112 感謝の言葉
終章
「どうしたの」
シャノンが首を傾げ、魔族の王女様をじっと見つめる。
リヴィゼはソファに浅く腰掛け、余らせた袖をいじいじとしながら口を開いた。
「その……ちょっと、なんて言うか……言いたいことがあって」
「……?」
リヴィゼはちらりと上目でシャノンを見やって、口を開く。
「ほらきのう、王国軍との戦争が終結したでしょ?」
「……うん」
「終戦間際に王国軍が開城したのよ。いつもだったらそのまま突撃して、人々を殺し回るように命令してた。だけどなぜかそのとき、お前たちのことを思い出して……気まぐれで、正式な降伏が来るまでは待機するように命じたの。これは相手の罠だ、なんて適当な理由をつけてね」
こくりとシャノンは頷き、リヴィゼの言葉を待つ。
リヴィゼは窓の外の傾きかけた夕日を眺めながら、言葉を続けた。
「そしたら、たまたまそれが当たったの。中央区はとっくに避難が完了してる上に、爆薬が至る所に仕掛けられてて……軍隊も、死角にばっちり控えてて。あのままつっこんでたら、ものすごい被害を受ける所だったわ」
あり得たかもしれない最悪の未来に、リヴィゼは小さく身震いをする。
連絡線によって敵の情報は全て手に入れていたつもりだったが、向こうはそれに気づき、これを逆利用して最後の抵抗をするつもりだったらしい。
「だからその……。最初は、本ッ当におまえのことが嫌いだった。でも……最後はおまえたちのお陰で救われた……みたいな」
リヴィゼはシャノンから顔を背けながら、握り込んだ手を見つめる。
その頬が、赤い夕陽に照らされた。
「だ、だからその……あ、あり、ありがと……って……」
しばらく黙り込んだのちにリヴィゼは、ゆっくりと言葉を絞り出すように言った。
なおも続く沈黙に、リヴィゼは顔を上げて叫ぶ。
「……ねぇ、何か言ったらどうなのよ! このあたしが感謝の言葉……を……」
顔を赤くするリヴィゼが見たのは、だらんと体を弛緩させるシャノン。
「……へ? ど、どゆこと……?」
明らかに異常な光景に、戸惑うリヴィゼ。
意識を失ってだらんとしたシャノンの体が……また突如、不自然に起き上がる。
言葉を失っているリヴィゼの前で、目に光のもどったシャノンが薄ら笑いを浮かべてその手を見つめる。
「これが……かの悪名高い、テイムの子孫か。これで、魔族軍を意のままに操れるわけだな?」
「……な、なに? その変な喋り方……⁉」
「早速命令をしよう。『今すぐに兵を引き連れ、ゲティアを占拠せよ』」
突然命令を受けたリヴィゼは、驚愕に目を丸くする。
「お、お前……シャノンじゃないわね……⁉」
「……煩しいな。命令の遂行に必要のないことはするな。当然、この命令を周りに言うのを禁ずる」
「ふざけっ……!」
言葉が出ない。
テイムされた以上、命令は絶対。
そんなことは身に染みて分かっている、けどこれは……!
固まってしまった体をどうにか動かそうとしていると。
シャノンの手が開かれ、そこから銀の懐中時計が出てきた。
「期限は今日の二十四時まで。それ以前にこの地が魔族の手に落ちていなければ……お前は本国に帰って愛する両親をその手で殺し、自らも死ね」
シャノンは懐中時計の文字盤を見せ、ぱちりと蓋を閉じる。
ありえない命令なのに、反論が言葉にできない。
体が勝手に部屋の出口へと向かってしまう。
クソっ、どうなって……
「……おっと。すいません、リヴィゼ様に……シャノンさんも居たんですか」
意志と反対に動く体が扉に手をかけたそのとき。
扉の向こうから、ニセ神と教皇が姿を現した。
「……ど、どうしたんですかリヴィゼ様。そんなに顔をこわばらせて……」
咄嗟に助けを求めようとして、やはり声が出ない事に気づく。
「またシャノンさんと喧嘩してたんですか? シャノンさんも、相手は一国の王女様なんですから、あまり変なことはさせないでくださいよ」
察しの悪いアホ神はそういうと、偽シャノンはこくりと頷く。
通り過ぎるときに睨みつけるのが精いっぱいで、そのまま体は外へと出ていってしまう。
外には、魔物の部下が控えていた。
不機嫌そうな顔に危機感を覚えたのだろう、部下は怒りに触れないように首を竦めている。
命令の遂行に必要のないことはできない、そして命令のことを他言することもできない。
けど、このままじゃあとんでもないことになる。
なんとかして、この状況をあいつらに伝えるには……っ!




