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113 ヨクトとの対峙

「――――これより、ゲティアを制圧する‼‼‼」


 ……は?


 馬鹿でかいリヴィゼの声が外から聞こえてきて、俺は思わず扉の方を振り返る。

 あけ放たれた扉の向こうでは、控えていた魔物たちがぽかんとしている。


「り、リヴィゼ様? 今なんと……」

「聴け、わがしもべたち! これより兵を引き入れ、この地ゲティアを制圧の後、支配する! 期限は今夜二十四時! 日付の変わる前までにこの目標が制圧できなければ、私は王を殺し! 自らも死ぬ!」


 今夜二十四時までに……?

 明らかに異常な宣言。しかも、その期限って……


「これは自らの意思だ! 誰に操られている(・・・・・・)訳でもない! 全軍、ゲティアを侵攻せよ! この地を燃やし尽くせ……!」


 ……そうか。

 こんなセリフを、わざわざ俺に聞こえるように叫んだ理由。

 そんなの……一つしかない。


 その結論に達した俺は、行儀よく座り込む黒髪の少女を振り返る。


「あなたが、命令したんですね」


 俺が言うと、シャノンさんはこてんと首をかしげる。

 ……騙されない。こいつは、シャノンさんなんかじゃない。


「下手ですね、テイムの使い方が。がんじがらめに命令を重ねないと、いくらでも抜け穴は見つけられてしまうものですよ」

「……なんのはなし」

「今日の日付が変わる前までをタイムリミットとしたのが仇となりましたね。リヴィゼはその期限を知ってるんですよ、災厄の犯人――ヨクトさん」


 俺が言うと、シャノンさんの顔が歪む。


「私達は、未来を知っています。当然あなたの正体も、あなたの狙いもです」

「…………っ」


 ゼタ様も状況を察したように、シャノンさんを睨みつけ……

 そして、黒髪の少女はため息を吐いた。


「……私に演技はあまり向いていないようだな」


 あの声だ。

 遡行前に、エレミアの体を乗っ取っていた声と全く同じ――


「まぁいいだろう。今さら何を暴こうが、貴様らに勝機は無いのだからな。天界からの介入のことも……暦のことも」


 ……随分と自信があるみたいだな。

 確かに現状は苦しいが……勝機は無い、とまで言い切るとは。


 ヨクトは、開いた手のひらの上に銀の懐中時計を出現させる。


「貴様らの勝ち筋はこうだ。数時間後に、この国の暦は変わり……そのときが監査日となる。他世界へと逃げる準備はまだ整っていない私は、そのまま捕まる。だが……天界監査官は、その国で最も影響力の持つ国の暦を基準とする。今回の戦争に勝ったくらいで、こんな小国が序列最上位へ位置できると思うか?」


 ……そう。この戦争に勝つのは、あくまでも必要条件だ。

 これだけで、ゲティアが最大の国家になれるわけではない。


「貴様らは、戦争に勝つことに多くの時間を使いすぎた。経済力でも軍事力でも、影響力の点でも、ゲティアは周りの国家に対して劣っている。こんな状況では、ただ暦が変わって終わるだけだ」


 そう、本来ならそうなる。

 だがこの俺が、そんなことも知らずに二週間を無駄に過ごしたとでも――


「と、言うのは、見かけの話なのだろう?」


 …………ッ⁉ こいつ、何を言って……⁉


 心の中を見透かすように、ヨクトはこちらを覗き込んでくる。


「戦争に勝利して、その国を最強の国家にする……などという分かりやすいゴールを撒き餌に、裏で色々と工作していたようだな? それを見破れないとでも思ったか?」

「それは……っ」


 予想外の発言に動揺する俺に、ヨクトはにやりと笑みを浮かべて懐中時計をなぞる。


「最近、各国で宗教改革の波が起きている、という報告を前から受けていてな。どうやら、宗教の腐敗を受けて、原点へ回帰するような動きが多いという。ちょうど、ディアロ派のような派閥が各国で生まれているわけだ」


 ……この切り出し方は。

 窓から差し込む西日に、シャノンさんの顔が赤く染まる。


「そこに何者かの介入の匂いを感じて……金の流れを調査させた結果、どうもゲティアに繋がりがあるようだったのだ。さらに調査を進めると……現教皇、ディアロがその裏で糸を引いているようだった」

「……それがなんだというのですか」

「何のために? という問いだな。そこには頭を悩ませた。多額の資金を投じてまで、全国で原典への回帰を促す、その意味だ」


 ディアロお得意の世論工作だ。しかし真の目的はあまり知られていない。

 だからこそ、これがバレる事などあり得ないと高をくくっていた。


「そこでその『原典』とやらを調べて、血の気が引いた。エンデも、ユゴルアも、ヘロシュも、ウルグガルグも……それぞれの国は違う神を信仰しているようで、元は一つの神(・・・・)だったというのだからな。それが百年前に分裂し、それぞれの道を歩んだ結果が今の世界だ、と……」


 観念したようにゼタ様が目を瞑る。

 それを見て、ヨクトの顔は笑みに歪んだ。


「もとの一つの神……それこそが原初のゼヘタ神。つまり、ゲティアの地に根付く神だ」


 やはり、そこまで見破られてたか。

 でも……


「天界がその世界の国を評価するときは、経済力、軍事力、そして影響力で評価をする。そして評価をするものが神である以上、最も重視するのは宗教を含む影響力だ。となれば……」

「世界中の宗教が原典に回帰したとき、ゲティアこそが『最も影響力を持つ国』となる……。認めましょう、その通りです。しかし、その計画は正しく実行されました。つまり今夜、暦が変わると同時に、天界から監査が……」

 

 俺の言葉を制すように、ヨクトは片手を上げ。


「貴様らの真意を見抜いた今、対策は十分に講じている。魔族軍にゲティアを襲わせたのもその一つだ。天界の監査が入るには、この世界が極端に平和な状態か、極端に破滅に近い必要があるからな」

「そ、そんなもの……何とか数時間以内に戦争を納めれば……っ!」

「『その一つ』だ、といったのが聞こえなかったか? 数時間前、ヘロシュはウルグガルグへ宣戦布告文を提出している」


 ……は?

 ヘロシュが、ウルグガルグに……⁉


「ヘロシュはもともと、ウルグガルグの新王……貴様がズーと呼ぶ王を好ましく思っていない。そもそもウルグガルグの王位継承問題の裏には、ヘロシュが国を挙げて行った内政干渉があったのだ。彼らは樹命族に融和的でないヴリムの王ではなく、サピアの王を立てようと画策していたのだが……」


 それを俺は、防いでしまった。

 あれは、ヘロシュにとっては面白くない出来事だったのか。


「ヘロシュは、その王権は不正なものだとして宣戦布告をしている。王権騒動の直後で不安定な国家に武力介入をすれば、問題は解決するはずだと……そう、誰かに囁かれてな」

「そ、それも貴方が……!」

 

 口元を抑えて叫ぶゼタ様に、ヨクトは楽しくてたまらないという風に笑う。


「そうだ。この世界は、主要な大国が四か国も戦争に参加している状態。これを、極端に平和な状態と評価するのはいささか無理があると思うが?」


 ヨクトの差し出す懐中時計は、刻一刻と時間を進めている。


 無理だ。本当に無理だ。

 日は沈みかけている。タイムリミットまで、あと数時間もない。

 やれることはもう――


「いっそのこと、この世界を破滅させるか?」


 俺の心を読んだかのようなその提案に、思わず目を見開く。


「この世界を破滅状態にすれば……これもまた天界の介入を受けることが出来るだろう? たった数億ほどの犠牲で、数多の世界を救うことが出来るのだ。なんと効率の良い方法なのだろうなぁ?」


 挑発するように笑うヨクトに、ゼタ様が心配そうに俺の方を見やる。

 その瞳の意味は、分かっている。

 迷わずそうしていただろう、天界にいたころの自分ならば。


「絶対に、それだけはしません。俺は学んだんです」


 きっぱり俺は、否定する。

 世界を平和にした時に干渉してくるのは公安課、破滅状態にして干渉してくるのは救済課。

 ここまで自信ありげに挑発してくるという事は、救済課の方に対策を講じているのだろう。

 

 ……だけどそれ以上に、俺はその考え方を辞めたのだ。


 踵を返して、俺は扉へ向かう。

 俺がやるべきは、一人で絶望している事じゃない。

 まだ手立ては残っている。


 俺が下界で学んだ、最も大切なこと。

 何でも一人でやろうとしていた俺はもう……


「ディアロ教皇ととその右腕の小鬼でも探しに行くのかな? 残念だが彼らは今頃……凶刃に倒れているころだがな」

「な……っ⁉」

「対策は何重にも重ねたと言っただろう。既に暗殺者を向かわせている。何をしようにも、国の長が倒れた状態では出来まい」


 そんなはずは……っ!

 急いで懐から緊急用のオーブ通信機を取り出し、緊急連絡を送る。

 ……が、全く応答がない。

 

 全てが、瓦解していく。

 ディアロが死んだら、この戦争は……


「き、汚い手を……!」

「時間を戻すような手を使う相手だ、やれる手はすべて打たせてもらったよ。この世界では今、四か国が戦争をしている状態にある。この残された時間で、この世界を平和にするのは不可能だ。つまり……」


 憤慨するゼタ様を鼻で笑うヨクトは、懐中時計を懐に収めながら座り込む。

 それから絶望する二人を悠々と見上げ、勝利を宣言した。


「私の勝ちだ。潔く諦めるといい」

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