


「…………⁉」


 薄明りの中、アビスは心臓が縮み上がる。

 窓際の執務机に突っ伏しているディアロ、そして奥のソファで眠り込んでいるイザヤ。


 そして、その傍には覆面をした男が、手にした鋭利なナイフをイザヤに突き立てようと……!


「おねーちゃ……っ⁉」


 咄嗟に叫んで、窓から身を乗り出そうとする。

 けど既にナイフは、イザヤの心臓をとらえている。


 どう考えても間に合わない。あまりに遠い。

 ガラスの割れる音で、驚いて動きを止める?

 いや、プロがそんな幼稚なミスをするわけがない。

 

 でも、このままじゃおねーちゃんが!

 大好きなおねーちゃんが、殺されて……!

 

 いやだ、いやだいやだいやだ……!


 伸ばした手は、虚しく空を切って。

 大事な人がまた、死ぬ、殺される、血にまみれて、一生会えなくなる。


 また、また……また……

 お父さんみたいに、お母さんみたいに、死んで……

 

「……いや、だああああああああああああああああ!」


 あたまのどこかで、なにかがぷつんと切れた気がした。

 

 空気が揺れる。


 窓が割れ、書類が宙を舞い、机が飛んで行った。

 部屋中のものと一緒に、男の体はふっ飛ばされる。


 部屋そのものを一気にひっくり返したような光景。


 とてつもない強風が吹き荒れたようでいて、眠り込むイザヤは髪の毛ひとつ揺れていない。

 覆面の男は、本棚と机と椅子に押しつぶされ、意識を失っていた。


――――――――――――


 大きな音に驚いた人々が教皇室に入り込んでくる。

 気絶した覆面の男と、眠り込まされていたディアロとイザヤが外に運び出されていく様子を見ながら。

 アビスは呆然としていた。

 

 普段なら真っ先に、自分が魔法を使えたことに興奮していたとおもう。

 でも、今はそんなことどうだっていい。

 

 アビスは本当に、お姉ちゃんを殺したかったのか?

 あのときアビスは、お姉ちゃんに死んでほしくない、と心から思っていた。

 数秒前まで、本当に殺す気でナイフを握っていたくせに――



―――――――



 ……なんだ?

 その部屋を出ていこうとして、突如オーブが光った。

 これは……二人からのメッセージ?


「二人は……生きてる……⁉」


 俺が叫んで振り返ると、ヨクトが怪訝な表情をする。

 俺はメッセージを聞き漏らすまいと、オーブの光るパターンに集中する。


「……どういうことだ。何を言って……」

「アビスが魔法を使って、二人を暗殺者から守った……と。二人は死んでいません。勝ったのは俺達です……!」


 そう言ってオーブを掲げると、ゼタ様が不安げに見上げる。


「で、でも……二人が生きていたとしても、この状況を打開できるとは……」

「任せてください、ゼタ様。ここまでの展開は前から想定していましたから」

「あ、あなたは本当にどこまで……」


 呆れた様子のゼタ様とは対照的に、ソファに座り込んだヨクトの顔が深く歪んだ。

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